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『雨季』上



「やってられん!」



隣国の国王は憤慨していた。



「貴公等の口車に乗ったお陰で大損だ、いったいどれだけの艦を失った事か」



話の相手は敵国の貴族、その使者である。


だいたい軍も軍だ、二十隻も飛航艦を集めるなら浮遊島の砦なんぞを相手にせず、直接敵国の王宮に向かい即位したばかりの若造に砲を突き付けてやれば戦は終わったものを。


国王はその様に考えたが、軍本部に檄を飛ばし『御愛妾様』なる人物を倒せと命じたのは国王であるし、立案された作戦を承認したのもまたこの人である。



「陛下、情勢を逆転させる妙案を我が主より言付かっております」


「妙案とな?この情勢を覆せると申すか?」



情況は極めて不利、もはや降参すべきところまで来ている。


それを逆転出来ると使者は言った。


普通に考えれば馬鹿げた事だ、初戦からこちら試算していた損害の倍にはなっているのだ。


しかし、隣国国王は身を乗り出した。


喩え上手くいかなくても、有利に収拾出来るならと期待したのである。


使者はそんな国王に耳打ちをする。



「いや!しかしそれは!?」



使者の話は衝撃的であったらしい、隣国国王の顔色が変わった。



「事が成功致しましたら、我が主の領地を賠償という形で接収して頂きたく。無論我が主ごと、でございますが」



つまり使者の主たる貴族は領地ごと隣国に鞍替えするつもりなのである。


国王は喉を鳴らした。元々はわずかばかりの領土を手に入れたいが為の戦、それがゴッソリと手に入る機会である。



「………余の方で兵は出せぬぞ?」


「御意に御座います」



それから暫く二人の密談は続いた。




────────


凱旋の行進は賑やかなものであった。


それはそうだろう、軍港をまるまる一つ潰したのだから。


おまけに撃沈十隻、前代未聞である。



群衆は沸きに沸いた。


もはや戦の勝敗は決したも同然である。



「おぉ!あれが『御愛妾様』か!?」


「なんとも凛々しいお姿じゃ!」


「チベ族で赤毛は珍しいのう」


「おぉ、おぉ、見ろ!陛下との仲睦まじい事!これでこの国も安泰じゃ!」




────────



「『仲睦まじい事』だとよ?クサイ芝居をしちまッたかねェ」


「充分睦まじかろう?仲違いしている訳で無し」



王宮の執務室。王冠付きの若者とソバカス娘が身体を休めていた。


朝から立て続けに催事である。二人して食事の暇も無い。


特に凱旋パレードでは同じ馬車に乗り、二人寄り添って手を振るなどしていた為、群衆は仲睦まじさを感じたのであろう。



「失礼します御愛妾様、軽い食事など御持ちしました」


「あぁ丁度良い、腹減ッてたんだよ小僧ッ子」



タラの小姓はすぐに執務室を退去した。そういったところはさすがに気が利く。



「美味そうだ、少し貰っても良いか?」


「アンタの分も作ッてきてるさ……おッと、毒味がいるかい?」



おどけて言う赤毛の言葉に若者は笑った。



「そなたの従者だ、心配は無かろう」


「『そなた』だッて?いつもは『貴様』だろ?」


「勝ち戦の立役者だ、その程度の礼節は必要だろう」



仲睦まじいと謂えるのかあやしい会話である。元の出会いが出会いなだけに、お互い牽制する部分があるらしい。


軽食をつまみながら若者は言った。



「実際驚いた。ここまで軍才に優れているとはな」


「軍才ねェ?アタイ等はただ……無駄死にしたくなかッただけさ」


「それが軍才というものだ」



貴族達が重飛航艦を自弁し、損害が軽微なうちに退くのも、思えば無駄死にをしない為である。


彼等には護るべき領民がおり、経営すべき領地がある。無駄に死ぬ訳にはいかない。



ところが赤毛はその逆をいき、敵を倒す事が自分達の命を救う道と考えた。


貴族と平民の思考、その土台の違いから生まれる方法論の違いである。



「しかし……そなたのせいで今後は戦のあり方が変わるな」



若者は言う。


貴族的な思考に引きずられ、今までは軍本部も一騎討ちを至高のものと考えていたが、これからは敵の弱き部分を突く戦いになるだろう。


それは軍本部へ予算を多く割く事となる。自らの弱点を減らし敵の弱点を確実に突く力を国軍は持たなければならない。



「……それぞれの国が今後その様に軍を変革していく。結果銭がかかり過ぎて、お互いおいそれと戦を仕掛けられなくなるだろうな」


「そりゃあ、ありがたい話だね」



御愛妾様はへらへらと笑う。



(やはり王族貴族とは考え方が違うのだろうな)



戦の間際で軍に予算を取られるのでは無い。


戦が無いからこそ準備の為だけに予算を取られるのだ。


予算を注ぎ込めば注ぎ込むほどに戦は遠退くだろう、それぞれの国が同じ事をするからだ。お互いが勝てる見込みのつくまでそれは続く。


しかし臨界点は存在する。いつかは解らないが凄惨な事が起こるだろう。



出来れば自分の代に起こらなければいい、若者は溜め息をついた。




────────


七島防衛陣地は静かであった。


無論、日々の訓練は欠かしてはいない。兵達の哨戒活動にも余念は無い。



しかし隊長たる『御愛妾様』が不在であり、隣国の進攻も停まっている。


ざわめきの中で一瞬起こる静寂の様に、嵐の中で一時起こる凪の様に両軍の戦いは鎮静している。


理由はまさに『御愛妾様付部隊』による全滅戦と軍港夜間強襲の影響であった。




夜間強襲の際に犠牲となった者達の慰霊碑が砦の隅に建てられ、野の花が手向けられている。


思えば今まで人的損害無く勝ち戦を続けていた事が異様であった。


それは赤毛の立案した作戦行動が、既存のものでは対応出来無いものであったからである。


今回の損害──犠牲──は運不運によるものだ。大規模火災を起こしつつ戦闘をこなしての事ならば、やはり少ないと云える。



桃色の髪を短く切っている『副長』が花を携え慰霊碑の前に立った。


桃色は変な気分であった。


この慰霊碑の下に何かが埋まっている訳では無い。


戦死した兵達の形見となる何物も回収している訳では無い。


しかしながらこの場所に『慰霊碑』なる石柱が建てられ、皆が詣でる。


条髪に勧められ、こうして花を摘んではみたものの、その意味がしっくりときていなかった。馬鹿馬鹿しくもある。



「お、『副長』殿もお詣りでありますか」



声の主は先任曹長であった。手には同じく花を携えている。



「……なぁ、先任?こういうのって、どうなんだろうな?」


「あぁ、なるほど」



桃色のその言葉だけで、先任は得心した様だった。



「こういった碑の類いは、そうですな、思い出というヤツであります」


「無くても忘れねぇだろ」


「今は。ずっと先の話でありますよ」


「ずっと先……んじゃあアタシが思い出される側になっちまうな」



桃色はニヤリと笑った。



「その時は小官なり兵どもが、後の時代には見も知らぬ連中が思い出しますとも。碑というものは目印なのであります」



桃色はやっと花を手向けた。




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