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『敵国王都』上


雨雲が切れ、雲間から久し振りに陽の光が差し込む。


その中を三人、チベ族の娘達が数珠繋ぎに翔んでいた。



先頭の条髪だけが翼を大きく広げ、他の二人は翼を出さずに足を掴んでいる。


チベ族の“乗る”という飛び方だ。


飛行にかかる負担の全てを先頭が受け持つ。翼への魔力、大気の抵抗、コース変更などを一手に引き受けるのだ。


先頭が引っ張っている間、後ろの者達は体力・魔力・気力の全てを温存出来る。


先頭が疲れたなら次の者が翼を広げて交代する。先頭だった者は最後尾に移るのだ。


長距離飛行を行う為の、生活の知恵である。



「艦長達に悪ぃ事しちまッた、後で謝らなくッちゃならねェな」


「謝るくれぇならすんなっての……よお狙撃屋!大丈夫なのかよ、アタシ等翼出さなくて?」



条髪はそれに答えない。答える余裕が無い。


本来の“乗り”なら後ろの者も少しだけではあるが翼を出して先頭の負担を軽くするものだ。



しかし条髪はそれを拒絶した。


他の二人に比べて自分は飛行能力が劣っている事を、条髪は充分承知している。


だからこその拒絶である。


急ぐのだ。急ぐのだ。


その為には二人の力を温存するべきだ。



限界が来た時、条髪は後ろに付くつもりは毛頭無い。自分は“乗らない”。


条髪はいつに無く速度を上げる。



狙撃屋と呼ばれるだけあって、彼女はいつも冷静に事を運ぶ。そんな性格もあり、基本的に彼女は高速で翔ぶ事をしない。


息を切らして銃身がブレるのを嫌った。


仲間の兵達が馴れ合って上下の区別を見失うのを嫌った。


だから赤毛が一国の王をつかまえてアイツ呼ばわりするのも好きでは無い。



だが、その国王の危機に全て投げ出してまでその許へ行こうとする。そんな赤毛の事は嫌いでは無かった。



「…………加速する」



恐らくは今後一生出さないであろう速度を出して、条髪は翔んだ。




────────


道程の約半分を過ぎた処で、先頭を行く条髪の翼が徐々に短くなっていく。



「おい狙撃屋!」



すぐ後ろの桃色が声をかけると、条髪は手で合図を送る。


チベ族が飛んでいる時に使うものだ。



『交代』



その合図を受けて桃色が翼を大きく広げる。



その翼を確認すると、条髪は大きく離れて行った。


二人がギョッとした様子で彼女を見る。



『行け』



手の合図はそう言っていた。


どんどんと条髪の姿が小さくなる。視界から外れていく。



(狙撃屋!あのヤロウ無茶しやがって)



副長は更に翼を広げ、ぐんぐんと加速を始めた。


条髪が飛行を得意としていない事を、もちろん桃色は知っている。さして長い付き合いではなくても。



その彼女が道程の半分を稼いだ。そして自分達の足枷にならない様に“乗らなかった”。


狙撃屋らしい、そう桃色は思った。



(格好つけやがって……後は任せろよ狙撃屋!)



桃色の翼は大きく後ろへ伸びていく。後ろの赤毛を包む様に。


そうして赤毛に浮力を与えているのだ。



桃色は最初の頃、正直赤毛の事が妬ましかった。



桃色の髪は赤い髪に成り切れなかった色、普通の白い髪より魔力は強いがそれは中途半端な強さと謂える。


初めて出会った頃、赤い髪の突き抜けた魔力を見せつけられた。



それだけでは無い。


その赤い髪の持ち主は自分の上官であり、国王陛下の想い人、御愛妾様である。



なんともこの世は不公平だ。


しかしそんないじけた思いは、奇襲戦を行ううちに消えてしまった。



赤毛の立てる作戦はどれも兵達が楽に戦える様に、怪我など負わぬ様に考えられていた。


強さを誇るのでは無く、負い目と感じているからこそ、いつも先陣を切っていた。


自分に与えられた立場を利用して、兵達の装備・待遇を整えていた。



桃色は加速していた。


自分の役割は条髪の続き。隊長を隣国王都まで届ける事。



副長は真っ直ぐに北を目指した。




────────


条髪はとぼとぼと歩いていた。



陽は西へ傾き、久し振りに空を赤く染めている。



(…何処まで進めたかしら)



重い狙撃銃を肩に担ぎ、街道を歩く。


自分の右手に長い長い影が伸びる。影が条髪と共に歩いていく。



グオォ…ン


グオォ…ン



規則的な駆動音が後方から聴こえて来た。


条髪が後ろを振り向くと彼方の空に飛航艦が隊を組んで進んでくるのが見えた。



その数、三隻。



条髪は立ち止まり、飛航艦が接近するのを待つ。


先頭は『踊り子』である。その特徴的な姿は遠方から既に条髪の瞳に映っていた。



接近したのを見計らい、光の翼を広げて甲板へと向かう。



(…良かった、少しでも魔力が戻っていて)



艦橋から既に彼女の事を発見していたのであろう、彼女がいつも組んでいる翔挺兵の娘が艦橋へ出迎えに出ていた。



「姐さん!御無事で!」


「……ありがとう」



この娘の口調は治らなかったわね。疲れた頭にそんな他愛の無い事が浮かんだ。



「こんの馬鹿たれがあ!」



怒鳴り声に驚くと、間髪入れずに吸入器が条髪の口へ押し込まれた。


老技師である。何かあるかもしれないと乗り込んでいたのだ。多分にそれは赤毛の事を心配しての建前であったが。



「お前が隊長に釣られてどぉする!…おい!この馬鹿娘を船室に放り込んどけ!」


「………ありがとう、親方さん」



吸入器を一旦外して条髪は礼を言った。


きっとこの老技師が艦長を説得してくれたに違い無い。艦長にしてみれば、こんな無茶をしなくとも、と思ったはずだ。


わざわざ甲板まで吸入器をくわえさせに来た。それが証拠だと条髪は思った。



「まったく、お前等そんなに死に急ぐんじゃ無ぇ。儂より先に死にたがるんじゃ無ぇよ、この馬鹿娘どもが」



ぶつぶつと言いながら老技師は戻って行った。




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