『雨季』下
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条髪は部下の翔挺兵と二人、台車に載せた砲弾を運んでいた。
砦のある本島から外縁部の島に据えられた塹壕への補給である。
一応、本島と連絡された吊り橋があり、塹壕に入る銃兵が使用してはいるが、魔導砲の砲弾は翔挺兵が運ぶ事になっている。
吊り橋の袂まで着くと台車に積んだ箱を抱えてふわりと飛び立つ。揺れる吊り橋を渡るより楽だ。
銃兵達に挨拶を交わし、荷物を置いた後、二人で海を眺めた。
「次はどうなりますかねぇ?」
翔挺兵が訊いた。独り言であったかもしれない。
この翔挺兵は条髪とよく組む相手であった。
特にこれといった特徴のある顔立ちでは無い。
翼の飛翔能力も並であるし、銃の扱いなどもやはり並である。
ただし、視覚・聴覚などを強化する能力に長けており、条髪が狙撃用の長物を使う際に周囲警戒や獲物の発見などで助けている。
「もう終わりませんかね?戦」
「………それは隣国次第、かしら」
彼女は厭戦的な気分に陥っている様だと条髪は思った。
同僚が居なくなったのだから仕方の無い事ではある。
これから戦が続けば櫛の歯が欠ける様に、ある日同僚が消えていくだろう。
それは避けられない話だ。
これから先は隣国もこちらの様な戦いを仕掛けてくる。今までの戦い方を自分達が無視したのだから、あちらも同じ事をするのだ。
つまり戦死する同僚は増えていく。
「……………除隊する?」
翔挺兵は伸びをすると微笑んだ。
「まさか。ここまできたら最後まで見届けなくちゃ。皆もそう思ってますよ」
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王都では連日舞踏会や晩餐会などの食事会が開催されていた。
赤毛はその全てに出席していた訳では無い。
だいたいからして戦は終わっていないのだ。
にも拘わらず辺りには戦勝ムードが漂っている。呆れたものだと彼女は思う。
初日のパレードはまだ解る。
あれは夜間強襲で『大戦果をあげた』凱旋であった。
群衆に手を振りながら彼女は、部下達は無駄死にでは無かったと感じた。
群衆達の笑顔は国王陛下と御愛妾様に向けられてはいる。しかし戦死した兵達がその笑顔を作ったのだ。
今、彼女は舞踏会の片隅で淑女の群に囲まれていた。
ドレス姿では無い。
毎度の様に化粧でソバカスは消されていたが、今夜の彼女は軍装に身を包んだ凛々しい姿である。
なるほど淑女の群に囲まれる訳である。同性が陛下の寵愛を受けながらも誰はばからぬ勲功一番の働きを見せているのだから。
反対に会場にいる紳士達は遠巻きにして近寄らない。
時おりチラリとこちらをうかがっているのが感じられた。
(珍獣扱いだなこりゃ)
愛想よく微笑みを浮かべながら赤毛は思った。
「ここに居たか…あぁ皆の者、ちと用があるのでな」
いい加減辟易としていたところに助け船を出したのは彼女の情夫──国王陛下──である。
さっさと淑女の群から連れ出して控えの間へと会場を後にする。
こういったところ、若いせいか国王としては腰が軽い。
「助かッたよ……でもいいのかねェ、アタイ等が抜けちまッても」
「なに、休憩だ」
控えの間に設えた椅子に、二人してどっかりと腰を下ろす。
端から見れば色々と台無しな格好だ。威厳とか優雅さとか。
「まだ終わッた訳でも無いのにお祭り騒ぎッてのは、どうなんだろうねェ?」
「国威の啓発とか士気を高めるとか、まぁそんなものだ。『もう少しだから頑張りましょう』といったところだな」
「……アイツ等、別に元から頑張ッちゃいないだろ、変なところだよ王宮ッてのは」
若者はカラカラと笑った。
釣られて赤毛も笑う。二人して少しの間笑った後、赤毛が切り出した。
「んで?用事ッてのはなんだい?まさかあそこから連れ出す口実じゃ無ェんだろ」
「話が早くて結構だ。実は増員を考えておる」
「ふぅん?」
「そなたの落とした軍港、そこを占領し足場として隣国本土を攻める。敵の喉元に刃を突き付けるのだ」
あの南側の軍港は元々利用価値が低く、強襲後の再建の目処が立っていないらしい。
隣国に乗り込んで拠点──防衛拠点ではなく攻撃拠点──を作る、という訳である。
ここを手に入れれば勝敗は決まると云ってよい。
それだけに隣国からの必死の抵抗を受け、激戦が予想出来る。
「……桃色じゃ無ェが『死ねる』ッてヤツだね」
赤毛はそう言った。
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七島防衛陣地への帰りの便は小雨がパラつく中に停泊していた。
緒戦より約七ヶ月近く。季節は雨季に差し掛かっている。この雨はその先触れであった。
「雨季が始まりますね、御愛妾様」
タラ族の小姓が空を見上げて眉をしかめる。
宦官の彼には傷が痛む時期だ。痛み止めの薬を人足を使って山の様に積め込ませる。部下の子供達と併せて三人分だから結構な量であった。
この地方、本国大陸から隣国大陸までを覆う雨季はこれから半年近く続く。
小雨がパラつく程度、たまに雲間から陽の差す日もあれば、数日嵐が続く事も珍しく無い。
全体的に気温が下がる為、帰りの便には防寒具や暖房器具などを積めるだけ積んでいた。
これらの物資は『御愛妾様』への支度金──愛妾としての給料──で賄われている。
要は貴族と同じく自弁である。
ドレスなぞ買うよりこちらに銭を掛けた方がいい。赤毛はそう思って色々買い込んでいた。
「ギュウギュウ詰めで悪ぃね?まだあるからもう一度往復しとくれ」
「なんの、なんの。ありがたい事です、やはり女性は気配りが出来ますな」
「いんや、手前ェだけぬくぬくしてたら恨まれるからさ」
小雨の中を補給艇は浮き上がった。
眼下に広がる海は波が高くなっている。
この波の高さ荒さは季節が変わってきた証拠であった。
(これから寒くなるッてのに敵さんの懐に潜り込めッてか…)
これから嫌な戦いが続くな、と赤毛は思った。
敵も味方もずぶ濡れになり泥まみれになりながら、かじかむ手で銃を取らねばならないのだ。
それも敵の領土を切り取っての事である。
激戦となる事が予想された。