9. 魔法
いつもお読み頂いてありがとうございます。
残念ながら今回は少しストレス展開となってしまいます。
ご了承下さいませ。
意気揚々と放たれた銃弾。
しかし、思ったよりも大きかった銃の反動により、その狙いは大きくずれてしまう。
本来琳は化物の中央部に当てるつもりだったが、実際に銃弾がむかったのはそれのやや右上、触手の付け根の部分だった。
「外した!?」
苦悶の表情を浮かべる琳だったが、その初撃は、威力を確かめるための試し撃ちという意味では充分過ぎるほどの役割を果たしていた。琳の放った弾丸は、対象に接触する手前の段階で無数の鉄の球に分散し、より広い範囲の化物の体表に孔を空けた。
「ピギィあ!?」
その威力は何よりも化物の悲鳴が証明してくれていた。唐突な反撃に化物は驚きの色を隠せない。
琳は続け様に次の攻撃を仕掛けようとした。しかし、化物も大人しくしているはずがなく、攻撃のチャンスを与えないように触手を仕向けてくる。
琳はその触手を一つ一つ丁寧に撃ち落としていく。化物の反応から判断すると、どうやら触手の先はそれほどダメージが大きくないようだ。
ここまでで琳が抱いた感想だが、銃の初心者にとって散弾銃はこれ以上にないくらい扱いやすい武器だった。分散された弾が面白いくらいに敵に当たっていくことに、琳は一種の興奮をおぼえていた。
武器を手にしてから、今まで太刀打ちできよう筈もなさそうな化物が、途端に雑魚に成り果てたのだ。それが琳には面白おかしくて、気づけば不敵な笑みを浮かべていた。
「おらおらどーしたァ!? さっきまでの威勢はァ!?」
もはやどちらが悪者なのか、端から見れば分からなくなった状況の中で、琳は構わず撃ち続ける。
やがて狙いは中央部へ向かっていき、化物はより一層激しい反応をみせる。再び触手で対抗しようとするも、触手より長いリーチを持つ琳には敵わない。
何とかしてたどり着いた触手も、ダメージの蓄積によってそのスピードは格段に落ちており、目で見て容易に避けれる程度の攻撃にしかならない。
化物は反撃を諦めて、触手で自身の中央部を隠してガードすることに専念しだした。
化物の触手に、次々と弾痕がつけられていく。
そうして、はじめこそ攻撃を受ける度に反応を見せていた化物だが、次第にそれも弱くなっていき、終いには諦めてしまったのか、まるで降参だと言わんばかりに大人しくなってしまった。
琳はいったん攻撃を止め、様子を伺う。死んではいない。そもそもこの化物が呼吸をする生物なのかは不明だが、ピクピクと痙攣している辺り辛うじて生きているようだった。
とは言っても、この時琳の体力に余裕があるというわけではない。福田から逃げ化物から逃げ、おまけにこんな銃を携えて戦ってきたのだ。ダメージは無くとも、疲労は相当なものだ。
琳は呼吸を整えながら動かなくなった化物を眺める。
しぶといような、呆気ないような。
琳は少し興冷めしていた。
こいつはもう放っておいてもそのうち死にそうだな。
琳は化物に止めを差すかどうか、その場で立ち尽くして考えた。しかし、それが甘かった。
化物が油断した琳の隙を突いて、狂うように暴れだしたのだ。
「くっなんだこいつ急に!」
琳は銃を構え直し、応戦体勢に入る。またこちらに触手を仕向けてきたら打ち落としてやろうと考えたのだ。
しかし、触手は予想外の動きをしはじめた。枯れた木々や花壇の柵、周囲の様々な物を破壊しだしたのだ。
一見無意味に見えるこの行為。しかし、これが琳に思わぬ影響をもたらした。
「や、やめろ!」
そう、琳にとってこの場所が荒らされるということは、思い出が汚されるということであり、極めて耐え難いことだった。
「くっそ...!」
琳が触手を攻撃して動きを止めようと試みるも、化物の動きは止まらない。まるで、この行為が一番琳にダメージを与えられると確信して、決死の覚悟で挑んでいるようだ。
やがて一本の触手がベンチに手を下そうと忍び寄っていた。
それを見逃さなかった琳は、化物への攻撃をやめてベンチの方へ向かう。
だめだ、だめだ、だめだだめだだめた。駄目だ!!!
そのベンチだけは触るな!!!そのベンチだけは壊すなぁぁぁぁぁぁ!!!!
そう、それはいつの日にか母と二人並んで座った思い出のベンチだ。
琳は手を伸ばして駆け出すも、触手は無慈悲にも躊躇いなくベンチを叩き潰した。
ベンチの破片は四方に弾け飛び、そのひとつが琳の足下に転がってきた。
「あ、あ、ああ……!」
琳はその破片を見つめて、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来ない。
「ああああああああ!!!!!!」
少女の叫びが、雷のように夜の空に轟く。
そのとき、琳の中にドス黒い何かが溢れだしてきた。怒り、憎しみ、哀しみ。負の感情と言ってもいいそれらのエネルギーが、どういうわけか琳から化物へどんどん吸収されていく。
化物はこれを狙っていたとでも言うのだろうか。琳から黒いエネルギーを吸い尽くすと、一瞬の硬直のあと化物の身体に変化が起きた。
化物の頭部らしき箇所がボコボコと膨れあがり、やがてそれはヒトの上半身のようなものを形成していく。そうして姿を表したのは、上半身がヒト、下半身がタコのタコ人間だった。より異形の姿へと変わり果てた化物に、一瞬困惑の表情を見せた琳だが、不安を振り切ってすぐさま攻撃に移った。
「姿が変わったからって、なんだぁぁぁぁ!!!」
意外にも、琳は的確な射撃を放ってみせた、銃弾が化物の胸目掛けて飛来する。
しかしどうしたことだろう。化物が掌を前に突き出してブツブツと何かを唱えると、分散した鉄の球達は化物の一メートル手前でまるで見えない壁に阻まれたかのように弾かれてしまった。
パラパラパラ……と虚しくも球が床に落ちていく音がした。
琳は事態を理解出来なかった。
今のはなんだ?何もないところで銃弾が防がれた?一体なにをしたんだ?
ヤツは直前に呪文のようなものを唱えていた。まさか、ヤツは魔法を使ったとでも言うのか?
琳の予想は当たっていた。化物はこれまでに人の負の感情をエネルギーに換えて吸収し、魔法を使える姿に進化したのだ。
その見えない壁がどれほどの効力を持っているのかは琳には分からない。もしかすれば、魔法を行使するには魔力が必要で、化物は魔法を使える回数が限られているのかもしれない。
本来ならば、そういうような弱点を模索していくのが正しい判断であるべきだ。
しかし、琳は怒りに身を任せ化物に向かって駆け出した。
それはあまりに無謀な行動だった。
琳は見えない壁はあくまである程度距離が離れているときに使える飛び道具限定のシールドだと断定し、ゼロ距離で撃てば突破出来ると考えたのだ。
化物はその様子を見て、不敵な笑みを浮かべた。次の瞬間その笑みの意味が明らかになる。
化物は、こうなることを読んでいつのまにか琳の進むルート上に自身の粘液を撒いていたのだ。
敵を倒すことに集中しすぎたあまり視界が狭くなっていた琳にはその罠を見抜くことが出来なかった。
琳が粘液で濡れた床を勢いよく踏み抜こうとした瞬間、ヌルリと足裏を滑らせ盛大に前方へ転倒してう。
その無防備な姿を確認すると、化物は一本の触手の先端を硬く尖らせ、刺すように突き出した。
あ、しぬ。
倒れた体を起こす間もないまま、琳の脳内に走馬灯のようなものが流れだす。それは彼女が己の死を悟ったことを意味していた。
迫る触手を目前にして、琳は反射的に身構え目を閉じる。
しかし、気づけば琳はまだ生きていた。
いったい何が起きたというのか、目を開け見上げてみると、そこにあったのは琳を庇って腹部を触手で貫かれた架純の姿だった。




