『魔導銃』上
隣国の軍本部では最近、主戦場以外での損害が報告されてきている。
開戦から三ヶ月目に差し掛かろうと云う時期の事だ。
これが地味に効いている。
気が付けば自領であったはずの浮遊島が幾つか敵の手に落ちていた。
目撃証言を要約する。
『光を纏った人間が現れた』
『まるで太鼓を続けざまに叩く様な音がして兵達が倒れた』
『その後とても小さな飛航艦らしきものが爆撃した』
『纏う光はだいたい白い翼の様に見えたが、一人だけ赤い翼だった』
…と、云った具合である。証言は戦時徴発された農兵がほとんどで確度が低い。
恐らく『小さな飛航艦』とは敵国が最近開発した『飛翔艇』である事は間違い無い。
初戦で重飛航艦一隻を中破せしめ、その艦橋にぶち当たった超小型飛航艦。その残骸から開発を推し進めているが、完品が手許に無い為に難航している。
困ったのは『光の翼を持つ人』の存在だった。
敵国に住まう『チベ族』であろうと思われる。
報告書はその様に推論している。
これを読んだ隣国の軍上層部の者達は頭を抱えた。
隣国にはチベ族が存在していた…過去に。
もはや隣国にはチベ族が存在していない。軍部による粛清で十数年前に姿を消している。
飛航艇が発表され、軍で導入され始めた頃の事である。
空を手に入れ、空の主人たらんと欲した軍部にとって、チベ族は邪魔な登場人物であった。
滅ぼすのでは無く、手懐けておけば…
上層部の面々は当時粛清を主導した連中を呪った。
なんとも勝手な話である。しかし人間とは得てして手前勝手な生物である事は疑い様の無い事実である。
手前勝手でありながら、同時に集団生活でなければ生きられ無い。
天敵を排除し増え過ぎたこの生物は、もはや同胞を天敵に指定せざるを得ない。
戦とはまことにもってよい口減らし方法と謂える。
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このところ営舎は一種明るい雰囲気に包まれている。
勝ち戦続きで沸かない方がおかしいだろう、ことごとく作戦が当たり負傷者の一人も出ていないのだから。
「いい感じだぜ、このまま主戦場に殴り込めそうだな」
「…………それは無理」
桃髪の言葉を受けて、赤条の娘が言った。
「なんでだよ?勢いに乗るのは大事だろ」
「……私達はまだ艦隊戦の経験が無いわ、今までは寝込みを襲ってるだけ」
条髪がここまで喋るのは珍しい。
なるほど条髪の言う通りである。部隊は浮遊島で砦を再建している敵、戦闘態勢に入っていない相手を選んで襲っていた。
この時代、古い考えになりつつはあったが、未だ堂々とした戦い──正面からの殴り合い──に将兵は価値を見出だしていた。
その価値観から見れば赤毛──御愛妾様──の部隊がやってきた事は『寝込みを襲う』汚いとみなされ得る戦法と云える。
赤毛達チベ族の女にしてみれば戦など元々門外漢であるし、何よりも彼女達は『生き残り』を最優先している。
名誉ある死、華々しく散る死、後世に伝えられる死など、願い下げであった。
その為、新鋭の飛航艦の出番は未だ無い。
飛航艦は翔挺兵・飛翔兵の帰る場所であり、護る場所であった。当然の如く戦闘から離れた位置に置かれていた。
桃色が言った主戦場では、このやり方は通じない。少なくとも飛航艦に戦闘経験を積ませなければ無理な話であった。
飛翔艇を多く積み、その数で敵を圧倒する事を目的とした『翔巣艦』が発明されていくが、それはまだ後の事。
飛航艦同士が突撃し、砲を撃ち合う主戦場に参戦するのは時期尚早であった。
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「砲撃戦、なぁ…」
「隊長殿のお考えは理解しておりますが、今後の事を考えれば」
「ぃや!解るさ艦長さん…ただ、手頃なうまい相手がそうそう居るかッて話でさ」
営舎の隊長室で赤毛と艦長が話し合っていた。
二人に茶を煎れながら小姓は思う。
(武人と空賊じゃあ考え方も噛み合わないに決まってる)
先に述べた通り、艦長は軍人として古い武人気質を尊ぶきらいがある。
逆に赤毛の娘は生き残った上での最大の戦果を模索する。彼女の主導する作戦は、山猫が物陰から兎を襲う様な賊のやり方だ。
(堂々とした戦いと無縁では艦長もやるせないだろう)
しかし小姓の見立ては少々甘い。戦に参加していない子供なのだから仕方無い事ではあるが。
艦長にとって彼女は部隊の上官である…彼女本人には余り自覚が無さそうだが。
それと同時に彼女は陛下御愛妾様でもある。必ず護らねばならない相手であった。
御愛妾様は陛下に正妃のいない現状、立場的には実質正妃と何ら変わらない…が、やはりこの事も彼女自身自覚に乏しい。
それが証拠に彼女は率先して戦闘へ向かう。
そして艦長には後方での待機を命じる。
護るべき相手に逆に護られている事実は、艦長にとってあまり喜ばしい事では無い。
また彼の艦は新機軸を詰めた試験的なものである。結果を出さなければ今後廃れてしまうだろう。
部隊の活躍を喜びながらも、内心忸怩たる思いが確かにあった。
一方、赤毛にとってこの戦はチベ族を認めさせる為、一族の存亡を賭けた戦いである。
『御愛妾様』などと云う立場は彼女にとって然程の価値も無い。
自分がその立場にいればチベ族の安寧に繋がると見て請けている、それもやっかみと云うものを考えれば諸刃の剣だ。
また、艦長を自分の思惑に無理矢理付き合わせているとも感じていた。これは艦の乗員・飛翔兵達に対しても同様に思っている。
翔挺兵はまだいい。彼女達はチベの女だ、自分と共に血を流してもらう。それが一族の為になるなら。
艦長以下乗員と飛翔兵はレキ族だ。
戦そのものはレキのものだ、戦いで血を流したいならそうすればいい。が、自分の思惑に付き合わせたせいで死んでもらいたくは無かった。
こんな思いから彼女はチベ族翔挺兵を襲撃隊として危険な交戦をさせ、飛翔艇は後詰めの爆撃で手柄を与え、艦を帰る場所として戦闘に参加させずにいたのだった。
赤毛と艦長、お互いの思惑がすれ違っているが為に、艦長は飛航艦での戦闘参加を希望し、赤毛はそれを渋っていたのである。




