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11. 狂いだした歯車

過去回想になります。



 懐かしい夢を見た。自分の人生がまるで変わってしまった中学のときの夢だ。 

 

 

 母と夜の病院の屋上で思い出の時間を過ごしたあの日から三年の月日が流れた。母が亡くなってから数えると、二年経ったということになる。

 

 中学へ進学した私は、その日が初の登校日だった。新しい制服に身を包みスクールバッグをしょって通学路を進む。その右手首には母から貰った銀の腕輪が鈍く光っている。

 

 立派な女性になったら。そういう約束ではあったはずだが、私の成長が間に合うわけもなかったことを母は気づいていた。

 

 私が中学生になったら渡すよう生前父に託していたらしい。そういうわけで、中学生の春にして憧れの腕輪を身につけて登校した。なんだか、少しだけ大人になったような母のような女性に近づいたような。そんな錯覚を覚えて、あのときの私は心の昂りを抑えれずにいた。

 

 登校初日の朝、私は中学生に上がったからといって生活が大きく変わるとは考えていなかった。なにか唯一新しいことがあるとすれば、それは教育課程で義務化されているカンナビの登用だろう。

 

 でも、私の夢は決まっていたし、そのための努力もしてきている。やはり私の生活が変わるとは考えられなかった。

 

 でも、そうじゃなかった。初のカウンセリングで、私の考えは甘かったということを思い知らされる。

 

 カンナビシステムAIとのカウンセリングは学校内にあるカウンセリングルームで行われる。ルームといっても個室になっているわけではなく、スペースごとに仕切りがあるだけでまるで自習室のような感じだ。

 

 そこには、使用した記録を書く帳簿と一人分の椅子。そして椅子の前にある机にはキーボードが置いてあり、前方の壁にはモニターが設置されていた。

 

 最初に使い方だけ専門の職員に説明され、さっそく私は席につく。どうやらあのキーボードで文字を入力してシステムAIと会話するようだ。ログインパスワードを入力して、カウンセリングがスタートされる。モニターが起動すると画面に文字が映った。

 

 『はじめまして、堂島 琳 様』

 

 実際は文字で会話してるからこの表現はおかしいのだけれど、システムAIは紳士的な口調をしていた。

 

 はじめまして、と入力する。

 

 『今日はどういったご用件でしょうか?』

 

 カウンセリングをしてほしい、と入力する。

 

 『かしこまりました。それでは、まずあなたのことを教えて下さい。質問はアンケート形式となります。戸籍情報など基本的な情報については既に取得していますので省略させていただきます』

 

 システムAIがそう言うと、おおよそ1000に及ぶ質問が表示されていく。少々骨が折れたがなんとか全ての質問に回答した。

 

 ちなみに、質問の内容は趣味や好きな食べ物、好みの異性のタイプなど一見関係のないようなものが意外と多かったが、将来なにになりたいか、日頃行っているトレーニングはどんなものかなど将来に関係のありそうな質問もちゃんとあった。

 

 

『おつかれさまです。それでは統計に入りますので少々お待ち下さい。』

 

 そう言って画面が暗転した。

 

 statisticsing……(統計中)

 

 と画面に表示される。計測には10分ほどかかった。

 

 そうして、とくに覚悟もせずに結果画面を開いた。でも、そこに書かれていたのは信じられないもので、私は目を見開いた。

 

 堂島 琳

 希望職種 プロアーティスト

 

 現時点での成功確率 16.5%

 

 

 「うそ……なんで……?」

 

 動揺を隠せない私に、先程までの余裕はなかった。

 

 そんな私のことなどお構い無しに、システムAIはカウンセリングを進める。

 

 『ご覧のとおり、現時点での堂島さんのプロアーティストになる。という希望が叶うのは極めて低い確率です。しかし心配なさらないで下さい。次に表示するカリキュラムに取り組めば、必ずや夢は叶うでしょう』

 

 そうだ、なんのためのカンナビシステムだ。正しい練習さえすれば、必ず夢が叶うってシステムは言っているんだ。なら、これからはシステムの指示のもと正しい練習をする。それだけじゃないか、難しいことはなにもない。

 

 いまだ焦る気持ちはあったが、そう自分に言い聞かせてなんとか落ち着きを取り戻す。

 

 すーはー、と深呼吸をして次の画面へ移行する。

 

 しかし、無情にもここでも私の心は打ち砕かれた。

 

 システムの提示してきたカリキュラム。パターンが四つあれども、その全てが今までの5倍以上の練習量を要求していた。

 

 「なんですとッ……!」

 

 マウスを握る手が、ワナワナと震える。様々な思いが頭の中を駆け巡る。

 

 おかしいだろ?

 5倍の練習?そんなのできるわけないだろ?

 

 本当に今までの練習が悪かっただけのか?

 

 そんなわけない、大会ではちゃんと結果を出してるぞ?

 

 だったらなにか?並みの努力だけじゃ、プロアーティストになることは厳しいってことなのか?

  

 私が甘かったのか?

 

 私に才能がないってことなのか?

 

 私は、あれほど愛情を注いで育ててくれた両親の期待に応えられないというのか?

 

 もう、悔しいやら悲しいやらムカつくやら色んな気持ちが溢れてきて、涙が零れる。泣いたのは、母が亡くなったとき以来だろうか。

 

 でも、そこで諦めるわけにはいかなかった。私はシステムの提示するカリキュラムを甘んじて受け入れた。

 

 それが地獄の始まりだった。

 

 はじめの一ヶ月は、必死になって過酷な練習に絶えた。来る日も来る日も練習練習、正直しんどかったけど夢のためならなんとか頑張ることができた。

 

 でも、二ヶ月ほど経過した頃だろうか、色々私自身限界が来るようになっていた。今となっては我ながら根性がないなと思う。

 

 でも、あのときの私は母のいないことから心が不安定になっていて、何をやっても上手くいってなかった。事実、必死に練習した甲斐も虚しく大会では結果を出せずにいた。

 

 それでとある日、変わらず厳しい練習の後、家に帰った私は倒れるように寝た。

 

 眠りにつく寸前。もうやめちゃおうかな、そんなことを呟いたのを覚えている。

 

 私が次にはっきりと目を覚ましたのは、それから三ヶ月後のことだった。

 

 これは父に言われたことなのだが、この三ヶ月間私は普通に生活していたのだという。いや、普通というのにはすこし語弊がある。私は眠っている間、とんでもないことをしでかしてしまっていた。

 

 《7.28事件》、若者を中心に〈カンナビ〉に反感を抱いた人間達が世界規模で集まって、一斉に〈カンナビ〉廃止を掲げたデモを行った事件。

 

 私はそのデモ集団を指揮する首謀者だったのだ。混乱する私に、父は一つの動画を見せた。そこでは《解放の魔女》と名乗る人物が、幹部らしき他の人間を横に侍らせ〈カンナビ〉の不当性、自由の尊厳について語っていた。

 

 長い黒髪、よく通った声。

 

 動画に移る《解放の魔女》は、紛れもなく私自身だった。

 

 私は理解出来なかった、状況が飲み込めなかった。だって、私は今の今まで寝ていて、こんなものは記憶に一切ない。

 

 こんな話をされても、私には今一つ現実味がなかった。

 

 

 しかし、世界はそんな私を許しはしなかった。

 

 私が久し振りにレッスンスクールへ行くと、私の顔を見るなり先生が酷く驚いた顔した後、このように言ってきた。

 

 「なにしにきたの?」

 

 私は言葉の意味が分からなかった。

 

 なにって、練習しにきたに決まっているじゃないか。

 

 そう言ったら、ツカツカと詰め寄ってきて、鬼のような形相で痛烈な平手打ちをかましてきた。

 

 「自分がなにをしたかわかってるの!?あなたのおかげでうちは生徒が減って経営困難よ!練習しにきた!?ふざけないで!カンナビを否定して努力を否定して、他人の人生メチャクチャにしたあなたが今更なにをするって言うのよ!!!」

 

 そう怒鳴りたてた先生の目には涙が浮かんでいた。そして、つい感情が抑えきれなくなったのか、顔を両手で覆い隠して嗚咽を漏らして泣きだしてしまった。

 

 私はヒリヒリと傷む頬を抑えていた。何も言うことが出来なかった。きっと多分、私が眠っているうちに、周りの人にとんでもなく迷惑をかけていたのだろう。

 

 


 「帰って……」 

 

 震える声でそう言われて、私はそのまま、泣いて蹲る先生を見届けて家に帰った。

 

 もし、もしお父さんの言っていたことが本当なら、私は大罪人だ。人類の戦犯だ。もう私には、夢を見る資格も、夢を追いかける権利も無いのかもしれない。

 

 いや、きっと無いのだろう。先生の様子を見ていたら分かる。多分、先生の目には私は悪魔のようにうつっていただろう。だって私は他人を巻き込んで〈カンナビ〉を否定してしまった《魔女》なんだから。

 

 そうして夢をなくしてしまって、志半ばで諦めることになって、そこで私は生きる意味を無くしてしまった。

 

 

 

 思えば、架純とつるみだしたのはそれからのことだった。

 

 あれからいつのまにか学校に私の居場所が無くなっていて、今まで仲良くしていた子たちが私のことを怖がっていた。

 

 そりゃそうかと内心諦めつつも、孤独を感じていた私に手をさしのべてくれたのが架純だった。

 

 そのときの架純は既にビッチで、クラスカーストトップの女子の彼氏を寝取ったとかで女子からハブられていた。

 

 そんなやつに情けをかけられるなんて、いよいよ私も落ちるとこまで落ちたななんて思いながらも架純と一緒に行動するようになり、彼女に影響されて私もいわゆるギャルを振る舞うようになったのだ。

 

 架純はこれ以上ないくらいに明るい性格をしていた。明るすぎて少し疲れるくらいだ。

 

 でも、多分、そんな無駄に明るい架純が横にいてくれなかったら、私は今頃自殺でもしてこの世にはいなかっただろう。

 

 そういう意味では架純に感謝しないといけないな。

 

 

 

 

 

 

 架純、ごめんね……。


ご覧いただきありがとうございます。

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