『翔挺兵』下
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翌朝は澄んだ青空が広がっていた。
この大陸の高度はまだ低く、空が高い。
「やっと着いたか」
青空の下、営庭に一群の集団がやって来た。
彼等の多くは飛航艦の艦長と乗組員として、残りは飛翔兵として赴任して来たのである。
彼等は王宮に程近い軍本部より送られて来た。片道二刻といったところである。結構な距離と云えよう。
営舎から人影が二つ近付いてくる。
飛翔兵達は人影の片方を確認して喜んだ。久し振りに見る上官、曹長の姿である。
もう片方に対しては、皆一様に困惑した。
王宮で見る文官姿をした子供、頭を見ればタラ族と判る。
恐らくは小姓の類いであろう、新造艦の艦長に任ぜられた男はそう判断した。
(確か部隊の隊長は、陛下の御愛妾様だとか…それでか)
思えば面倒な役回りである。
何故、陛下御愛妾様などという御方が戦の表舞台に立とうというのか?
王宮で栄華を誇っておれば良いものを、何故部隊を率いて死地に飛び込もうというのだ?
(お飾り、で済めば良いのだが…)
恐らく御愛妾様──隊長殿──は素人のはず。軍の人間が愛妾に選ばれたとは聞いていない。
戦意高揚の為のお飾りなのかとも思ったが、飾りならば代わりに指揮をとる者が居て良いはずである。
しかし、その様な噂も聞かない。
ずぶの素人が戦という専門分野に首を突っ込む…しかも上官として。どんな愚策であっても拒否権は無いだろう、相手は陛下御愛妾様だ。
艦長にとっては貧乏クジになりそうだった。
「お疲れ様です、皆様。遠路ようこそ。じきに御愛妾様が御見えになられます」
先任の曹長より先に小姓が労いの言葉を出した。
これまた異例の話だ。先任者と赴任者との挨拶が本来は先である。
(この小姓も軍事には明るく無い…と)
「これは労いの言葉痛み入る。さて先任曹長、貴様の上官は…」
小言の一つも言ってやろう、そう艦長が口を開いた時。
ヒイイイィィィ……ン!
虚空の彼方から甲高い音が聴こえて来た。
「お!おいあれ!」
飛翔兵の一人が上空を指差す。
晴れ渡った空、Vの字に編隊した何か。
それが一気に降下する。
自由落下などでは無い、ぐんぐん加速していく。
Vの字は幅が狭まり、放たれた矢の様だ。
キイイイイイィィィン!
落下音、いや加速音が徐々に高まる。
急降下したそれらがやっと目視で判別出来た。
光を、翼状の光を纏った『人』だ。
「チ、チベ族!?」
あの光翼は確かにチベ族のもの。
しかし、今まで見た事の無い速さ。それが更に速度を上げて地上に突っ込んでいく。
「あ、危な…って?ぇえ!?」
飛翔兵達が驚きの声を上げる。
赤い翼を先頭にした光の矢は、地上スレスレで一気に反転し、上空へ昇っていく…
…と、見るや、矢を構成していた五人全ての翼が消えた。一瞬その姿が宙に浮いた様に止まった。
自由落下が始まる。
ばらばらと墜ちていく、墜ちていく…
…墜ちる先は。
営庭の真ん中だ。
「ぅ!ぅわわあぁ!」
艦長には墜ちて来る一人一人の顔が見えた。
地表に激突する瞬間。
光翼が広がり、五人のチベ族が空中で停止する。僅かにも揺れる事は無かった。
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「まったく!胆が冷えましたぞ!」
陛下御愛妾様と翔挺兵の前で艦長は怒鳴り声をあげた。
が、その目は笑っている。
古来、勇猛さを示すのは武人の誉れであった。しかしながら軍は近代化を図っており、蛮勇を厳に戒めている。
艦長は勇猛さを尊ぶ古い型の男であった。
「悪かッたよ、だけどアタイ等に何が出来るか知ッておいて欲しくてね」
怒鳴ってはいても、この艦長は話が分かる男だと赤毛はみていた。
「曲芸が出来るからと云って自慢にはなりませんよ御愛妾様」
「うるさい小僧ッ子だよオマエは…で、だ。艦長さん、アタイ等の真似を飛航艦は出来るかい?」
「まさか。あんな速度は出ませんな」
「…じゃあ、飛翔艇なら?」
「やはり無理ですな。あの様な…無茶苦茶な飛び方は」
艦長の言葉に、しかし赤毛は苦い顔であった。
「確かに無理だろうさ…今はね?今はまだ…」
「隊長殿?」
「…あ?あぁ、いや悪ぃ」
技術の進歩は時に急加速する。
『無茶苦茶』と評された曲芸飛行も、そのうち実現するかもしれない。
「隣の国じゃあ飛翔艇はまだ無いんだッてね。だけど戦になりゃあ、飛翔艇は墜とされていくだろ?それを拾われたら…」
「開発されるでしょうな、早急に」
「そうなッたらどうなる?飛航艦同士の戦いから、飛航艦を飛翔艇で襲う戦いになるだろ?」
(この娘は…)
艦長は舌を巻いた。
それは既に軍本部で考えられている予測だった。
素人然とした小娘がその予測に迫っている。
「…で、そうなると今度は飛翔艇同士の戦いになる。お互い艦を襲われない様にぶつかる訳だ、もし生き残ッても弾切れしてりゃあ艦を襲えないね」
「良く…見極めておられる」
「ここが、アタイ等の出番だと思ッてんだ。アタイ等はまだ…まだ飛翔艇に勝てる」
隊長と呼ばれる小娘は、飛翔兵達に目を移した。
「アタイ等が敵の飛翔艇を蹴散らす。アンタ等の露払いだ。そしてアンタ等が敵の艦に弾をぶち込む…それでどうだい?」
翌日から飛航艦、飛翔艇そして翔挺兵の協同訓練が開始された。