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『要塞』上


老将軍の運び込んだ砲車は要塞を半円に近い形で包囲していた。



進軍四日目の事である。


しかし、未だ砲車からも敵要塞側からも砲声は響いていない。


将軍は有効射程ぎりぎりの位置に砲車を並べ、敵の砲撃を誘っているのである。


一発でも要塞側から砲撃があれば、そこから先は地獄の釜が口を開いているという事である。


無論、要塞側が有効射程ぎりぎりの範囲で砲撃は起こすまいと、老将軍はみている。


最大効果が発揮される位置を狙うはずだ、こちらが移動に難がある事を向こうは知っている。


近寄らせてから撃ち、退却する背中へ更に撃つ。それを狙うはずだ。



砲車の後ろには野営用の幕舎テントが設えてあり、銃兵達を待機させてある。



「今頃は敵も焦れておりましょうな」


「我慢比べか。年寄りには堪えるよ」



(せめて雨季でなければ…)



老将軍はそう思わずにいられなかった。


雨季ではなく、足場のしっかりした状態ならば突撃を敢行するのも吝かでは無い。


一気に砲車を押し上げて砲撃を加え、要塞の砲座を潰す。要塞がこちらの砲車に気を取られているうちに銃兵の大部隊を突撃させるのだ。


扉をこじ開ければこちらのもの、要塞は内側に入る事が出来れば脆い。



「ここは茶でも飲んで落ち着かれるのが吉です、将軍」


「そうだな、兵達も今頃体を暖める為に飲んでおるだろう」



側近自ら煎れた茶をありがたく受け取り、将軍が口を付けた時、伝令が幕舎に飛び込んで来た。



「伝令!報告します!後方より飛航艦二隻、接近中!」


「どういう事だ?敵か?」


「まぁ待て。伝令兵、息が上がっておるな?呼吸を整えるように」



息を切らしていた伝令兵が続けようとしたところに将軍が言った。


喩え急ぎであっても息を整えてから報告をせねば二度手間になるものである。


若い兵にはそれを覚えさせねばな、と将軍は思った。



息を整えた伝令兵は口を開いた。



「接近中の艦は『御愛妾様』のものと思われます!」




────────


その姿は要塞からも確認する事が出来た。


空にのし掛かる厚い雨雲のすぐ下に、二隻の軽飛航艦が遠くに見える。



「何を考えておるのだ奴等は?」



呆れまじりの疑問が出るのも当然であった。


飛航艦は元が帆船、即ち海のものであると当時はその様に考えられていたからである。


無論大陸の上空を飛べない訳では無い。しかしながらその構造上、海面に着水し航行する事を前提として船底がある。


その船底を晒さない為に戦闘時は着水もしくは極低空に位置取りを行うのは当然の帰結と謂えよう。


これは艦が中破・大破した際の乗員生存率にも係わる。



あの様に高高度で戦場に乱入し、もしも墜落などすれば乗員は全て助かるまい。


要塞側にとって『何を考えているのか』と思うのも無理は無かった。



「砲兵長より伝令!敵飛航艦の高度、我が砲の射角を外れおり!射角調整を必要とするや?」


「射角調整だと?」


「いかんな、地上への砲撃範囲が狭まる」


「高高度からの艦砲などションベン弾だ、精密には狙えまい。砲兵長へ伝令!各砲座は陸上戦に備えよ」



艦砲は普通船舷、即ち艦の横腹に並べられているものだ。水平角よりやや上方へ撃ち出す。


あんな高みから撃ち出しては目標を精密には狙えない。


敵は飛航艦でこちらの目をくらまし、混乱に乗じて銃兵突撃を敢行する腹づもりであろうと、要塞司令は見てとった。




────────



「あの『御愛妾様』は何をする気なのだろうな?」



老将軍は呟いた。


こちら側でも『飛航艦は海のもの』という予断がある。


きっと何かとんでも無い事をするつもりなのだ、それを確信してか将軍の目は笑っていた。



「…あれは発光信号ですな」


「読めるかね?」


「『我、要塞に砲撃敢行す。砲座破壊後に突撃されたし』……狙えるものですか?」



やがて二隻の飛航艦が頭上を通過していく。


その時将軍は見た。


船底から魔導砲が下方へ向けて突き出しているのを。



「船底が……武装化されているだと!?」



側近の呆れた様な声に老将軍は腹を抱えて笑った。



「これは面白い!伝令!即座に突撃態勢を整えろと伝えよ!『御愛妾様』が露払いをしてくれるそうだ!」




────────



「おい副長…ピンク色!アタイ等の出番がある訳じゃ無ェんだから、うろうろしなさんなッて」


「アタシ等の出番が無くったって落ち着いていられねぇだろ」



『踊り子』と『古いヤツ』は高高度のまま並走し、眼下に要塞を捉えた。



「よし、下方砲座、砲撃開始。目標要塞周囲にある各砲座。撃ち方始め!」



艦長の命令を承け、艦首やや後方の船底から伸びた下方砲座が火を噴いた。


数としては二門と少なくはあったが、何しろ要塞側は対空砲撃などした事が無い。


無理矢理こちらに撃ってくる砲座もあったが、目測が合わずまるで届かないのだ、艦の砲兵達は余裕を持って砲を撃つ。


『踊り子』に併せて『古いヤツ』も魔導砲の火を噴いた。



「ははっ!的当てだなこりゃ!」



魔導砲の弾速に重力の力が加わり、要塞側の砲座を一つ一つ潰していく。


虱潰しだ。



山腹のあちらこちらで連続した爆発が起こる。


こちらが撃った爆裂弾に、地上の砲座の弾が纏めて誘爆するのである。砲座そのものに当たらなくても派手に爆炎が上がる。



「しッかし……普通考えないもんかねェ?砲車を地べた歩いて運ぶよか飛んだ方が速いだろうに」


「それは『船』ですからな、飛航艦は。御愛妾様の様には考えませんよ」



苦笑する艦長の顔を見て、赤毛は首を捻った。艦長の云っている事がイマイチ呑み込めていない様だった。





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