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3 速い人と怖い人と私

 コータに私の話を聞くつもりはないらしい。

 本当に人か?と尋ねたくなるような速さで彼は草原を駆けてゆく。目の前にあったはずの景色があっという間に私達の後ろへ。今日は春のぽかぽかと暖かい気候なはずなのに、頬を撫でる(というより殴る)風は冷たく、刺すようだ。

「コータ!おっ、下ろして!!流石にもう立てるわ!」

「え?ははっ」

 先程からずっとこの調子だ。

 コータは私を抱えることなど屁でもないようで、重そうな素振りを見せない。落としそうにないのもわかってはいるが、私はどうも落ち着かない。

 言葉にしたくない感情だが、正直ほんの少しだけ、怖い。

 地面に体がついていない、いわば浮いているような状態。支えは太腿の下と脇の下に差し込まれた手と、自身が彼の首に回している両手のみ。とてもじゃないが安定感のある状態とは言えない。ほんの僅かにあったお姫様抱っこへの憧れを、根こそぎ奪い去ってゆく程だ。

 まさかそれをよく知らない男性に抱えられて知ってしまうとは···。こんな光景を姉さんが見たら「あらまぁ」とからかうように笑われてしまうだろう。


「っと、着いたぜ〜っアズサ!」

「着いたって···どこに······」

 コータの言葉に俯いたままだった顔をあげた。文句のひとつでも言ってやろうと開いた口は、言葉を発せられることなくあんぐりと開けられたまま固まった。

 そこには真っ白なお屋敷があった。

 それこそ、子供の頃に絵本でしか見たことないような、大きくて、立派なお屋敷。庭には、あまりこだわりがないのか、今までの道のりと同じ草原が広がっていた。

 見とれたまま声も出せないでいると、コータは門をくぐり、室内に入っていった。

 室内に入っていった。


「入るの!?!?」

「へ!?突然元気になったな!そりゃ入るだろ〜」

「立派なお屋敷じゃないの!許可とか必要なんじゃない?!」

 まず鍵がかかってないのも不思議だが、それでもせめてノックとか。これでは不法侵入だし、そもそも入る意味がわからない。

「あーーなるほど?でもよう、オレたちもう、とっくにここの家の敷地に入っちまってるぜ?」

 そんなこと気にするだけ無駄だろ〜と言うコータに、どういうこと?と目で訴えると、コータはイタズラが成功した子供のように笑う。


「アズサが落ちた場所、ここんちの庭だぜ」

「···············あなた随分と走ったわよね?」

「おうよ!」


 流石に広すぎる。大豪邸だ。思わず頭を抱えた。

 そうか、多くの金持ちは庭に凝ったり、植物園などの建物を庭に建てたりしていた。ここの庭にはそれがない。ただただ広い草原のみ、それで無駄に広く感じられたのだろう。

 ああ、いいなぁ広い土地。薬草育て放題だ。


 私が現実逃避している間にも、コータは足を止めない。慣れ親しんだ場所かのように迷いなく長い廊下を歩いてゆく。私はもう下ろしてもらうことは諦め、されるがままに体の力を抜いた。

「だから挨拶ぐらいしてこうな!」

「そうね···私は勝手に敷地内に侵入した不審者だもの」

 牢獄に入れられてしまったりしないだろうか···と小さな不安が胸に広がった。

「はは、んなことねーよ。あと···」

 そこでコータは意味深に言葉を切った。

 不思議に思ってまた顔を上げると、コータがそれはそれは良い笑顔で私を見た。


「ここの屋敷の主に”面白いものを見つけたら持ってこい”って言われてんだ!」


 キラーン!!

 そこには輝くような笑顔!つられて笑ってしまった。はは、なるほど。

 それはつまり。


「私を売るのね!!!???」


「そうなるなっ!」

「やっぱ下ろして!」

「無理だぜ!!!」


 無理やり抱えてきたのも、そもそも空から落ちてきた変な女を受け止めてくれたのも全部この『屋敷の主』の為だった。無償の好意も親切も存在しない。私は優しい世界に慣れすぎてそんなことも忘れていた。

 コータは勢いよく否定すると、目の前の重そうなドアを蹴破った。それに私は驚いてる余裕すらもない、売られてなるものか。と、声を張り上げる。

「大体、私って大して愉快な女じゃないの。期待外れだと思われちゃうわ」

「え〜?空から落ちてきた時点でだいぶ面白ぇけどなぁ」

 確かに。

 いや、確かにじゃない。しっかりして。

 コータの言う通り空から落ちてきたという事実だけは面白いし興味を引くかもしれない。

 でも、私自身は?

 可愛げのない顔に青い瞳はガラクタのように安っぽい。くすんだ金髪はツーサイドアップにしている為、年の割に子供っぽい印象を与える。特別容姿が劣っている訳でもないが、美人とはとてもじゃないが言えない。

 そしてこの性格。根暗で冷めきっていて可愛げがなくて口も悪い、救いようがない。

 特別なものなんて何も無い。むしろ普通の人が持っているものすらない。ただ、異世界から帰ってきただけの女の子。

 ああ、最悪。私って本当に嫌い。


「全く、ドアを蹴破るなと何回言ったらわかるんだお前は」

 涼し気な声がした。

 思考に沈んでいた意識が一気に戻された。

 前を向くと、誰かが椅子に腰掛けていた。いや、誰かではないこの人は恐らく『屋敷の主』。その人は余りにも若く、美しい顔をしてそこにいた。銀髪のサラサラと透き通るような髪を肩ほど伸ばし、どこか無気力そうな感情の読み取れない瞳は深い深い深海より深い青。私のガラクタのような青とは正反対だ。歳は私と同じくらいだろうか。

 突然のことによる驚きで、その人をただ見つめることしか出来ない私とは対照的に、コータは顔を輝かせ私を抱えたままに青年に駆け寄った。

「トワ!今戻ったぜ!」

 トワというらしい青年は「見ればわかる」と小さく呟いた後ようやくコータが私を抱えていることに気がついたらしい。彼は眉をひそめ小さく首を傾げた。

「トワ!トワ!面白いモン見つけてきたぜ!この子はアズサ、空から落ちてきたんだ!」

 コータが見せびらかすかのように私を掲げた。下ろして。

「ほう······すまない、もう一度話してくれるか?コータ」

「だーかーらー!面白いモン!アズサは空からこう···ピューッッって落ちてきたんだぜっ!!」

「私の庭に?」

「お前の庭に!」

 トワは椅子に深く腰掛けると、自らの額をそっと押さえた。口にせずとも「何を言っているんだこいつ」と思っているのがよくわかる。余りにも正常で、まともな反応に、少し感心してしまう。空から落ちてきた私を平然と抱えたコータは一体何者なんだ···。

「はぁ···もういい、直接聞く。コータ、独占しているところ悪いが、そのアズサと話がしたい。下ろしてあげてくれ」

「おうよ!」

 話か···異世界から帰ってきたことはなるべく隠したいと思っていたのだけど、空から落ちてきた理由を説明するにはそこの話をしないとどうにもならない。

 悩んでいると、突然コータが私に顔を寄せ、小声で「もう立てるか?」と尋ねてきた。それに小さく頷くと、コータはまたにっこりと笑ってまるで割れ物を扱うかのように地面に下ろしてくれた。

 この人のことはよく知らないが、きっと悪い人ではないのよね、私のこと売ったけど。

 地面に下り、軽く身なりを整えていると、目の前のトワが椅子から立ち上がってゆるく微笑んだ。

「我が家へようこそ、お嬢さん。私はトワ、どうぞよろしく」

「はじめまして、私はアズサよ。勝手に敷地内に入ってしまってごめんなさい」

 ドレスの裾を掴んで頭を下げると、トワは「気にするな」と、本当になんでもないように言った。そのことにほっと胸を撫で下ろす。

 謝罪も終わったし何も話さずもう帰りたい。帰る家ないけど。

「それでアズサ、私は是非空から落ちてきた話を君の口から聞きたい」

「···やっぱりそうなるのね······」

「ああ、コータは嘘がつける男じゃないのでね。詳しく聞かせて欲しい···いいな?」

 思わず息を飲んだ。

 今気づいた。この人、笑いながら目だけは全く笑っていない。

 私の行動に目を光らせながら、私の言葉を待っている。背筋に冷たいものが走った。

 私はどうやら恐ろしい人に捕まってしまったようだ。

「拒否権は···ないのね」

 目の前の彼に対して小さく浮かんだ感情を出さないよう、なるべく声に感情を乗せないよう努める。

 トワは自身のネクタイを軽く直すと、仮面のような笑みのまま小さく頷いた。

「ああ。これは丁度いい暇つぶしになりそうじゃないか。美味しいお茶とお菓子を出してあげよう」

 トワは逃がさないとばかりにそっと私の腕を掴んで引いた。もう彼の瞳は私を映していない。視線の先には四人用の椅子とテーブル。

 ああ、ティータイムという名の尋問がはじまる。 

 

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