4 ティータイム準備
トワに「客人は座ってなさい」と言われ、大人しくお茶会が開かれるテーブルの椅子に腰掛けた。
ここで逃げたら(コータがいるので無理だが)どんな目に合わされるかわかったもんじゃない。
そもそもなんでこの人に「私異世界から帰ってきたのよ!」ってお話してあげなくちゃならないのか、と思う。思った。もう散々思った。だが、捕まってしまったから仕方ないという結論に至ってしまう。もう疲れた、思考することが面倒。適当に異世界の姉さんの話でもして解放してもらおう。
そしてその後にこれからのことを一人でゆっくり考えよう。
「よっこいしょー!」
コータも私の隣の椅子に腰を下ろした。
テーブルは長方形な為、あとトワが座る可能性があるのは正面か、斜め前。横でないだけ救いだ。ほっと胸を撫で下ろすと、横のコータが「なぁ!」と顔を覗き込んできた。やっぱりとても綺麗な瞳だ、少しだけ緊張してしまう。
「すっげー今更だけどさ、あん時なんでアズサは助かったんだろな」
「なんでって···あなたが抱えてくれたからでしょ」
「んーまぁ、それもあるかもしれないんだけどよ·········」
不自然に語尾を濁すと、コータは顎に手を当て「うーんうーん」と考え込んでしまった。気になるから頑張って欲しい。
じっと見つめること約三十秒。ようやくしっくりくる言葉を見つけたのか、彼は嬉しそうに手を叩いた。
「そうそう!あん時なーんかおかしいなって思ったんだけどよ、アズサさ、全く重くなかったんだよ」
「それは······あなたが鍛えていたりするからではなくて?」
実際コータは私を抱えて一キロ程爆走している。私の体重が一般的に重いか軽いかはさておき、私を抱えることなんて造作でもないのだろう。
そう思ったが、コータはぶんぶんと激しく左右に首を振った。
「えーっと、そうじゃねーんだ!抱えて走ってる間はちゃんと重みが······あ、いやいや!女の子の重さ!普通の重さな!」
何故か、しどろもどろになりながらコータは言葉を続ける。決して私が睨みをきかせた訳では無い。······本当に。
「でもな!アズサが降ってきた時はなんかこう······ふわっとしたんだ。『 あーなんか落ちてくんな〜』って思って手ぇ出しただけで抱えられちまったし」
その言葉にはっとした。
思い当たる節がある。そういえば、私は落ちている時空気の抵抗をちっとも感じなかったし、息だってできた。
よく考えてみたら上空から高速で落下して、あの時の私の体重は計り知れない。いくらコータが力持ちムキムキだったとしても無理がある。
じゃあ、一体なんで───。
『オイラが守ってあげるから』
脳裏にシルクハットが過ぎった。
私を見捨てたように見えた少年···ソラ。彼なら······。
「なーんか、わかったのか?」
「多分···」
彼なら、と思うが、ソラの話をしてもいいのか迷った。
そもそも私自身彼のことを何も知らないのだ。
私が数秒間沈黙すると、コータがふっ、と息を吐いた。
「そっか!なんか理由があんならもういいぜ!わかんねぇままなのはモヤモヤするしよ〜」
いい人すぎやしないか?
コータはもう気にしていないらしい。ニコニコと「トワは今日なんの茶菓子用意してくれてんのかな〜」とキッチンがあると思われる方向をちらちらと見ている。もちろん別室の為見えないのだが。
コータ、か。
ここでソラからコータへと意識が移る。
トワの私への警戒心はわかる。空から落ちてきた女と、とりあえずお茶しようとする神経は疑うが、まぁ好奇心が勝ったのだろう。
だけど、コータは?
助けて貰ったくせに失礼だが、この人は私に一度たりとも不審な目を向けてないし、私を警戒している様子もない。なんだか私はソラの空中マジックの件よりもこっちの方がモヤモヤしてきてしまった。
「···もしかして、昔の私と知り合いだったりする?」
「······え?」
トワに売る為とはいえ、やけに親切だし優しいし···と思って口にすると、バッと勢いよくコータは私に向き直った。あまりの勢いにびくりと肩を震わせてしまった。
「会ってんのか?オレと」
「え、ううん。私はそんな記憶ないけど···」
「あ〜〜なーんだ!忘れちまってるのかと思ってびっくりしちまったぜ!」
コータはほっと胸をなで下ろした。私も忘れているわけではなかったらしくほっとした。
でも、その瞳はどこか切実な色を孕んでたような気がした。
「あのコー···」
「盛り上がっているところ悪いが、私も混ぜてはくれないか?」
さらなる追求をしようとした所で、どこか気だるそうな声がかかった。
「トワ!待ってたぜ!」
「待てコータ、茶菓子は逃げない」
首だけ振り返ると、お盆にカップと茶菓子らしきものを載せたトワがいた。茶菓子に今にも飛びかからんとするコータを手で制すると、お盆の上のカップをテーブルに並べだした。
広い豪邸を持ちながらこんなとこは庶民的なんだ···。と無駄に親近感が湧いてしまった。
やがて、いやに慣れた手つきでテーブルに茶菓子が並べられる。
『わっ』
声には出さず、口だけ小さく動かした。
トワが用意してくれたのは、チョコレートケーキだった。表面にかかったチョコレートが艶々と輝いている。それと優しく甘い香りのする紅茶。文句無しのお茶とお茶菓子だ。とても美味しそうだが、内心複雑なものが込上げる。
これ、尋問の為のエサなんだよな···。
「さて、ではアズサ。お茶にしようか」
「ええ」
支度を整えたトワは、迷うことなく私の目の前に座った。そして、口角をきゅっと釣り上げる。勿論、目は冷たいまま。
「良い暇つぶしになってくれよ」