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『進軍』下

────────



「艦浮上!進路を北に採れ」



艦長の命令を請けた『踊り子』が、重々しい振動音を響かせる。


『古いヤツ』と『揚空艦』もそれぞれの艦長の許、浮上を開始した。



「急げよ、御愛妾様が焦れてらっしゃるからな」



艦長は苦笑しながら言った。


何しろ御愛妾様は陛下が隣国王都に入る前に奪還を御希望されていた。



…が、さすがに無理がある。



時間をどう計算しても向こうの馬車が入城する方が早い、ならば入念に準備をして乗り込むべきとなったのである。




────────



「モゴ……ぶはっ、もっと速く動けねェのかよ!」


「口から外すんじゃねぇよ!爺さんが云ってたろ!」



何かにつけて口から吸入器を外して騒ぐ隊長を副長が怒鳴りつける。


艦橋では邪魔になると思い、桃色は条髪と三人で甲板の出入口でたむろしていた。



端から見れば何ともおかしな図である。三人とも本国では民衆から英雄扱いされる連中、それが飛航艦の空きスペースで井戸端会議よろしくたむろしているのだから。



その内一人は騒ぐのを止めると小さな舷窓にソバカス顔をへばりつかせて前方を睨んだ。


口にはめた吸入器から呼吸音が荒々しく聴こえてくる。少しでも早く魔力を回復するつもりなのだろう。



「ったく、隊長がまさかここまで手前ぇのオトコに執着するとは思わなかったぜ」


「………そういう問題だけじゃ無いでしょ?」



条髪は情況を把握していた。


国王が自国の貴族によって拉致され、隣国に連れ去られたのである。


裏切った貴族どもが何を考えての事かは知らないが、これは国の存亡にかかわる事。


隣国の王は人質を使って領土を割譲させ放題だ。



(裏切った貴族達、自分は安泰だと思ってるのかしら?)



どの様な密約があったとしても、裏切りを犯した者を重用する間抜けはおるまい。


仮に王宮を占拠した貴族が、他の貴族を更に裏切って王位を簒奪すれば、若者の人質としての価値は無くなる。


国を残すには一番手っ取り早い方法ではあるが、それをすれば民衆がついてこないだろう。



自分達チベ族を、多少なりとも受け入れてくれる様になった国が滅ぶのは避けたい。


国王を救出する。それが最善だと条髪は思った。




────────



「将軍、あれは…?」


「ふぅむ?御愛妾様の艦隊だな、こんな嵐に一体何処へ?」



軍港から北、陥落した要塞。


老将軍と側近は土砂降りの雨の中を進む飛航艦の群を見上げた。



将軍と御愛妾様とで陥落させたこの要塞は、そのまま防衛陣地として活用されていた。


隣国との和議では、この辺りまでを割譲させると聞いている。


割譲が成ったならば、老将軍は軽飛航艦を配備させるつもりでいる。既に手配も済ませていた。



老将軍と側近はかなりの速度で通過していく飛航艦の後ろ姿を見送った。



(……まさかな、いくらなんでも)



老将軍の頭に、御愛妾様の一言が浮かび上がる。




『将軍?何故軍本部は飛航艦で敵国の王都を攻めないのでしょう?』




あの方角、飛航艦の群が目指す方角はまさに敵国王都の方角である。



(いや…まさかな)



将軍は首を振って思い浮かんだ事を打ち消した。




────────


四日続いた雨は五日目の早朝ようやく晴れた。


それまでの遅れを取り戻す為、護送車はかなりの速度で進んでいる。それは車内に独り監禁されている若者にも振動の強さで感じられた。


ギシギシと軋み、ゴトゴトと響く護送車の音に、カポカポと馬の蹄の音が加わったのは昼を過ぎた頃であった。


護送車が石畳の街路に入った事を、蹄の音が教える。



(王都に着いた様だな)



蹄の音と振動が減った事を感じて、若者はそう推測した。



やがて護送車が止まった。外で数人の声が聴こえる。


どうやら目的地に着いた様である。



「お疲れ様でしたな。さ、お降り下さい」



扉から外に出ると、初めて見る城の前に立っていた。


隣国の王宮である。



「部屋へ御案内します。お疲れでしょうから今夜はごゆるりとおくつろぎ下さい」



城の侍従らしき者に促され、着いたのは塔の上。



幽閉用の部屋であった。




────────


赤毛が軍港に飛び込んで来てから五日目、軍港を艦隊が出立して二日目の早朝、雨は小降りになり晴れ間が見えた。



「あとどのくらいだい?」



赤毛が伝声管を使って艦長へ尋ねる。



「そうですな、一日半、兵達の休養を考えて二日でしょう」



伝声管から少しくぐもった艦長の声が答えた。



(二日…一日遅ェ)



これ以上の速度が出せない事も、兵達に休みを与えなければならない事も頭の中では理解している。



しかし、もどかしい。


赤毛は吸入器をまたくわえ、部屋の中をウロウロと歩く。


士官用とは云え、飛航艦の艦内だ。しかも桃色と条髪と三人で一部屋である。



「うっとうしぃねぇ、檻ん中の熊かよ」


「………気持ちは解るけどね」



二人ともそれきり黙った。


それはウロウロと歩く赤毛の目が、何かを考えている様だったからである。



唐突に赤毛は足を止めた。



「よし決めた」



言うなり部屋の扉を開けて出て行こうとする。



「決めたって何を?」


「アタイは先行する。後からついて来な」


「はあ!?」



桃色と条髪は揃ってベッドから飛び起きると赤毛の後を追う。



甲板の出入口で二人が追い付くと、赤毛はラックに架けてある回転式魔導銃を腰の支持ベルトにはめているところだった。



「何だって行きやがる?全員で突っ込みゃいいだろうが」


「うちの連中のほとんどがアイツの顔を知らねェだろ?間違って撃たれちゃかなわねェ」



確かに、国王と間近に接する機会のある者など兵卒には居ない。遠くから見掛ける程度だ。



「だからって一人で行ってどうすんだよ!?」


「しゃあねェだろ!後は任した」


「………勝手に任せないでよ、ほら副長行くわよ」



狙撃屋はそう言うと自分の狙撃銃を取り、赤毛より先に甲板に出た。



「…ほら、“乗っけて”あげる」


「なるほどな!隊長、艦長に言っとけ。三人で斥候に出るってな」


「アンタ等………助かるよ」



条髪の足を桃色が掴み、更に桃色の足を赤毛が掴んだ。



条髪が目一杯翼を広げ、二人を“乗せて”甲板を飛び立ったのは、昼前の事であった。





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