『地下墓所の風景』上
王宮の隅に小さな墓所がある。
王族のものでは無い、王族は王宮地下に墓所を設けていた。
この墓所へ詣でる者は限られていた。
入口には鍵が掛かっておらず、誰でも入る事が出来たのではあるが。
丁度、その限られた人物が墓所の扉を開いた。
老いた文官姿である。
つるりと剃り上げた頭からタラ族と知れた。
片手に荷物を入れた手提げ袋をさげ、片手には灯りを携えて、老人は地下への階段を下りていく。
階段はさほどの段数では無い。
地下は二つの部屋に分かれており、狭い前室は祈る為の祭壇が申し訳程度に置かれている他、めぼしい物は無い。
老人は扉を軽くノックして開け、続く部屋に入る。
その部屋こそ墓所である。
二十程の石棺が等間隔で左右に並ぶ。
石棺の蓋を見れば色石による絵が描かれていた。
幾つもの色石を薄く削り、張り合わせてある。棺に眠る故人の肖像となっていた。
この辺りも王族のものとは違う。王族の石棺は蓋に浮き彫りで肖像を作る。
色味としては、この墓所にある方が華やかではある。
老人は一つ一つの石棺を、手提げ袋から取り出した刷毛と布で丁寧に拭いていった。
最後に残ったのは部屋の奥に三つ並んだ石棺だ。
一つは白い髪の女性、耳許だけが赤い条になっていた。
反対側の棺には桃色の髪の女性。
中央には真っ赤な髪の女性の肖像。
老人はこの石棺を綺麗に掃除した後、その傍らで手提げから出した茶器を棺の上に置いた。
ポットからカップへ茶を注ぐ。カップは二つ。
予め備え付けて置いた椅子に座り、カップの一つを手にする。
「一月ぶりでございますな、御無沙汰しておりました」
老人が棺に声を掛けた。
「儂もそろそろお迎えが近い様で、こちらへ来るのも億劫になってきました。もうじき御会い出来そうです」
老人はぶつぶつと小声で話す。
そんな折、扉が開かれた。
ひょっこりと顔を出したのは赤い髪の娘だ。
「あぁ爺、やっぱりここに居たのね?」
「…姫様、扉を開く前にノックをなさいませ」
「墓所なのに?」
「故人でも人でございます」
入って来た娘の年の頃は十歳ほどであろうか。
愛らしい顔にソバカスが浮いている。
「またお婆様とお話していたの?」
そう言って石棺の肖像を覗き込む。
よく見れば面影がある。
「ねぇ爺?お婆様の顔に細かい点が付いてるけどソバカスなのかしら?」
「左様です姫様」
「いやぁね、そんなとこまでお婆様譲りなんて」
姫様と呼ばれた娘はへの字に口を曲げた。それを見て老人が笑う。
「御愛妾様もへの字口をしておりましたなぁ」
「ま!酷い!」
クスクスと笑う姫の顔を懐かしそうに老人は見ていた。
「お婆様の棺に描いてあるこの棒みたいなもの、これが“サイレン”?」
「よぅ知っておりますな?誰ぞに訊いたやら」
「有名だもの、結構大きいのね?肖像から見ると」
「姫様、お茶は如何です?」
姫君はそれには答えず、祖母の肖像を指でなぞった。
「あら?ねぇ爺、ここに駆動紋があるわ?」
「いけません姫様、それは蓋を開ける為のものです。閉じるのは人の力でですぞ?儂と姫様二人では閉じられませんからな」
「あら嫌だわ、お婆様が出て来ちゃうわね?」
クスクス笑う姫様に、ふと、老人は顔を引き締めて言った。
「姫様、もしも…もしも困った事が御座いましたら、この墓所へ参りなされ。きっと御愛妾様がお助け下さいます」
それから暫く後、『御愛妾様付筆頭』であり、『先代宰相』であった老人は召された。
穏やかな死に顔であったと云う。
────────
姫君が物心ついた時には、祖父母は既に鬼籍に入っていた。
祖父母の話は父王から折に触れ聞かされている程度であった。
曰く、祖父王は幾度と無く祖母を正妃に格上げしたがったそうであるが、祖母その人が拒絶していた事。
祖母は、謂わば変わり者で、王宮の流儀などいつも無視した振る舞いであった事。
それを祖父王も内心楽しんでいたフシが見られた事。
祖母はまるで山賊か何かの様に、昔の部下とつるみあちこちで騒動を起こしていた事。
父王は自分の父母とは疎遠であったらしい。姫君は話を聞くたびその様に感じていた。
祖母付の小姓を務め、後年名宰相と謳われた老人からは、祖母が口にした言葉を聞かされた事があった。
『アレは堅すぎる。締め付けがキツいと無駄に恨まれるだろうよ』
『アレ』とは自分の息子、姫君の父王の事である。
多分に奔放な祖母を反面教師としたせいでの事ではあるが、なるほど厳しい王として評されている。
老人の死後、王宮の隅にある地下墓所の世話は、姫君が行っていた。
月に一~二度程度、暇を潰す様なものであった。
老人が携えていた手提げを譲り受け、今はその老人の石棺を世話している。
そんな様子を見て姫君は変わり者だ、祖母の血だと陰で噂されたものだが、彼女は気にしていなかった。
習い事、稽古事の合間の息抜きと云えた。
老人の石棺にある肖像は、何故か子供の姿である。
生前訊くところによれば、老人が祖母をやり込めた事への意趣返しであるそうな。
しかし姫君は思う。
祖母の肖像も、他の石棺の肖像も若い頃のものだ。
(きっと昔あった戦の頃の姿なんだわ、どの肖像にも銃を持って翼が生えてるんだから)
ならば宰相の肖像もその頃の姿なのであろう。
姫君は最後に祖母の石棺を綺麗に掃除すると、いつも肖像の顔を眺めた。
自分によく似ている。真っ赤な髪、垂れ目でソバカスなところはよく似ていると思う。
眉がキツくあがっていたりへの字口は似なかった。幸いな事に。
意思の強そうな顔立ちであると思う。
「それでは御機嫌よう、お婆様、皆様」
帰る時にはいつも老人の真似をして別れの言葉を告げ、墓所には不似合いなカンヌキを扉から外して立ち去るのであった。