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7 私と同じ

 やってきた機関の人間は、スーツ姿の男性二人。年齢は五十代、二人揃って顎には立派は髭を生やしていた。意外にも彼らはあくまできちんと屋敷のドアをノックし、トワやコータに挨拶し、私にざっくりと説明をし、私を連行した。これは連行といっていいのだろうか。

 トワの話から私は勝手に機関を悪の組織みたいに思っていた。だが実際には表面上そんな雰囲気はないな、とぼんやりと思っていた。

 私が連行される時、コータはこれ以上ないくらいおろおろとしていた。手を上げたり下げたり犬のように私の周りをぐるぐる周ったりしていた。正直心配されるのは少し嬉しかったので、落ち着いて落ち着いて、と背を撫でてやると、コータは私にそっとチョコを握らせた。なんでだよ。

 一方でトワはやけに大袈裟に「まさか君が異世界に行ってただなんて!」などという台詞を吐きながら、私の手をぎゅっと握った。チョコレートが潰れてしまうじゃないか。「えっ、気持ちわ」「必ず迎えに行くからな!」とりあえずぎこちなく笑って頷いたが、私の腕にはびっしりと鳥肌が立っていた。トワのことだからなにか考えがあるのだとは思うが、気持ち悪いものは気持ち悪い。もう二度とやらないで。何故か機関の二人組がその光景をじっと見つめていたのが印象に残っていた。

 そうして、私はなんともあっさり機関に連行された。


 さて、現在の私は。

「どうしてこうなったのかしら···」

 私が連行され、はや三日が経った。

 ベッドから起きる気力もなく天井の染みを見つめる。これまでの『話し合い』を思い出すだけで思わず眉間に皺が寄ってしまう。

 簡単に言ってしまえば、私は軟禁されていた。

 それに、未だにトワとは会えていない。

 はぁ、とひとつため息をついた。


 機関に連れられやってきた建物は真っ白で、無機質な印象を与えた。トワの屋敷の何倍も大きい、流石国の保有物だ。そしてそのまま建物の奥の奥のさらに奥の部屋に通される。

 そこには優男風の二十代後半に当たる男性がいた。男性は笑みを浮かべふことも無く、無表情に私をみつめる。男性二人組はここまで私を送り届けると、男性を一瞥し、去っていった。

「はじめまして、俺はキノ。どうぞ、座ってくれ」

「どうも···アズサです。よろしくお願いします」

 促され、向かいの席に腰を下ろす。

 七番目の異世界、私が昨日までいた世界の村にもあった牢屋のような場所での話し合いを想定していたせいかもしれないが、この場所はとにかくおかしかった。

 ファンシーなのだ。

 ピンクの壁にキラキラお星様が輝いている。机やら椅子やらも淡いパステルカラーで可愛くまとまっていて、なんというか、女の子の部屋に迷い込んでしまった。

「ふんふん、この世界については大体理解してそうな顔だな」

「どんな顔よ···じゃなかった、ですか。ええ、一応理解はしてるので、要件だけお願いします」

 部屋に気を取られすぎて、かなり歳上の男性にうっかり敬語が抜けてしまう。気をつけなければ。

「そうだな。では率直にいうと、機関は君を保護し、働かせたいそうだ」

 トワの言っていた通りのことをキノは述べると、机の下から一枚の紙とペンを取り出した。

「これが、契約書だ。俺はそれの制作に関わっていないから、内容を書き換えることはできない。不満だったらサインをしないでくれ」

「···普通こういうのって多少の交渉には応じてくれるものじゃないですか?」

「全くだな」

 キノという男性は肩をすくめて、どうしようもない。というようなジェスチャーをとる。

 年下だから、女だからと馬鹿にした雰囲気ではない。表情からはただ諦めが滲んでいる。それを不思議に思いつつ契約書を手に取った。

 ふんふん、と頷きながら無駄に小さく長い契約文を読み込んでいく。長い時間をかけて、見逃しがないよう、丁寧に。

 ふんふんふん、なるほど。

 なるほど···?

 思わず頭を抱えてしまった。これは······いけない。本当に飼い殺しにされてしまう。

「なにこれ」

 目の前のキノは関与していないと言ったが、恨みがましい目で見てしまう。

 契約書には裏切った場合は死だの、夜八時以降は寮からは出られないだの、給料は管理だの、休日に機関外に出かける場合は許可が必要(しかも許可申請するのにも細かい条件がある)だのといったことを細かく遠回しにわかりにくーーーーく書いてある。

 そうか、きっと私はこの世界に帰ってきてすぐ機関に連行される予定だったのだ。そうしたら他に何も情報は与えられずこれが常識なのだと信じ込まされる。どうせ私には他に選択肢はないから。 

 随分と舐められたものだ。

「酷い組織だろう」

 キノは私の目を真っ直ぐに見返してきた。

「最悪ね。小娘一人懐柔できるような文も書けないの?」

「ああ、本当に」

 キノは機関の人間だろうに、その瞳には軽蔑するような色が滲んでいる。

 もしかして彼も私と似たような状況で、機関に入れられてしまった側の人間なのかもしれない。

 机の下で拳をきつく握る。

 冷静になれ。この場で取るべき言動は慎重に選択しなければ。

 トワは「私を呼ばなくてもいい」とは言ったが、「その場で断れ」とは決して言わなかった。つまり「あてがあるのでさよなら」ではいけないのだ。

 恐らくトワの話していた別の選択肢。これは機関にも関係する選択なのだろう。

 だからこそトワを呼び、目の前で私が選択する必要がある。きっと、私の今後の人生に機関が関わるのは避けられない事なのだろう。

 これは、もしもの話だけど、機関の計画通り、トワ達に会う前にここに連れてこられていたら私はどうしていたのだろう。

 与えられた居場所に喜んで飛びついていたのだろうか。

 そんなのは御免だ。

 自分の居場所は自分で決める。

 例え今は自身の力だけで居場所を得られなくても、ここでは、ない。

 大きく息を吸い込んだ。本当は、答えはとっくに決まっていた。


「トワを、ここに呼んでください」


 パチパチ。とキノは何度か瞬きを繰り返した。その後に小さく首を傾げた。

「···トワ?」

「ん?······あっ···」

 さぁっ、と顔から血の気が引いていく。

 よく考えたら、トワという名前の浸透度を私は知らない。そもそも、その名前って割と居そうな感じが························。

 私のばか!!!!!!

 名字を聞いておくべきだった。名字を言わなくても理解されるほど有名人なのかお前は!!それともトワにおちょくられたのか私は!!私は!!!

 脳内のトワがカップを片手に「人類の慌てふためく姿は面白いな」と笑った。脳内の彼の印象が魔王みたいになってしまった。実際のトワはここまで酷くはない。多分。

「クリーム系の白髪の私と同い歳ぐらいの男性で···目は青で、面白いものにしか興味ないような変人で······」

 情けない思いで頭の中にうかぶトワの容姿にについて身振り手振り語る。恐らくかなり間抜けな姿だろうが気にしない。

 説明していくにつれて、最初は首を傾げていたキノが段々と目を大きく見開いていく。

「え、なんだ。あのトワなのか!?ふむ···あいつを変人呼ばわりとはなかなか肝が据わっているな···?」

 どうやら伝わったようだ。良かった。

 肝が据わっているかどうかは知らないが、変人なのは一度関わった人間なら自然と抱く感想だと思う。

「あいつと知り合いなのは不思議だが、わかった。トワを連れてくるよう話しておこう。ここで待っていてくれ」

 そう言うと、もう話すことはない、とばかりにキノは立ち上がった。

 正直もう少し粘られるのではないかと思っていた為不思議に思って顔を覗いた。

 彼は覗き込んできた私を同じように不思議そうに見ると、何かに気がついたように、にんまりと笑った。今までの無表情が嘘のように悪い顔で。

「俺も、君と同じだからな」

 パタン、と軽い音と共にドアが閉じた。

 私と同じ?

 彼の口から出た言葉に、ぱかりと口を開いたまま固まってしまい、キノが出て行ったことに音で気付かされた。

 わからないことだらけで頭がグルグルとする。もっと考えなければいけないことがあるはずなのに、この世界に帰ってきてから忙しくて目の前の出来事を処理していくのに必死だ。

「もう···早く来てよね···」

 座っている気力もなくベッドに横になった。精神が疲労していると、肉体にも影響が出るらしい。昔読んだ本の内容がぼんやりと脳裏に浮かび上がった。

 壁に掛かっていた時計にちらりと目をやり、そのまま瞳を閉じた。


 こうして、元の世界に帰ってきた私の一日目が終わった。

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