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『地下牢獄の風景』下


暫くの間、娘は椅子に身体を預け、ぜいぜいと息を調えていた。



「……アタイに何させようッてのさ?」



目の前の王を睨む。


若き王はその様子を面白そうに眺めながら言った。



「近々、我国は隣国と戦になる。隣国が攻めて来るのは父王の喪が明けた頃合いだろう。それより前では大義名分が立たぬからな。貴様には…」



それまで飄々とした若者の瞳が、初めて鋭いものに変わった。



「…その戦の役に立って貰いたい。戦場を掻き回す役に、な」


「ハッ!そいつぁ大役だねェ?…一介のコソ泥風情に何を期待してるかと思えば」


「コソ泥…一介のコソ泥な……」



若者がクスクスと笑う。



「…軍用飛航艦を相手に単独で大立ち回りを演じる者に対して、『一介』とも『コソ泥』とも評する者は居らぬよ?」



若者は思い出す。


数ヶ月前の事、その飛航艦の艦橋で目撃した光景を。


慣らし航行だったとはいえ、兵には銃を装備させていたし、砲にも魔導弾は実装されていた。


飛航艇・飛航艦は水上・空中を航行可能だ。


点在する浮遊大陸・浮島は時に水上にあり、時に高空に浮かび上がる。


この様な環境では近隣国家との交易、そして戦争には、同じく水上と空の往来を必要とする。


飛航艇の開発以前、交易はチベ族の女達が担っていた。


しかしながら、飛航艇の開発によりチベ族は国家にとり不用の者、発展を妨げる者へと評価が変遷していった。



若者は思い出す。


慣熟航行中、目視範囲にチベ族の女達が数十人隊列を組み飛んでいた事を。


今現在も尚、チベ族は細々と交易を続けていた。日々の糧、生計を立てる為にである。


新任の艦長は余興と称してその隊列に狙いを定め、突進させていった。


慌てふためく女達。


背中や足に魔力で顕した白い光の翼を使って逃げ惑う。


その白い光の群れに一つだけ、紅い光が見えた。


艦長が射撃命令を出した。


たちまちのうちに数人のチベの女が墜ちていく。白い光は失われ、真っ逆さまに…


その時、魔導銃から放たれる銃弾の嵐を掻い潜り、飛航艦へ肉薄する紅い光を、当時王太子だった若者は艦長と共に見た。


甲板で銃撃する兵達の中に突進すると、魔導銃をもぎ取り銃床を斧か鉈の様に振り回す。


赤い翼でふわりと浮かぶと、続けざまに兵の兜を蹴り飛ばす。



その間に仲間の女達は逃げ延びた。


それを確認したのだろう。紅い光は魔導銃を放り出して船縁から勢いよく飛び降りた。


兵達が船縁に集まり下を見た時、既に紅い光は遥か下方へ翔び去っていた…



「…なかなかの活躍ぶりであったぞ?艦長は面目を潰されたと怒り狂っていたがな」



その時の艦長の様子を思い出したのか、若者はまたクスクスと笑った。



「…その後からだったな、赤い髪のチベ族が商船を襲い始めたのは」


「あの騒ぎのせいで…アタイ等を襲う様になったのは軍艦の方だろう…それで交易に出る事が出来無くなったんだ」



軍がチベ族を目の敵にしたのは面目を取り戻す為であろう。


事の起こりがどうであれ、年端もいかぬ小娘にいいようにあしらわれたのだから。


娘が商船を襲う様になったのは、一族の窮乏を何とかせんとの行動であった。


商船を単独で襲う神出鬼没ぶりに、いつしか“飛翔鬼グレムリン”の仇名が付いていた。



「貴様を捕らえる事が出来たのは余にとって幸いであった。みすみす軍に殺されては…勿体無い」


「………で?アタイをどうするッてのさ?」


「先ずは体力を戻してからだが、貴様に部隊を預ける。貴様が隊長だ。暫くは訓練漬けだな…戦が始まるまでは」


「…本当に戦がおッ始まるッてのかい?」


「ほぼ確実だ。そこで戦功を揚げよ。働き次第でチベ族の扱いを変えてやろう…勿論、貴様の扱いもな」



王をじっと見据えていた赤毛は、この取り引きを思案する。


同胞達が大手を振ってまともに歩ける。そして自分の罪も恐らくは帳消し……いや、それ以上も望めるかもしれない。


断れば……考えるまでも無い事であった。



「因みに…アンタはどんな扱いをしてくれるんだい?アタイを」



娘のその問いは周囲の衛兵達にとって、傲慢な物言いに聞こえたであろう。


山だしの魔女が陛下に何をほざくか、と。



「どんな扱い?……そうだな、いっそのこと余の愛妾にでもするか」


「は!?」


「うむ、貴様が余の愛妾になればチベ族の地位向上はすぐだ」


「馬鹿馬鹿しい!なんで妾にならなけりゃいけないのさ!?日陰者じゃないか!」


「いやいや、王の愛妾というのは、なかなかのものなのだぞ?何しろ頭を下げる相手が余と正妃だけだからな。逆に貴族どもが貴様に頭を下げるのだ、痛快ではないか?」



まるで悪戯を思い付いた子供の様に、若者が笑う。


赤毛は暫し呆れた顔でいたが、鼻で笑いながら言った。



「どうせなら『正妃にする』くらいの風呂敷は拡げて欲しいもんさ」


「無理を云う。王の結婚は政治だぞ?何処ぞの姫君を貰って同盟の証とするものだ…暫くはそんな話はあるまい。どうだ?暫くは余以外に頭を下げる必要は無いぞ?」


「…なんでアンタはそこまでアタイに肩入れすんのさ?」



娘にはそこが解らない。


自分は国王の剣である軍に恥をかかせた存在である。


ならば普通は処刑一択だろう。



「別に肩入れなどしておらぬ……どうせ貴様は戦で討死にするのだからな。まさか生き残れると?」


「…いい性格だね」


「貴様も戦に出れば死ぬと判っているだろう………勲章?報酬?貴様にとって何の役に立つというのだ。名ばかりでも愛妾として、貴様等チベ族を踏みつけていた貴族どもに頭を下げさせた方が冥土の土産になろう」



若き国王は端整な顔を歪めて笑う。


彼には何人かの兄弟姉妹が居たが、既に皆死んでいる。


それは兄弟姉妹を擁立せんとした貴族達の足の引っ張り合い──暗殺──によるものである。


王宮は毒蛇の巣であった。


兄弟姉妹には若者と仲の良い者もいた。若者から見ても自分より王冠が相応しいと思える者もいた。


最終的に王冠をかぶる段になり、若者は貴族達に対して『何か』をそうそう出来るものでは無い事を知った。


もり立てる貴族無しに王冠は意味を成さない。


表立った真似が出来ぬならば、この赤毛の異分子を使って少し引っ掻き回すのもよい。



(戦で磨り減らすだけでは勿体無い…)




「ま、ある程度の戦功を立てたなら、の話だ。今は身体を休め、滋養を取るが良い」






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