『営庭と王宮』上
数ヶ月後の事である。
軍の営庭に訓練をする一団が見えた。
レキ族なら皆頭髪が茶~金である。が、その一団は数人を除きそのほとんどが白い髪をしていた。
チベ族特有の髪である。
「遅い!もっと速く!地面を舐める様に飛べ!」
「狙いが甘い!いいか、銃身は定規だと思え。貴様の目と向こうの的、それを繋ぐ一本の線に定規を充てる。そうすれば弾は当たる。やってみろ!」
訓練を施す教官は、レキ族の下士官だ。浅黒い肌が少々珍しいといえるが年恰好、身のこなしぶりから軍歴が長い事を感じさせる。
対するにチベ族達はどうひいき目に見ても素人臭さを感じさせる。
「どうだい、先任さん?使い物になりそうかい?」
先任と呼ばれた訓練教官は現れた赤い髪の小娘に、しっかりとした敬礼を行う。
「はっ!隊長殿。まだまだ素人ですが数人見込みのあるヤツは居ります」
「堅ッ苦しい喋りはよしとくれ、アタイだって素人だよ」
それから暫く二人は並んで訓練を監督した。
「…あのピンク。それから赤い条が入ってるヤツ」
「お分かりですか隊長殿。あの二人は優秀です…癖が強いですが」
「癖ならアタイほどじゃないさ…貰おう。他二~三人はアンタが見繕っておくれ」
「はっ!後の者は他部署へ回します」
「他部署?」
「『翔挺兵』という兵科が新設されまして。『飛翔兵』と協同して運用されるそうです」
飛翔兵はレキ族で構成されている。
飛翔艇という小型の飛航艇に単独で乗り込み、空を飛ぶものだ。
翔挺兵はこれに対し、チベ族の女性のみで構成され、魔力の翼で飛ぶ。
母艦である飛航艦より空中に身を挺して翔ぶ、その姿から名付けられたものと思われる。
「…軍のお偉いさん方の考えは解らないけど、翔挺兵、ね。魔女兵ッて呼ばれないだけましッて感じかねェ」
「魔女兵では戦意高揚に繋がらんからでありましょう、隊長殿」
「お互いにね?」
後日、赤毛と先任の選んだ四名の“魔女”が営庭に残った。
「楽にしろ…まぁ面倒な挨拶は抜き。どうせ愚連隊の類いさアタイ等は。アタイと先任でアンタ等を選んだ。アタイに敬意は要らねェ…ただし先任には敬意を払え、以上だ」
「よぉ隊長殿?訊きたいんだがよ。なんでうちらがこんな真似しなくちゃいけないんだ?」
声を出したのは桃色の髪の娘だ。
赤毛よりは一つ二つ年上か。
小柄なチベ族にしてはやや背が高い、レキ族ほどでは無いが。
「アタシ等が何でレキ族のいざこざに首突っ込まなけりゃなんないのさ?」
「『レキ族の』じゃなくッて『この国の』いざこざだよ、ピンク色。アタイ等も困ッた事になんのさ」
隊長となった小娘は赤い頭をガリガリと掻いた。
「…この国が負けりゃあアタイ等チベ族の扱いはもっと酷くなる。反対に勝ッた時、アタイ等が一枚噛んでりゃあマシになんのさ。その為だよ」
「勝算があんのかよ?」
「…その『勝算』にアタイ等がなろうッてんだ。いいんだよ?今より酷くなッても構わないッてんなら抜けとくれ」
「………チッ」
桃色の娘が舌打ちすると同時に、他の面々も肩を落としたり溜め息をついたりする。
なんとなく気付いていた事ではあったが、面と向かって口にされれば気の滅入る話である。
状況的に一択でしか無い。
隊長の言った通り、負ければチベ族の命運は終わる。隣国にもチベ族は居たが、今はいない。
また、勝ったとしても、これから始まるはずの戦に自分達が活躍してみせねば、チベ族の扱いは変わらない。
むしろ悪くなる。
何故ならば飛航艇の発達がチベ族を締め付けていくからだ。
現に飛翔兵の使う飛翔艇はごく最近開発された一人乗りの戦闘艇、今までの飛航艦とは異なり速度が出る。
ここで戦功を立てなければ、飛翔艇が進化した後の時代チベ族がどうなるか想像に難く無い。
飛翔艇がまだチベ族の能力に追い付いていない今だからこそ、『翔挺兵』の意味があった。
部隊集合を解散し、先任と二人になった赤毛は苦虫を噛み締める。
「無茶な話だよ、アタイも含めて素人の集まりなんだから」
「なかなかに厳しい話ではあります…ところで隊長殿、飛翔兵の選定を済ませました。自分の馴染みどもですがよろしくありますか?」
「任せる。飛翔艇のアテはあるのかい?」
「はっ!爆装型を申請しました」
隊長は任せると言い残し、営舎にあてがわれた自室へ戻った。
自室に置いてあった考課表を眺める。
「先任さんも読めないッて云ッてたな…」
椅子に座りながら考課表をいくら眺めていても、文字が読める訳では無い。
文字はレキ族の商人・高官・貴族どものものだ。軍の士官は基本これらの子弟がなるものだから不自由は無いが、チベ族の小娘では一文字も読めない。
「…ッたく。王様も変なところで抜けてやがる、読めるヤツを融通してもらわにゃ……気が進まねェが頼みに行くか」
溜め息をついて営舎を出ると、夕刻の空へ赤く輝く翼を広げて一気に翔び立った。
────────
「糞ッ、馬鹿馬鹿しい!」
娘は半ば無理矢理に着せられたドレスの裾を握り締めた。
恐らくチベ族が一生掛かっても購えない高価な布地に皺がよる。
晩餐会の場であった。
この様な場に立てるなら、街の娘であれば望外の悦びだろう。きらびやかなシャンデリアに照らされた会場には貴見の姿が見られる。
緩やかな楽の音に豪勢な料理の数々。立食式の卓のあちこちに紳士淑女の群れが散見される。
しかしながら、化粧をべっとりと塗りたくられ、ソバカスを消された赤毛の顔を見ると、元々のへの字口が盛大にひん曲がっていた。
「丁度良い処に来た。つき合え、貴様の御披露目をしよう」
一刻前、王宮に降り立った赤毛の話をろくに聞かず、国王と呼ばれる若者は微笑みながらそう言った。
次いで侍女達がまたも娘を風呂に放り込み、衣装合わせに入念な化粧と…気が付けばこの場に立たされている。
ソバカス隠しの濃い化粧のせいで傍目には判らないが、娘は髪の色と同じくらいに顔を赤くしていた。
勿論、羞じらいとか高揚といったものでは無い。いや、ある意味興奮はしているのだが、娘の首から上は火にかけたヤカンの如く湯気の出そうな案配であった。
「そう怒るな、美人が台無しだぞ?」
「…ふッざけてんじゃ無ェよ」
何故に自分がこの場に立っているのか?
どうしてこの王冠付きの若者が自分を美人だなどと評しているのか?
もはや赤毛の理解の範疇を超えている。
「陛下には真に御機嫌麗しゅう…おぉ!見目麗しい御愛妾様、お初に御目にかかります」
見目麗しい!?
…誰の話だ!?
次々と挨拶に参る貴人達に、なんとか微笑みに似たものを浮かべる。
(コイツ等目が腐ってるんじゃ無ェのか?)
と、思わずにはおれなかった。
「さて、皆の者。今宵はゆるりと楽しんで貰おう。余はちと所用があるので失礼する…では参ろうか」
若き国王が『御愛妾様』の手を引いてその場を退出したのは、夜も深くなった頃であった。