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2. それはとある夏休みの日のこと

 ―――あぁこれは、またあの夢か。

 

 今一つはっきりしない意識の中、ぼんやりとした光の中、そこに私は独りでいた。

 

 いつからになるだろう。もう何度目になるだろう。この光景は既に何度も見ていて、この先何が起こるか私は知っている。

 

 やがて光は霧に包まれていき、辺りはとたんに薄暗くなる。その霧の中、一人の少年が表れる。もう見慣れた姿であるその少年は、どこか憂鬱そうで、どこか悲しそうで、まるで世界に絶望しているかのような、そんな表情をしている。

 

 「きみはだれ?」と、少年に話かける。

 

 

 「……」

 

 しかし少年はなにも喋らない。ただ、翡翠に似た色をした美しい瞳を儚げにこちらに向けるだけだ。

 

 その瞳を見ていると、何故だが私まで悲しく切ない気持ちになる。

 

 

 

 そうして、再びお別れの時間がやって来る。霧が徐々に晴れていき、それに伴って少年の姿も消えていく。

 

 ―――待って、行かないで。

 

 手を伸ばして掴もうとしても、少年に届くことはない。

 

 「…………」

 

 消え行くなか、少年が何かを喋っている。

 

 

 ―――聞こえない聞こえないよ。

 

 

 ―――君は私に何を話そうとしているの?

 

 

 

 やがて少年は完全に消えて、光が強く私を照らす。

 

 それは眩しいくらいで、私は反射的に目を閉じる。やがて体全体が光に包まれていくような感覚を覚えて、

 

 

 

 

 再び目を開くと、

 

 

 

 

 そこは、もう―――

 

 

 

 

  ◆ ◆ ◆



 



八月十日、その日はひどく蒸し暑かった。堂島琳はあまりの暑さで唸るように目を覚ます。

 

 「う、ぁ……」

 

 窓からの鋭い日差しを浴び、思わずぐっと顔を歪ませる。そして体を起こさないまますぐ側にある時計に目をやると、時刻は7時10分を表示していた。

 

 「なんだよ、まだ7時じゃんか……」

 

 

 

 

 高校生である琳は、まさに今夏休み真っ只中である。

 

 健全な高校生ならば、夏休みといえども規則正しい生活を送るべきなのだろう。しかし、この堂島琳という女子高生はあいにく健全な高校生などではないので、不健全極まりない生活をダラダラと送っていた。

 

 彼女は夏休みに入ってからというものの毎日毎晩夜更かしを重ね、起床時間が昼前なんてこともザラだ。

 

 なのでたとえ7時であろうとも、琳にとってはこんな時間に起きるというのはここ最近ではめずらしいことなのである。

 

 

 

 

 はっきりとしない意識のなか、このまま二度寝してしまおうかとも考えたが、睡眠中にべっとりとかいた汗が気になって寝る気が失せてしまい、仕方がないのでしぶしぶ身を起こすことにした。

 

 

 

 冷房をつけてと琳が念じると、静かに部屋の冷房機が作動しはじめる。

 

 この時代、一家庭の家電は一つのコンピューターを中心にして繋がっている。そのコンピューターは人の脳波を読み取ることができ、家の中ならどこでも念じれば家電が動く。

 

 ちなみにこういった技術は現在では特別珍しいものではなく、一般家庭のほとんどに広く普及されている。

 

 

 

 眠い目を擦りながら、シャワーを浴びるために着替えを持って部屋を出る。ふと、風呂場の手前にある洗面所に目をやる。洗面所には大きな鏡があり、そこにはひどく不機嫌そうな顔をした琳の姿が映っていた。

 

 「え、ぶっさ」

 

 ハハッと、あまりの酷い顔に笑わずにはいられない。

 

 ごそごそと、身に付けていた服を脱ぐ。一糸纏わぬ姿になり、再び鏡に目を戻す。

 

  「んー、もしかして太った?」

 

 お腹をプニプニ指でつまみながら、そんな独り言を呟く。実際太っているのかと聞かれれば、全くそんなことはない。程よく肉付いた身体は、成長期の少女としては健康そのものである。

 まあ年頃の女子からすれば、その程よい肉づきすらも気になってしまうものなのかもしれない。


 「ま、ダイエットするわけじゃないんだけどね~」

 

 当の本人もそこまで深刻に考えてはいない。琳はそこらへんの事情に比較的ルーズな性格をしていた。

特に日課でもなんでもない朝のボディチェック(?)をひとしきり終わらせると、琳は風呂場に向かった。

 

 

 

 シャワー、熱めで。ここでもやはり念じるだけ。手を使うことはない。

 

 勢いよくお湯が出る音が室内に響く。その音が妙に耳に心地いい。

 

 シャワーを浴び、その熱気に触れるほどに、体が徐々に覚醒していくのを感じる。

 

 朝に浴びるシャワーはなかなかいいものだと、堂島琳は若冠17歳にして朝シャワーの魅力を新発見することになった。

 

 

 

 「ふぅ、さっぱりした」

 

 シャワーを浴び終えると、ほくほくとした満足気な顔で風呂場を後にする。三度洗面所の鏡を見ると、先程はまるで別人のように、生き生きとした表情をした琳が映っていた。

 

 特に意味があるわけではないが、ビシィッ!と鏡に映る全裸の自分を得意気に指差しポーズを決める。全裸で。

 

 この光景を他人に見られていたら結構恥ずかしいのではないだろうか。しかし、彼女はひとり暮らしでこの家には琳以外には誰もいない。なのでその心配をする必要はなかった。

 

 自室に戻るとすっかり冷房が効いており快適な温度を維持していた。

 

 

 

 

 ゴロンとベッドに寝転び、おもむろに携帯を見る。すると中学の友人である折田架純から数分前に連絡が届いていた。

 

 通知を開いてメールを読んでみると、内容は遊びの誘いだった。 

 

 「お、架純じゃん。ジミに久しぶりなんですけど。へぇ、肝試しかぁーおもしろそ」

 

 どうやら今日の夜に、数人集まってどこかの廃病院で肝試しをするらしい。

 

 他に誰が来るのか、メンバーの詳細をメールで聞いてみると、やがて一分も経過しないうちに、架純から返信が返ってくる。

 

 「なになに? 架純の高校の友達と知り合いの大学生男子? なるほどなるほどそーゆー催しね~」

  

 さしずめ、前日に女子側に欠員が出て私がその穴埋めに選ばれたというところだろう。まぁ仕方ない、どうせ暇だし付き合ってあげようか。

 

 などという少しばかり上から目線の邪推を廻しつつ承諾の旨の返信を送る。

 

 移動に使う車は男連中が用意してくれるらしい。どちらかというと、彼らが主催者側なのだろうか。

 

 

 

 

 「集合は夕方五時に駅前か…」

 

 現在の時刻を確認すると午前7時34分。約束の時間にはまだまだ猶予があった。

 

 「ほいじゃまぁとりあえず朝御飯食べて、洗濯してー……」


 「二度寝するか! 」

 

 日中いかに過ごすかを思案してはみるが、そもそも自分が四時間しか寝ていなかったことを思いだして再び床につくことを選んだ。

 

 高校二年生の夏休み。なんということはない、平凡な日常。堂島琳は自由気ままに、与えられた暇を謳歌していた。この日の夜に己がどのようような目に遭うかも知らずに……。

 

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