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9 親友で右腕で番犬で

 部屋の入口の扉にもたれ掛かるようにしてトワが立っている。彼は私と目が合うと軽く手を上げて微笑んだ。

 そして、その横には当然のようにコータが控えている。呆れたような表情でトワを見ていたコータの視線がようやく私に向けられると、彼はみるみるうちに目を見開き、ドカドカとこちらに駆け寄ってきた。誇張表現ではなく、足音を立てながらドカドカと。心なしか彼の眉もつり上がっているような···。

 飛びつきたいほどに彼らの登場に歓喜していた気持ちは一気に落ち着いた。

 私はコータに何かしてしまったのだろうか。

 彼が近寄ってくるのを眺めていると、コータは着ていたジャケットを脱いだ。

 驚く間もなく、それはそのまま、私の肩へ。


 ···は?


 ぽかん、と、ただただ呆然とコータを見つめる私を置いて、コータは私の右隣に立ち、機関の男を睨みつけた。

「はっ、年頃の女に何日間も同じ服を着せたままにしとくなんて組織の程度が知れるじゃねーか」

「トワの犬か。トワの犬だけでは飽き足らず異界帰りの犬にまで成り下がっていたか」

「生憎オレは好きでトワの右腕やってんだ。犬っころにもなれなかった野郎がなぁにほざいてやがんだ」

 バチバチ!と見えない火花が飛び散った。彼から放たれた言葉に、低く怒りを孕んだ声に、にこにこと親切そうなお兄さんだったコータの印象がみるみるうちに覆ってゆく。だが、それにどこか納得していた。

 あの恐ろしい威圧感を放つトワ。その隣にいる男が只者であるわけがなかった。


 ···あれ。

 今何かコータが気になることを言っていた気がする···。

 なんだろう、と先程の二人の会話を脳内で反芻する。

「·········!!!」

 そうだ、同じ服!!

 二人は未だ睨み合っているが、気にしている場合じゃない。これは女として重要な問題だ。

 あと純粋に怖いからそろそろやめてほしい。

「お風呂にはちゃんと毎日入ってるのだけど、やっぱり匂うかしら···」

「························へ?」

 すんすんとドレスに鼻を近づけて匂いを確認してみるが、全くわからない。人間は自身の匂いには鈍感だという話を聞いたことがあるが、まさにその状態だった。

「そうよね···同じ服だもの······着替えがないなら、ちゃんと用意をお願いするべきだったわ···」

「ちょ、ちょっ···アズサ!!!」

 気がつくと、コータに勢いよく肩を掴まれていた。先程までの怒気は収まり、慌てたような顔をしていた。

「に、ににににににににに、匂いって···」

「あら、口に出ていた?その···服を代えられるまでもう少し我慢してくれると嬉し······」

「がまっ···········!?ちっちげえって!!!この時期なんてまだ寒いじゃねぇか!なのにそんっっっっな薄着でいんのが見てられなかっただけだっつの!!···はぁ、なんでこの状況でその発想に至んだよ···」

 コータはもどかしそうにがしがしと勢いよく頭を掻いた。

 匂いの防止策の一環としてジャケットを貸してくれたのではないらしい。···言葉の意味を理解して、頬に熱が集まるのがわかった。私の為に。私が、寒いんじゃないかと思ってジャケットを羽織らせてくれたのだ。

 やっぱり優しい人だ、この人は。

 自然と頬がゆるゆると緩んでいくのがわかった。間違いなく今とてもだらしない緩み切った顔をしているだろうが、それを止められなかった。

 このまま信頼してしまって大丈夫なのか心配する声が心のどこかからあがったが、今だけ聞こえなかったふりをした。

「ありがとう、コータ」

「···!おう!!」

 意識せずとも零れた言葉に、ほっとした表情でコータは微笑み返してくれた。コータからほわほわほわほわという空気が噴出する。ほわほわに埋もれてしまいそうだ。

 ほわほわほわ···。

 ほわほわほわほわほわほわほわほわ···。


「何故二人だけの世界を作っているんだ!!!!!!」


「···あら、居たの?」

「居たの?とはなんだ居たの?とは!!!私も混ぜろ!!!」

 混ざりたいのかよ。

 トワはコータのようにドスドスと歩くことは無く、しかし怒気を撒き散らしながら私の左隣に立った。コータをよく分からない女に盗られかけて(実際そんなことはないが)寂しかったのだろう。思わず優しい目で見つめると、「なんだその目は」と言いながらじっとりとした目で見つめ返された。

 そうして、すっかり和やか〜な気持ちになってしまい、記憶から追い出していた存在とばっちり目が合う。

 あ、そうだった···。

 機関の男。彼はぽかんとした表情でこちらのやり取りを見ていたが、私がまじまじと見つめていると、はっと気がついたように顔を引き締めた。そしてそれはみるみるうちに不愉快そうな顔になってゆく。

「···お前みたいなのがどうしてここに······本当に、知りたいだったのか」

「おや、なんだアズサ、あのことを話していなかったのか?」

 睨みつけるようにこちらを見る男に視線すらやることなく、トワは私に話しかけた。

 あのこと?

 なんだろうと首を傾げると、トワは緩やかな笑みを浮かべ、私の腕を引いて立たせた。驚く間もなく手馴れた様子でそのまま腰を抱かれる。

 ゾッ!!と全身に鳥肌がたった。なにするんだとばかりにトワの顔をのぞき込むと、彼はひとつ頷きを返すだけ。

 何か考えがあるのだろうと出そうとした声を飲み込む。そしてすぐそれが間違いだったということに気付かされた。

「彼女は、私の元婚約者だ」

 ·········。

 ···············。

 ···························は?

「元とはいえこの私の婚約者···それを随分と粗雑に扱ってくれたようじゃないか?」

 こん···え?

 フリーズする私を置いて、トワはぽんぽんと話を続けた。もちろん私にそんな記憶はない。そもそもこの世界にいた頃の私はたったの六歳で、家も裕福ではなかった。

 ···何を考えているのだろうか。

 勿論組織の男もその話を信じている様子はない。疑惑の眼差しで見つめてくる機関の男にトワは優雅に微笑む。

「何なら確認をとってくれても構わない。十年も前の話だが、記録は残っているだろう」

「·········聞いていたな?調べておけ」

 男はそうぽつりと呟いた。

 突然の独り言に驚き、男を凝視してしまう。

 ストレスによる幻覚でも見えているのだろうか···確か、幻覚幻聴によく効く薬を昔処方したことがあったな···。

 などと思っていると、トワは可笑しそうに笑みを零し、部屋の角を指さした。釣られるようにそちらに視線をやると···。あれは、ビデオカメラ···?だっただろうか。

 ああ、なるほど。この世界のテレビみたいなシステムでこの部屋の映像をどこかからリアルタイムで見られるようにしているのだろう。誰かが、ずっと。ということは私も勿論監視されていたのだろう。どうりで窓から見える範囲の警備が手薄だと思った。あれ、まてよ。

 ·········ずっと?


「うふふふ」

 ブォン!

「ふふふ、あはは」

 ブォンブォン!


 鳥にパンをぶん投げていたのも、全て?

 ·········死のう······。



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