『開戦』上
それから更に数ヶ月後の事。
先王の喪が明け、若者は即位式を行った。名実共に国王と認められた訳である。
「…なんでアタシ等まで居なけりゃならないんだよ」
「言うんじゃねェよ、アタイだッて好きでやッてる訳じゃねェ」
ぼやきの主は桃色髪の翔挺兵だ。五人全員が天井の無い行進用の馬車に乗せられている。
前方には国王陛下の馬車。若き国王が群集に向かい手を振って歓声に応えている。
「…私達も手を振るべき?」
普段は無口な『条髪』が訊いた。こめかみのところだけ赤い髪が生えていて条になっている。新兵訓練時に桃色と共に優秀と評された娘だ。
「せんでよろしい」
「ただ座ってるだけかよ?ホント何でアタシ等こんなところに居んのさ」
「ぼやきてェのはこッちさ、これも一族の為だッて」
馬車の面々は手にした扇で口許を隠している。小姓から教えられた事で、欠伸隠しだ。
群集は陛下の馬車に歓声を上げ、次いで現れる女達の馬車を見て一瞬訝しく思う。
それはそうだろう、乗っているのは華やかな衣装に身を包んだ姿ではあってもチベ族である。
しかし周りが歓声を上げている為、つられて声をあげていた。
「…見て、私達が手を振られてるわレキの連中に」
なるほど王様が自分を愛妾にしたのは、こういうテを考えていたのかと赤毛は思った。
チベ族の地位向上をどうやって行うのかに疑問を持っていた赤毛だったが、国王は即位のパレードに自分達を参加させて融和路線を視覚化してみせたのだった。
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即位から二月目、隣国が商船を攻撃した。
開戦である。
若者の即位後、一ヶ月をおいたのは他国に対しての戦の正当性を認めさせる為のものだ。
喪の期間、即位式、その後の祝賀期間のどの時期においても戦を仕掛けたならば他国からの非難は避けられない。
隣国の大陸は現在海面に着水している。
海面から浮き上がったばかりのこの国とは位置的にも近く、また他の大陸は高度を併せて考えれば干渉・参戦の心配が少なかった。
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この惑星は表面が海だけで構成されており、陸地は大気中の魔素と反応して、全てが浮遊している。
何らかの力学により浮遊島や浮遊大陸は数年~百数十年の期間をかけて高空から海面まで上下を繰り返す。
現在、この国が領土とする浮遊大陸は、海面から高空へ向けて浮上を始めたばかりだ。
隣国もこの国も、水上と空中を往来出来る飛航艇を交易・軍事に開発した由縁である。
宣戦布告に関してのやり取り。お互いの使者が国を往き来して調整を図り、開戦となった。
開戦の理由など無いに等しい。
なんやかんやと理屈をこねて、さも自国は正当性があると主張する。その実、本音は領土の拡大である。
領土の拡大とは耕作地の確保、即ち食物という名のエネルギーの確保である。
また、領土の拡大に伴い労働力──奴隷──の確保でもあり、運動エネルギーの調達にも繋がる。
戦は悪である、という風潮は未だ無い。
人は単独生活に難のある生物である。その為集団生活を送る。
集団生活の最たるもの、それが国であり、他所の集団──他国──は生存競争の相手であった。
開戦第一日目は両国が自領と称する島、その沿岸水域で行われた。
「我国は重飛航艦2・軽飛航艦5、隣国は重飛航艦3・軽飛航艦7という陣容でした」
タラ族の小姓が報告書を読み上げる。
御愛妾様部隊はこの初戦に参加していない。赤毛の読み通り出番は敵が飛翔艇を配備するまでお預けであろう。
「数は隣国の方がやや有利かな?」
桃髪の見立てに小姓はかぶりを振る。
「やや、じゃありません。かなり、です」
この時代、重飛航艦は軽飛航艦三隻分と換算されていた。
「続けます…我国艦隊は空中に布陣、対する隣国艦隊は水上です。この面でも不利でした」
「ちょッと待ちな小僧ッ子、上が有利だろ普通」
「御愛妾様、飛航艦だと上方有利にならないんです」
空対地上もしくは水上、また空戦において、上方に位置する方が有利なものである。重力という名の神は高度の有る側に味方する。
飛航艦同士では上方有利とならない理由は、元々水上艦から進化した、そして進化途中であるからだ。
飛航艦の船底には攻撃兵装が無い。水上航行を未だ捨て切れないが為であった。
「数も不利、布陣も不利…負け戦じゃねぇか。隊長、大丈夫かこの国」
「……続けても?」
「あぁ、悪ぃ」
「不利な面はまだあります。隣国はこの島を陛下御即位前から実効支配をしていました」
つまり無人の浮き島に兵を忍ばせていたのである。固定砲台が数基ではあるが配備されていた。
「…しかしながら、我国は後詰めに飛翔艇部隊を投入。開戦時の不利を覆したのです!」
「…マジかよ」
「勝利要因としては、小型・高速の飛翔艇に対抗する兵器が隣国側に無かった事でしょう。飛翔艇部隊はほぼ無傷、島の砲台が潰滅した事で敵艦隊は退却しました」
「飛翔艇部隊に損害は無かったのかね?」
艦長が訊いた。同じ兵科である先任曹長も身を乗り出す。
「………残念ながら。三艇撃墜、うち一艇は重飛航艦の甲板に墜落しました」
辺りから一斉に呻き声が上がる。
一番痛い報告だ。
恐らくその一艇を隣国は研究し、模倣する。実戦配備はすぐだろう。
海に墜ちなかったのが痛い。
「その墜落で重飛航艦が中破した模様ですが…あの、痛いですね」
「中破以上ならば本来大手柄だ。が、この場合…」
「仕方無ェさ、そのうち起きた事だよ艦長さん」
赤毛の御愛妾様はうん!と一つ伸びをして、解散を命じた。
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大空に紅い光が舞う。
浮遊紋を使って宙に浮かばせた幾つもの的を目掛けて閃光が跳ねる。
ドムッドムッドムッ……
重い破裂音が聴こえると、それに続けて的が破壊されていく…
紅い光が地上へと戻って来た。桃髪の翔挺兵が待ち構えている。
「威力高ぇなソレ、ちょっと貸してくれ」
「ん?いいけど重いぜ?」
「どわっ!?…よくこんなもの振り回せるな?」
桃髪が赤毛に魔導銃を返した。
それは見た目が奇妙なものだった。
魔導銃は実体弾を発射する魔導砲とは違い、大気の魔素を吸引、内部で圧縮して弾を形成する。
吸引口部分が破壊されない限り弾切れの心配が無い代物だが、魔素弾は発射後大気に融ける為、射程は短くなる。