第三話 バイバイ異世界
仕事がクッソ忙しくてなかなか更新できない。
勇者が、勇者を引退するとはどういうことか?
青年と店主は彼女の言葉に唖然とした。
「ん? 二人とも? 何ポカーンとしてんのさ?」
「いや、引退するとか元の世界に戻るとか。意味がわからん事だらけでな」
店主の言葉を聞いて、ナルセも同調する様にウンウンと大きく頷く。
「そうか? そのままの意味だけどね。私は勇者を引退する。つまり、もう魔王を討伐に向かいもしないし、魔物も倒さない。装備品は捨てようと思ったけど、自称落ちこぼれのナルセ君に譲る。もっとも、男性には武具に備わる特殊な能力を引き出せない。が、それでも十分基礎性能は高いものだ。これで、もう落ち溢れとはおさらばだろ? それと……」
「ち、ちょっと待ってください。えーっと。そもそも勇者さまはどうして魔王討伐を辞めるんですか?」
「おう。青年の言う通りだぞ。街の外には凶悪な魔物がまだ歩いているし。魔王を放ったらかしにしておくと、人間が滅んでしまいかねないぞ?」
「それなんだけど、『倒す理由が無くなった』ってのが答えになる……かな」
アケミは自分の手を握りしめ、その手をじっと見た。
「私はこの世界の人間を救おうとして勇者になった訳じゃない。と言うか、そもそも私はこの世界の人間では無く、『地球』という世界の『日本』という国から転移してきた者なんだ」
「チキュウ? ニホン? 聞いたことない土地の名前ですね……。でも勇者さまが召喚されてやってきた事は、冒険者ギルドでも成り立ての初心者に教える最初の知識です。冒険者ガイドにも載ってますよ」
ナルセは自分の冒険者ガイドを取り出そうとして道具袋の中を探したが、見当たらない。
「あ……、そうだ、ギルドに返納したんだった……」
「おう、それなら俺が持ってるぜ」
店主はポケットの中から冒険者ガイドを取り出してペラリとページをめくる。
「え? オヤジさん、冒険者なの?」
「ああそうさ。冒険者が武具屋なんて意外だろ? お、有ったぞ。
第二条 一項 勇者の定義
勇者とは、人間が魔王によって滅ぶ危機に直面した時、
特級召喚士によって召喚された異世界の人間と定義する。
ここだな」
「うん。それで合っている。私はその、特級召喚士に召喚されてこの世界にやってきた。そしたら奴ら、会うなりこう言うんだ。『元の世界に帰りたければ魔王を倒せ』てね。急に知らない世界に呼び出され、勇者と呼ばれ、魔王を倒せと命じられ……。やんなっちゃうよ」
二人には詳しく言わなかったが、アケミは大学に向かう途中、通学電車に乗っていて、気づいたらこの異世界に召喚されていた。アケミは帰りたい一心で、勇者として数々の冒険をこなして来た。世界を救わず引退することに対して後ろめたさはあるものの、それでも帰りたい気持ちの方が優っていた。
──そう、私は聖人君子では無く、ただの女子大生なんだ。
「と言うことは、魔王を倒さずにチキュウとやらに帰れる方法が見つかったってことかい?」
「お、オヤジ察しがいいな! ……私は見つけたんだ。上位転移魔法【ハイテレポ】これで地球に帰れる」
「あのー、じゃあ魔王討伐はどうなるんですか?」
「まあ、なんとかなるんじゃない? 勇者装備は君に託したし。よろしくやってくれたまえ!」
「そんなぁ」
愚図るナルセの頭をポンポンと撫でて、アケミは静かに目を閉じた。そして魔法を唱え始める。
「空間を歪め、時をも超越せよ。光よりも早く、我思う果てへ。上位転移魔法」
詠唱が終わるとアケミは足元に現れた魔法陣と共に激しく光り輝く。
「じゃネ。二人とも! そしてバイバイ異世界!」
別れの言葉を投げかけたかと思うと「バン!」と破裂音を残して、光は突如消え去った。
「ん……? あれ?」
詠唱を経て魔法は正しく行使された。にも関わらずアケミは地球に転移しない。
それどころかその場に留まり続けていた。
「ガハハ、アケミちゃん。魔法失敗じゃないの? 勇者でも失敗するんだな」
店主は笑いながら、女勇者を茶化す。
しかしアケミはゴクリと唾を飲み、思考を巡らせた。
──これは失敗なんかじゃない。何かの力に阻止されたものだ。
状況から導き出される答えは一つ。
アケミはナルセをじっと見る。
「君。何者なんだ? 上位転移魔法の効果が発動しなかったのは魔法無効化のアイテムスキルがそれを阻止したからだ。魔法を阻止できるのはそのビキニアーマー『女傑の覇気』の代表的な効果の一つ。何故それを発動できる?」
これまでとは違う女勇者の鋭い眼光と低い声に、ナルセはたじろぐ。
「し……知らないですよ。だったらこの服お返しします。そもそも勇者さまの物ですし」
するとアケミはニンマリと笑みを浮かべた。
「いっやーマジでこれすごいよ! ナルセ君! 武器防具は身に付けるだけじゃなく、ちゃんと装備しなければ真の効力を発揮しない。アイテムスキルの効果が発揮できるってことは、君はこの武具一式をきちんと装備出来てるってことだ。次の勇者は君だね。ギルドの連中をみかえしてやんな!」
良くやったと言わんばかりに、バンバンとナルセの背中を叩く。
「イタタタた……、どう言う事ですか?」
アケミはビキニアーマーの着こなしをシゲシケと見直した。
「うーん、お見事。男にも関わらず、ビキニアーマーが隙間なくぴったりフィットしてる。もしかして君は、『男なのに女装備を使いこなすことが出来る』的なレアスキルの持ち主なんじゃないか?」
「えぇ? そんなスキルがあるんですか⁉︎ んーでもそう言えば……」
言われてナルセは、ギルドに所属していた時の出来事を思い出した。
新米冒険者にはギルドから戦職に対応した武具が支給される。それは初心者にとって扱い易く設計されており、ほとんど誰でも装備出来る汎用的な代物だ。
だがナルセにとっては全く違った。鎧は鉛のように重く動きの邪魔になる。剣は全く斬れないなまくら。当然パーティーからはお荷物扱いされて、青年は幾度となく戦力外通告を受けた。
誰でも扱える筈の武具が、皆と同じように扱えない。それはナルセにとって何よりコンプレックスだった。だがアケミの言葉でピンときた。
「もしかして……、今までギルド支給装備が使いこなせなかったのは、女装備ではないから?」
すっとんきょうなナルセの推理に、すかさず店主がツッコミを入れる。
「なんだそりゃ、ギルドから支給される装備は男女関係なく誰にでも扱いやすいもんだぜ。その分尖った性能も持っていないがな」
するとアケミは、風よりも早く店のカウンターに置いてある短刀を素早く取り、ナルセめがけて突き刺した。
「死ねぇえええええ!」
ガキ──────ン!
突如小さな店内に轟く激しい金属音。
「ち、ちよっと勇者さま⁉︎」
明らかな不意打ち、それも殺意剥き出しで斬りつけた。しかしナルセは盾で女勇者の先制攻撃を難なく防ぐ。いや、意識の外から襲ってくる殺意を防いだのは、『盾がナルセを動かせた』と考えるのが自然だろう。
アケミは短剣を鞘におさめ、ナルセに告げた。
「間違いない。君のスキルは女性専用装備だけ、力を引き出せるスキルだ」