『地下墓所の風景』下
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それから数年後の事である。
父王の外戚にあたる貴族が謀叛を起こした。
老人が語った祖母の言葉通り、父王は恨まれていたらしい。以前から不穏な空気が王宮に立ち込めていた。
父王は倒され、姫君は供の侍女二人と墓所へ立て籠った。
姫君は老人から預けられたこの侍女二人と、よく墓所を遊び場にしていた。
それは姫君にしてみれば子供の秘密基地の様な感覚で、二人の侍女も楽しんでいた様であった。
男勝りなところは祖母に似たのであろうか。
二人の侍女はチベ族で、どちらも赤い髪をしていた。祖母の血を強く引いた姫君に、老人が配慮したのであろう。
姫君はすぐに二人と打ち解け、公式の場以外では姉妹の様に扱った。
チベ族譲りの魔力の高さを利用して二人から飛び方を教わった事もあった。
こういった面は、祖母の話に影響されたものであろう。
「ごめんなさい、二人を巻き込んでしまったわ」
この墓所には遊びのつもりで軍用の口糧を集めて溜め込んでいた。水筒や火口箱、薪なども用意してある。
姫君はちょっとした隠れ家と思っていたが、二人の侍女はこれらの物資集積をどうやら老人に指示されていたらしい。
「姫様、お気になさらず」
「私どもは宰相様より云い遣っております」
「…ありがとう」
姫君はなるほど祖母に似た容姿であったが、気性はそれほど似なかった様である。
自然、涙が浮かぶ。
それは父王が倒されたからであり、孤立無援で立て籠っているからでもあり、二人の侍女に申し訳無い気持ちからでもあった。
扉にはカンヌキがされている。
姫君はいつも墓所へ詣でる度に、大袈裟なカンヌキだと思っていた。まるで城門のカンヌキだと。
しかし今はそれが頼もしい。
きっとこのカンヌキも老人が、ひょっとしたら祖母がこうなる事を予測して設えたのではないか?
王家のものと違い副葬品の類いなど無い墓所である。しかも内側のカンヌキなどと、構造上おかしいと謂える。
じきに外戚の手の者達がこの墓所へ殺到するのだろう、それを思うと姫君は身震いをした。
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翌朝、王宮を制圧し王位を簒奪した男の息子が墓所の階段を下りてきた。
昨日既に墓所の入口は兵によって固めてある。
正統な血統である姫君が閉じ籠ったのなら好都合、逃げ出せ無い様に見張りを立てた。
これで先に王宮内を掌握する事へ注意を向ける事が出来た。
制圧が成った現在、外戚親子が考えるのは姫君の説得である。
外戚の子息は重い扉をノックした。
『…どなた?』
扉の向こうからくぐもった声が聞こえてきた。子息は優しげに姫君へ声を掛ける。
「やあ、御機嫌は如何です?そろそろお出になっては?この様な辛気臭い場所は貴女に似合いませんよ」
『結構ですわ』
「こちらとしては扉を打ち破る様な手荒な真似をしたくないのですが?」
『この扉を破るには、その前室は手狭ですわね』
確かに姫君の云う通り、破城槌の類いを使うには狭い前室である。
子息は軽く舌打ちをした。なかなか頭の回る姫君じゃないか。
「いつまでも籠っていられる訳ではありませんよ姫様、私との婚礼の準備もある事ですし」
『婚礼?……婚礼ですって?』
「そうですよ、貴女も王家の一員。血統を遺す為には必要な事です」
『…父様に手を掛けたのは貴方でしょうに!』
おや見ていたのか。
子息は溜め息をついた。直接見られていたのなら、少々面倒だと感じていた。
(……まぁ、時間はある。いつまでも立て籠れる訳でも無し、そのうち音をあげるだろう)
「また来ます。次はお互いもう少し打ち解けたいものですな」
子息は見張りを残して戻って行った。国を掌握するにはまだまだやるべき仕事がある。
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墓所の中では時間の経過が判然としない。
謀叛を起こした外戚の子息が墓所を出ていってから、どれだけの時間が過ぎたであろうか。
三人は溜め込んでいた口糧をかじりながらこれからどうするかと考えてはいたが、何か頭に浮かぶ訳でも無い。
何しろ墓所は袋小路である。
祖母が生前に建てた墓所なのだから、秘密の抜け穴くらいはありそうに思えたが、それらしい仕掛けは探しても無かった。
(このまま立て籠り続ける事は出来無いわ……だからと云って)
二人の侍女を思えば、カンヌキを外して大人しく投降すべきであろう。
だがそれは、父母を殺し王権を乗っ取ろうとするあの男に命乞いをする事である。
そして血統の為にその子を産むのかと思い到るとおぞけが走った。
(こんな時……お婆様なら、どうしたのかしら?)
姫君は祖母の石棺を見た。
石棺の肖像は眉を吊り上げ、への字に口を曲げている。
なんだか怒られている様に感じた。自分で道を切り開けと云われている様だった。
姫君は泣きたくなった。記憶に無い祖母に怒られるなど、理不尽だ。
『困った事が御座いましたら…』
不意に数年前亡くなった老人の言葉が頭に浮かぶ。
姫君は老人の石棺を眺めた。
(爺、困ってるわ…お婆様はどうやって助けてくれると云うの?)
物云わぬ石棺の肖像は今の姫君より幼い姿をしている。
その子供は他の肖像と違い、手に銃を持っていない。
それはそうであろう。彼は小姓であったのだから。
小姓姿の子供、その手には銃の代わりに魔導紋があった。
姫君はその魔導紋をよく見た。
駆動紋である。しかしその紋に魔力を込めても何の反応も無い。
『……れは棺の…』
よく見れば老人の石棺には他と違い蓋を開ける駆動紋が付いていなかった。
(…なのに爺は駆動紋を大事そうに抱えているわ……爺なら書物とか持っていても……いいえ!そうじゃ無い!)
姫君は気付いた。
老人の肖像は物を持ってはいない。
物体を持たず、シンボルを持っている。
(まさか…)
姫君は祖母の石棺に戻ると、その蓋に付いた魔導紋──駆動紋──を見た。
掌をかざし、魔力を込める。
ズズズズズズズズズズズゥ…ッ!
石棺がゆっくりと開いていく。
「お婆様……!」
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「どうだ、中の様子は」
「は、昨夜は静かなものでした」
そろそろ音をあげる頃だろうと踏み、外戚の子息は墓所へ戻って来た。
「どうです?まだ決心はつきませんか?いい加減出てきたら如何です」
子息の声が聴こえたのだろう、扉の向こう側で物音がする。
……………………ィィィィィ
「何の音だ!?」
「さぁ?見当がつきません」
甲高い音が扉の向こうで鳴っている。
それとは別にカンヌキを抜いて床に落とす音が聴こえた。
「お?観念した様だ。皆の者、怖がらせるな。武器は仕舞え」
重い、重い音を立てて扉が開いていく。それと同時に甲高い音が強くなった。
フイイイイイイ!
「うるさい音だな……おお!これは姫様!やっとお顔を」
ドッ!!
ドゥルルルルルルルルルルルルルル!!
ドゥルルルルルルルルルルルルルル!!
ドゥルルルルルルルルルルルルルル!!
完