『謀叛』下
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舷窓から隣国の大陸が見えてきた。
若者は立ち上がると艦橋へ向かう。
「陛下、じきに港へ到着します」
「御苦労だった」
艦橋には艦長や乗員の他、国王に付き添ってきた貴族の姿があった。
艦橋から見える景色は飛航艦が幾つも並んだ港のものである。
「到着後、港に馬車を待機させております。王都までまず四日というところでしょうか」
「結構だ……おや?」
若者は違和感を覚えた。
確かこの艦は占拠した軍港に向かったのである。
ならば当然、港に係留されているのは自国の飛航艦であるはず。
「あそこに係留されているのはどれも我国の飛航艦では無い…」
艦の意匠が違う。
あの造りは隣国のもの…
「気がつかれましたか陛下、目敏いですな」
若者の周囲を乗員が取り囲む。国王であるその首に刃が突きつけられた。
「……どういう事かな?」
「いささかやり過ぎましたな、あの女。お陰で面倒な事になりまして」
『あの女』
あぁ、なるほど。
若者は合点した。この艦橋にいる者全て、隣国と通じているという事に。
「それで?どうするのか?」
「なに、予定通り和議を結んで頂きますとも。ただし内容は予定と違います。お解りでしょうな?」
付き添いの貴族はにこやかに言った。
「一つ訊く。余の王宮は?」
「…私どもと心を一つとする者が」
参ったな。若者は溜め息をついた。
これでは自分の首が胴体から離れる日も近そうだ。
そうなれば国中で内乱が起こるだろう。誰が玉座に座るかの椅子取りゲームだ。
ふと赤毛の事を思った。
おかしな事に巻き込んでしまったと若者は胸の奥で謝っていた。
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勢いよく飛び出した赤い翼は一路港へと向かう。
「…ッ!こッちもかよ!?」
港には重飛航艦が二隻、横腹を王宮へ向けて浮いていた。
赤毛達が乗ってきた補給艇は兵達に囲まれている。補給艇の乗員達が連行されて行くところであった。
地上にいる兵ども、謀叛を起こした貴族の私兵が赤毛を指差して騒いでいる。
その頭上を一気に抜けた。海上へ飛び出す。
ドォン!
ドォン!
ドォン!
重飛航艦の一隻が赤毛目掛け魔導砲を撃ち出す。
赤い翼が海面すれすれを滑る様に翔る。
その真後ろに白い波飛沫が壁の様に立ち上がる。
魔導砲の砲弾が波しぶきにぶつかり或いは弾かれ或いは爆発を起こす。
砲撃による水柱が次々と跳ね上がり、その飛沫がおさまった時、赤い光は彼方へと消えていった。
(糞ッ!大陸までもつか!?)
いくらチベ族とはいえ、単独で大陸間を飛行するのは無謀である。
しかし赤毛は七島を経由せず、自分の部隊が待つ南側軍港へ進路を採った。
背中の赤い光は普段の倍にも伸びて後ろへ流れていく。
同様に両の足首からも赤い翼が伸びる。
信じられない速度を出して赤毛は翔んだ。濃い霧を切り裂き、波しぶきが後ろに続く。
大気が壁となり頭を打ち付けてくる。あまりの圧力に気が遠くなりそうになるのを歯を喰い縛り、唇を噛み締めて堪える。
(まだかよ!?まだ着かねェか!?)
先の見透せない暗い霧の中を赤い光が一直線に突き進む。
焦る心が更に加速を促した。
もはや赤毛の頭には後先など考える余裕など無かった。
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朝からの濃霧は夕方を過ぎて雨に変わっていた。
「今頃隊長は美味いメシでも喰ってんのかねぇ?」
「………なに?また晩餐会に招待されたい訳?」
「いやぁ、そいつは勘弁だ」
営舎の窓から外の様子を桃色が覗き込む。
真っ暗な分厚い雲からとめどなく大粒の雨が落ちてくる。
「こいつぁ嵐になりそうだな」
「……………寒いわね、暖炉の火を強くするわ」
条髪が薪を暖炉に放り込み、火掻き棒で炎を調節する。暖炉からのやわらかい光が少しだけ強くなった。
「……ん?んん?」
副長が訝しげな声を上げた。その目はまだ窓の外に向けられていた。
「……………なに?」
「…おい狙撃屋、ちょっと見てみろ。あっちの方角。何だと思う?」
副長の指差す方角に狙撃屋が目を向ける。
紅白の光輪を広げ、探すべきものを見付けた。
「………え?うそ」
条髪は自分が見たものが信じられなかった。
光輪を筒にしてそれを視認する。
「…隊長!?」
「はあ!?嘘だろ、何でいるんだよ!?」
条髪の言葉に驚いた桃色だったが、夜目に輝く光の色は…
…赤だ。
「あ、アイツなに考えてんだ!?」
「…まさか本国から?」
無茶苦茶だ。
赤い翼は無茶苦茶な速度で軍港目指し突っ込んで来る。
あれでは営舎か地面か、どちらにしても激突する。
「あの馬鹿野郎!」
桃色は叫ぶなり営舎の出口まで走った。条髪が後に続く。
階段を駆け降り扉を開けた瞬間。
二人の目の前に巨大な赤い光が大きく広がった。
今までの速度を一気に殺し、ほとんど静止する…
…が、それは一瞬の事。
闇夜に激しく輝いていた赤い翼が、ふっ…と蝋燭の灯の様に消えた。
泥濘の中へ頭から落ち、二転三転と転がった後、赤毛の体は止まった。
「おい!隊長!しっかりしやがれ」
「…まずは中に入れましょう」
気を失った赤毛を二人が肩を抱えて営舎の中へと運んでいく。
雨は嵐になった。