『開戦』下
本来銃身は一本のはずだが、赤毛のソレは六本の銃身が束になっていた。
更に吸引口から圧縮部分にかけては大砲の様に大きい、重い訳である。
「もう少し軽くねェと厳しいな…ちょいと行ッてくら」
「付き合うぜ」
赤い翼と薄桃色の翼をそれぞれ展開すると、二人は駐屯所から少し離れた建物へ飛んだ。
建物の内部はあちこちから金属を打ち付ける音が響く。金気臭い。
「よお、爺さん」
技師らしい男に赤毛は声を掛けた。
「おう!嬢ちゃん。どうだ、具合は?」
「重てェな…それに思ッたよか弾の出が遅ェ」
「だろうな、次はコイツを試してみてくれや」
老技師は赤毛が持ち帰ったものによく似た銃を出して来た。
どちらもこの男の作品である。
赤毛達の前に出されたものは銃身が三本と少なくなり、吸引口が広く圧縮部分が小さくなっていた。
「お!だいぶ軽い」
赤毛が駆動紋に魔力を注ぐ。
どの機器も──飛航艦でさえ──先ずは使用者が駆動紋に少量の魔力を注いで起動させる。その後は吸引口から魔素を補充しながら稼動するのだ。
駆動紋に魔力が込められるとすぐに吸引口が唸りをあげた。
三本の銃身の束が回転を始める。すぐに回転速度が上がっていく。
フイイイイィィィ……ン!
甲高い回転音が館内に響いた。
「速ェ!」
その回転速度を見た赤毛は、そのまま建物から表に走った。
外に出るが早いか、銃口を空に向けて圧縮部分を稼動させる。
ドゥルルルルルル………!
先に使っていたものとは明らかに違う、切れ目の無い連続発射音。
魔素弾が回転する銃口から繋がる様に飛び出していく。
「………凄ぇなアレ。おい爺さん、アタシにもくれよ」
「言っておくが、魔素弾の『融け』が少し早いからな?それでよけりゃあ、もう何丁か造ってやる」
「…………上出来だ爺さん」
駆動を止め、爺さんに振り向いた赤毛は悪い顔で笑った。
────────
緒戦から二ヶ月、この間攻防は一進一退を繰り返していた。
両国の間に点在する幾つかの浮遊島を巡り、奪い奪われの陣取りが行われている。
奪い取った、もしくは護り切った浮遊島を足場にして、それぞれの軍が駐屯する。
これらの浮遊島の幾つかには、古い時代の砦が残っており、今や現役に復帰しようと改修がなされ始めていた。
後世から見るならば戦を始めてから砦の改修などと、なんと緩やかな時代だと感じられる事だろう。
時代は飛航艇の黎明期から興隆期に差し掛かる頃であり、速度・運用等、各方面は両国とも手探りであった。
その浮遊島の一つ。
この空域は主戦場より離れた位置にあり、島は未だ戦火にさらされていない。
しかしながら戦の流れ次第では今後どうなるかは判らず、また古い砦の跡もあった。
隣国の重飛航艦が一隻、砦近くに浮いたまま停泊している。
砦を再建する物資を運んだ運搬艇達は本国へ戻っていった。今は兵達が物資を砦に積み上げ、補修作業を行っている最中である。
補修を行う兵達の顔は一様に明るい。
主戦場から離れているこの島での作業である。今はまだ戦いの恐怖とも高揚とも無縁であるのだから、明るいのは当然であろう。
急がねばならないといった悲壮さも無い為、兵達の間にはのんびりとした空気が漂っていた。
「おおぃ!飯にすべぃ!」
昼時である。この島に来た兵達はほとんどが田舎から徴用された農兵であった。土木作業に向いた男達である。
からりと晴れた空の下、皆思い思いの場所に座り、受け取った配食を口に運ぶ。
昼休憩の和やかな時間。男達は飯を頬張りながら馬鹿話に興じていた。
「…んん?なんだ?」
一人がふと空を見上げた。
それは陽の光が眩しかったせいかもしれない、水筒の水を飲む為に顔を上げただけかもしれない。
だが、その目に何かが映った。
その声につられて何人かが空を見上げた。
雲の無い空、そこにポツポツと点の様なものが見える。
それはどんどんと近付いて来た。
ヒイイイイィィィ……ン!
ヒイイイイィィィ……ン!
ヒイイイイィィィ……ン!
「…!?なんだありゃあ!?」
連続した風切り音が響き、兵達が騒然とする。もう昼飯を食っている者はいない。
風切り音と共にぐんぐんと近付く影は人の姿に見えた。
それぞれその身に光を纏っている。翼の様な光を。
ウウウウウウゥゥゥ………!
停泊中の重飛航艦から警報が大音量で響き渡る。
重飛航艦もその存在に気が付いた様だ。
次いで係留索が切り離され、艦前面の吸引口が魔素を大気ごと吸い込み始める。
…が、遅い。
その頃には高空の人影が何かを重飛航艦へ投げ付けていた。
甲板や艦橋に落ちたソレは一瞬の後、ぶわっと煙を噴き出していく。煙幕弾だ。
艦のあちこちに煙幕をまとわり付かせたまま、重飛航艦が高度を徐々に上げていく。
煙幕で視界を狭められた艦橋から指示が飛んだのだろう、甲板に兵達がわらわらと現れた。手に手に魔導銃を持って甲板を走る。
フイイイイィィィ…
フイイイイィィィ…
フイイイイィィィ…
甲高い、何かが回転する音が次々に聴こえたその時。
ドゥルルルルルル……!
何か繋がった音が重なった。
甲板の兵達が悲鳴を上げてバタバタと倒れていく…。
ドゥルルルルルル!
ドゥルルルルルル!
ドゥルルルルルル!
重飛航艦の周り、あちこちからその音と共に兵達が倒れていく。
光の翼を背中や足に纏った者達が、ふわりふわりと揺れながら、箒で掃く様に、煙幕でけぶる甲板の兵達を薙いでいく…
…と、その中の紅い光が艦橋へ向かった。
フイイイイィィィ…
ドゥルルルルルルルルルルルルルル!
艦橋の風防ガラスが割れていく…
その音が止んだ時、重飛航艦から流れていた警報も消えていた。
「お、おいあれ!」
地上の兵達の一人が指を差す。
光の翼達が艦のそばを離れたのを見計らう様に、小さな小さな飛航艇──飛翔艇──が編隊を組んで現れた。
ドムッ!…ドムッ!…ドムッ!
発射音と判る。
………ドオオォン!
………ドオオォン!
………ドオオォン!
次々と爆発が起こる。
何度目の爆発か。
メキメキッと厭な音が響いたかと思うと、重飛航艦の太い船体が二つに割れた。
割れた船体から兵達がばらばらと空中に投げ出されていく。
艦と人とが混ざり合いながら、煙幕と爆煙を後に残し、巨大な波しぶきを立てて海中に没していった。
後には、呆然と見守る地上の兵達だけが残った。