『軍港』上
緒戦より半年を過ぎ、長期化が予想され始めた頃に起こった『全滅戦』。
貴族の参加しない小規模な小競り合いでは起こり得る話ではあったが、会戦に於いては飛航艦投入以降初めての事であった。
飛航艦は海上航行よりも飛行の方が足が速い。その分帆船での戦争とは違い、退却しやすいのである。
無論追撃もしやすくはなっている。が、国軍で用意した軽飛航艦と違い、貴族自弁の重飛航艦が追撃をするのは経費的にきびしい。
故に大規模な会戦では深追いはしない。
軽く損害が出た時点で後方に下がるという消極さも経費節減という面があり、『作法』に組み込まれる事で正当化されていた。
国軍と領主軍の混ざり合う艦隊はこういった事情もあり、会戦の決着は曖昧なものになっていた。
そう、それまでは。
『陛下御愛妾様部隊』による手際の良い、そして終始敵を圧倒する戦い方は、それまでの思考を一変させるに足りるものであった。
この報告を聞いた両国の軍本部、貴族軍人、更に国王は一様に顔色を変えた。
特に隣国の国王は怒り心頭に発し、事態の収拾を図る事を厳命する。
それはそうだろう、本来この戦は敵国の権力闘争に乗じたもの。
敵国の権力志向者達との密約があり、さほどの損害無く領土を多少なりと広げ、民衆の国王・貴族への尊崇を高める為のものだ。
それがこの一戦でひっくり返された。
隣国軍本部はこの厳命を請け、一大作戦を画策する。
『七島諸島防衛陣地陥落作戦』
陛下御愛妾様部隊の根城を叩く。
軍本部では連日連夜、この作戦に必要な兵力数・艦船数・予算案が練られ、徴兵と訓練、作戦の修正に時を費やした。
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白髪に赤い条を持つ娘は箒を手に砦の中を掃除していた。
他に二人、最近王宮から送られてきたレキ族の小姓達が一緒である。
元々居るタラ族小姓は御愛妾様付である為、事務仕事に便利使いされている。
他に読み書きの出来る者がいないと不便と云う理由で、この二人は送られて来たのだが、残念な事に軍事にはまるっきり疎い。
その為、雑用が多かった。二人にしてみればそれが本業な訳だが、いつも条髪がよく手伝っている。
「よぉ狙撃屋、せいが出るな」
近くを通った桃色が声を掛ける。
翔挺兵は皆チベ族の女であるが、日頃の戦闘訓練の忙しさか、それとも元々苦手な者揃いなのか、普段掃除などにかまける者が居ない。
食事の用意も洗濯なども当番兵がするものだから、まるで男所帯の様である。
「………ちょっとは手伝いなさいよ」
憮然とした顔で条髪は言う。
彼女は徴兵される前まで地方貴族の屋敷で下働きを勤めており、その絡みからか二人の小姓が来るまで掃除などを一人でやっていた。
「おっと隊長に呼ばれてたんだ、じゃあな!」
わざとらしく桃色が手を振って立ち去る後ろ姿に、条髪は腰に手を当てて鼻を鳴らした。
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「お?餓鬼ンチョ帰って来たのか?」
「……そういう呼び方止めて下さいよ」
桃色が隊長室に顔を出すと、補給艇で王宮に行っていたタラの小姓が戻っていた。
手には何やら書簡を持っている。
「そうだよピンク色、部下が二人付いたんだから『筆頭』ッて呼んでやりな。なぁ小僧ッ子?」
「貴女も呼ぶ気無いじゃないですか!」
へらへらと笑う赤毛につい声を上げると『筆頭』はガックリとして溜め息をついた。
「……もぅいいです、陛下からの御連絡を読みますよ?」
それから小姓が読み上げていく内容に、二人は顔色を変えていった。
国王からの連絡文、そこには隣国の情勢から始まり、赤毛部隊の戦果による動揺、隣国国王の檄を請け秘密裏に作戦を立案している事が書いてあった。
「よくこんな事判るもんだね」
「どんな国でも細作というものは居ますからね、そういう訳で近々この砦に向けてかなりの数が攻めて来ます」
「……そいつぁ死ねるな。どうすんだ隊長?」
「もッと情報ッてもんが必要だね、敵さんがどんだけ連れてくんのか」
今の時点では策の立てようが無い。
しかし、敵の布陣が知れた時は策が立てられるかギリギリとなるだろう。
赤毛は待つしか無かった。
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「御愛妾様、文を預かって参りました」
補給艇の艦長が蝋封のなされた手紙を持って来たのはそれから二週間程後の事であった。
国王陛下からの書簡である。
タラの小姓が封を開け、目読を始める。
赤毛を含め部隊の主要な面々は小難しい文章表現を理解するのが苦手だ。
しかし陛下はその育ちの為、文章は難解な表現を多用する。陛下本人はごく普通の文を書いているつもりではあるのだが、下々の者には理解し辛い。
必然、読み書きの出来る小姓『筆頭』が噛み砕いて説明しなければならない。
「隣国の大陸南側にある軍港に飛航艦が結集……集まって来ているようです。ただし全てが集まるまでにはまだ時がかかりそうだ、とあります」
「南側……ソイツはうちらの砦を叩く為のものだろうね?」
「恐らく」
主戦場となる海域を中心とすると七島諸島は南西、本国の大陸は南東、隣国大陸は北西に位置する。
隣国の南側となれば主戦場よりは七島に近い。
「今のところ集まっているのは軽飛航艦ばかり七隻だそうで、もう三隻は増えそうだとありますね」
「貴族どもは動く気が無ェッて訳かい」
恐らくは嫌がったのだ。そう赤毛は判断した。
隣国は先の全滅で最低三人は貴族が減ってしまったはずだ。
艦と命運を共にしようと考える貴族は少ないだろう。今までの戦い方は貴族が死なない様に理屈をつけて半ば競技化されている。
そのルールが取り払われたのだ。重飛航艦の集まる可能性は低い。
逆に国軍所有の軽飛航艦は作戦に多くかり出されると、赤毛は考えた。
集まるのは併せて十隻では済むまい。
赤毛は『筆頭』に主な面々を呼びに行かせた。
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「アタイが思うに二十隻は下らないだろうねェ」
「こりゃあいよいよ死ねるな。よぉ狙撃屋、お前の銃で敵の艦長だけ狙い撃ちしてくれよ」
「…………意味無いって」
条髪の言う通りである。
これが貴族の重飛航艦ならそれだけで退散するだろう。
国軍の軽飛航艦では艦長が倒れても副艦長が、副艦長が倒れれば次の最上位者が代わって指揮を執るだけだ。
「それでだ。アタイは思うんだが……いくらなんでもそんな数で来られた日にゃあ、砦なんか護り切れねェよ」
「……じゃあ、どうすんだよ?」
ムスリと頬を膨らませた桃色に、御愛妾様はニタリと笑ってみせる。
「こうする」
赤毛は卓に広げた地図の一点を指差した。