『艦隊』下
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「いくよ!翔挺兵発艦!」
「三班に分かれて攻撃だ!狙いは解ってるね?」
二隻の軽飛航艦と改装された補給艇、それぞれの甲板から翔挺兵達が飛び降りる。
バラバラと墜ちていくその途中、一斉に光の翼が広がった。
そのまま更に加速する。
ヒイイイイイィィ……ン!
翔挺兵全員の降下音が一つに重なり、空域を圧倒した。
「煙幕弾投下!銃身を回せェ!」
先頭を征く赤い翼から命令が飛ぶ。
それぞれの狙う獲物に向けて、幾つもの煙幕弾が投げ込まれる。
三隻の重飛航艦、その甲板に、艦橋に、煙幕弾が着弾。もうもうと煙を吐き出して重飛航艦の目を潰していく。
フイイイイイイ…
フイイイイイイ…
フイイイイイイ…
フイイイイイイ…
“サイレンの唄”その高音部が奏でられた。
その直後、翔挺兵達はそれぞれの獲物──重飛航艦艦橋──の正面に到達した。
ドゥルルルルル!
赤い翼から、中央の重飛航艦艦橋へ向けて魔導弾の連続発射音が響くと、それに輪唱する様に。
ドゥルルルルル!
ドゥルルルルル!
ドゥルルルルル!
“サイレン”が高らかに唄い始めた。
「よし!次いくよ!」
艦橋内に動く何者も無くなったのを見て、赤毛が合図を送る。
三班に分かれていた翔挺兵の内二班が四隻の軽飛航艦、その左右の端から襲い掛かる。
「ピンク色!狙撃屋!アタイ達はアイツ等をやるよ!」
重飛航艦の後方に十数艇の飛翔艇がひしめいている。赤毛はそれを指差した。
赤毛達が敵飛翔艇群に突進すると同時に、上空から爆装した味方飛翔艇が急降下を開始した。
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「飛翔兵搭乗せよ!目標海上の敵重飛航艦群!」
「第一隊発艦!第二隊急げ!」
改装された補給艇から次々に飛翔艇が飛び立つ。
先行した翔挺兵と同じく三隊に分かれて目標へ向かう。
「いやはや、あの御方は…こうも楽な仕事になるとは…よし煙幕弾確認、突っ込むぞ!」
先任曹長は苦笑いをした後、獰猛な鷹の様に飛翔艇を急降下させた。
飛翔艇下部に取り付けられた砲塔を前面に合わせ、爆裂弾を甲板へ撃ち込む。
続けて後続からも爆裂弾が重飛航艦へ撃ち込まれ、次々と爆炎が上がっていく。
「よし!上昇して間合いを取る」
(もっとも、次の隊が軽飛航艦を狙うからな…警戒飛行だ)
三隻の重飛航艦から上がる爆炎を確認すると先任と部下達は上昇した。
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「まさか補給艇が主役になるとはなぁ」
『踊り子』の艦長は独りごちた。
「これは戦が変わりますな」
「ちと寂しい気もするがね。さて、飛翔艇が軽飛航艦を沈めたら我々の番だ」
(あの補給艇を大型のものに代えたら本当に戦が変わるな)
艦長はそう思いながら艦の進路を命令した。
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敵飛翔艇の装備した魔導銃は、単発式だった。
銃身も固定されており、正面に捉えられない限り、当たる事も無い。
翼の持ち主達は、ノロマで旋回能力の弱い敵飛翔艇を嘲笑う。
ひらりとかわしては擦れ違いざまに魔導弾を撃ち込む。
空中を跳ねる様に墜ちる様に身をかわし、“サイレンの唄”を伴奏に、踊る様に敵艇を薙ぎ払う。
飛翔艇と翔挺兵の一番の違いはその変則的な空中機動にあった。
「よぉ隊長!あらかた片付いたぜ」
「ピンク色!狙撃屋!損害は?怪我したヤツはいたかい?」
「…………いる訳無いでしょ」
流れ弾でも無い限り、翔挺兵に傷を負わせる飛翔艇は無いだろう。
しかしそれを聞いて赤毛はほっと溜め息をついた。
「よし、軽飛航艦も潰し終わったね。最後の仕上げといくよ!」
赤い翼を先頭に、翔挺兵全員が『味方』重飛航艦へ飛翔した。
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「ば、ばば馬鹿げておる!」
貴族は艦橋の風防ガラスに顔を張り付け、目の前の惨状を眺めた。
戦口上も済まぬ内に、降下音が聴こえたかと思えばこの有り様だ。
自分達は何もしていない。
三隻の重飛航艦。
四隻の軽飛航艦。
十数艇の飛翔艇。
敵の全てが一瞬とも謂える時間で鏖殺された。
文字通り鏖である。
(なんという手際だ………)
赤い翼を先頭に、光の群が自分の艦に近寄ってくる。
自然、喉が鳴った。
「か、甲板に出る」
貴族としての矜持からか、彼は艦橋を独り出て甲板へ向かった。
甲板に出た彼が見たのは、沈み逝く幾つもの敵艦の爆煙を背景に空中待機する白い翼達。
時おり飛翔艇の編隊が高度を取って周囲を旋回飛行する姿。
更に上空から現れた二隻の軽飛航艦。
その中を、赤い赤い翼をはためかせる様に、初めて顔を合わせる『御愛妾様』がゆっくりと甲板に降り立った。
「御機嫌よう。遅れてしまうかと冷や冷やしました、なんとか間に合って良かったですわ」
クスクスと屈託の無い笑顔で御愛妾様は彼に言った。
「お…御見事な戦いぶり、感服致しました。で、ですが…」
フイイイイイイ…
突如として回転音が鳴り響いた。
見れば桃色の髪の娘が銃を向けている。
フイイイイイイ…
フイイイイイイ…
フイイイイイイ…
甲板を取り囲み空中待機する白い翼達が次々に回転音を掻き鳴らす。
まだ敵は居る。
そう謂っているかの様に。
「……で、だ。ひとつ訊きてェんだが、アンタうちのダンナの『敵』かい?」
そばかす顔をニタリと歪ませ、先程の口調をかなぐり捨てた女が彼に訊いた。
「……ダ、ダンナ?」
「アンタが『陛下』ッて呼んでるだろ?なぁ、敵かい?それとも味方かい?」
「わ、我輩は陛下に二心御座らぬ…」
ふ~ん。赤毛は疑う様に彼をねめつけた。
「云ッとくよ、うちのダンナに手ェ出したら、ソイツの領地ごと噴き飛ばすからね?『お仲間』にも伝えといておくれ」
赤い翼がふわりと舞い上がる。
追随する白い翼達。
飛翔艇の編隊と二隻の軽飛航艦が上昇する。
無人となった甲板に、貴族は両膝をついた。




