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『敵国王都』下

────────


夕暮れが迫る頃、二人は王都郊外まで辿り着いた。



地上に降りた時、桃色はふらふらと足許が覚束無い状態になっていた。


相当な無理をしたものと見える。


赤毛は肩を貸し、近くにあった納屋へ入った。


藁の山に桃色を寝かせる。桃色は荒い息を吐きながら言った。



「済まねぇ、限界だ…」


「助かッたよ、ほら吸入器使いな」



渡された吸入器を手にして桃色は眉をしかめる。



「ツバくれぇ拭けよ」


「贅沢言うな…休んでな、アタイは行ってくる」



藁を桃色とその銃に被せると、赤毛は納屋を物色し、麻袋で自分の銃を包む。


ついでに自分の上着を脱ぐと他の麻袋を破いて身に纏った。



乞喰の様な格好になり、薄暗くなっていく王都まで歩く。



この国の王都には外周を囲う城壁の類いが無い。赤毛は家々の合間をすり抜け、王宮へ向かう。



(さて、アンタ何処に居るんだい?)



意匠が違っても王宮の造りにさほど変わりは無いだろう。


王宮の城壁まで着いた赤毛は辺りを窺うと翼を使い一気にそれを飛び越えた。



赤い光を誰かが見ただろうか?


物陰に隠れ様子を見る。騒ぎにはなっていない。


赤毛は王宮を見た。


あちこちの窓から灯りが覗いている。



(ん?)



四つほどある尖塔、その一つだけ灯りが点いている。



(アタイ等みたいなヤツなら地下牢だが、王様閉じ込めるなら…テッペンだろうさ)



物陰を伝い、見張りの兵を遣り過ごしながら目指す尖塔の真下まで辿り着く。


そこでうずくまると兵の動きを注視する。


王宮を警護する兵というものは、王宮の外側へ注意が向けられているものだ。


案の定、赤毛の居る尖塔の根元を見る者はいなかった。



頃合いを見計らうと赤い翼は尖塔の窓に向けてぐんぐん上昇した。



窓枠にはまった鉄格子に手を掛けると、赤毛は光の翼を消した。




────────


食事を渡され、扉が閉じられると、若者は卓に食器を置きベッドにまた腰を降ろした。



明日になれば隣国の国王と面会する。


その場で和議の調印がなされるだろう。



(さて、どの様な内容になるものか…)



いくら虜の身ではあっても、あまりの内容であれば拒絶するつもりである。


王権とは血統によるものではあるが、それは民衆に支えられているからこそ、王権たり得る。



民衆の支持を得られない様な和議を結んだとなれば、新しい王が選ばれ、和議は反故。国内の混乱に乗じて他国が参戦、という事もあり得る。



そうなれば、折角有利に事を進められるはずの隣国に旨味が無くなる。


そこは考えているだろう、隣国の王も。



(ある程度の領土割譲、余の身柄拘束を継続…辺りか)



その辺りの要求であれば、王権の簒奪劇は起こらない。しばらくは。


不在中の若者に代わり、この謀叛に係わった貴族どもが政治を行うであろう。隣国に有益な。


民衆の我慢が限界に達するまでそれが続く。



或いはその直前に若者は解放されるかもしれない。尻拭いの為に、責任を執る為に。



(うまい事和議を引き延ばしたいものだな)



「アンタ……アンタ…」



若者が思考の渦から逃れたのは、聞き覚えのある声によるものであった。


見れば鉄格子に手を掛けて窓にへばり着いているソバカス顔。



「そなた…何でこんな処に居る?」



若者は呆気に取られた。


この娘は自国の王宮に居たはずだ。少なくとも若者が王都を出発するまで。


それが何で隣国の王宮に居るのか?王宮違いも甚だしい。



「何でッて?アンタに会いにだよ、行き違いになッただろ?」


「……ここまで来たら『見送り』とは呼べぬぞ?」


「見送りな訳無いだろ!……いい匂いがするね?」



話の途中で赤毛が鼻をヒクヒクと動かす。



「これか?」



若者は食器を手に窓へ近付くと、匙で赤毛の口にシチューを運んだ。



「…なにやら鳥の餌付けの様な」


「へへッ、朝から何も腹に入ッて無くてね…アタイはこの屋根の上にいるからね。機会が来るまで待ッとくれよ」



赤毛は若者からパンを受け取ると、窓から消えた。


若者の口に思わず笑みが浮かんだ。苦笑の様であった。




────────


早朝、藁の山がゴソリと動き出し、中から人が現れた。


桃色である。口に吸入器をくわえたままで眠ったらしい。



「…あ~顎が痛ぇ」



目をしょぼつかせながら起き上がり、身体の凝りをほぐしていく。


ベルトから口糧を取り出してボリボリかじりながら納屋を出た。



朝靄が辺りを覆っている。


桃色は王都の中に潜り込むと、民家の屋根に飛び上がった。



そのまま屋根伝いに進んでいく。



(隊長は王様に会えたかねぇ?)



朝靄を利用して桃色はどんどん進んで行った。




────────


三隻の飛航艦は北への進軍を再開した。



御愛妾様が先行している現状、急ぎ馳せ参じたいところではあったが、強行軍で進んでも兵達の疲労が蓄積したままではろくな活躍が出来ない。


その為、夜間は飛行を取り止め駆動音を最低限に抑えて休む事にしたのであった。



「おはよう、身体の方はどうだね?」


「……心配をおかけしました艦長」



条髪は殊勝に頭を下げた。



「うむ、陛下を想う気持ちがそうさせたのだ。私とてもっと急ぎたいのはやまやまだとも」



艦長はにこりと笑い、すぐに顔を引き締めた。



「さて、急ごうか。今頃御愛妾様は何を仕出かしている事やら…胃が痛くなるな」



艦長は各機関に伝声管で命令を下す。


艦首下部の吸引口が開き、ごうごうと音を立てて大気を吸い込み始めた。


それと共に左右舷側の噴射口が開く。


朝靄を蹴立てる様に『踊り子』を先頭とした三隻の飛航艦が勢いよく前進を始めた。




────────


朝靄は均しくけぶる。


民家の屋根の上も、王宮の尖塔の上も均しくその輪郭をぼかしていた。



その尖塔の上、尖った屋根を仰ぎ見る者がどれだけ居るだろう。



露に湿った麻袋を被ったまま、息を潜めて赤毛は待ち続けていた。



機会が来るのを。





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