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『艦隊』上


緒戦より半年、七島諸島の『陛下御愛妾様部隊』に出撃要請が下った。



『戦勲華やかなる貴隊の奮戦を望む』



命令文の一節である。



先の大貴族による騙し討ち、そして赤毛部隊の返り討ちは、公式には闇に葬られた。


しかしながら、大貴族と政治行動を共にした、或いは政治闘争に明け暮れた関係者達にとっては公然の秘密と謂える。


立ち位置は違えど彼等にとって『御愛妾様』は、政治闘争に於いて突如現れた闖入者であり、不要な登場人物である。



その様な人物は自分達の手を汚さずとも隣国との主戦場に散ってもらい、舞台から降りてもらうのが一番。その様に図られた訳である。



「総員傾注!御愛妾様からのお言葉をいただく!」



先任からの傾注の声に、全員が直立し襟を正した。


先任曹長は各艦の艦長他、士官より位は低い。


しかしながら赤毛とは一番の古い付き合いという事もあり、艦長方もどちらかと云えば本部から『つまはじき』にされた部類であるからあまり気にせず、こういった仕切りを任せている。



「あー……楽にしとくれ」



赤毛は全員を見渡しながら言った。


見渡しながら、さて、何を言うべきか?と考えている。



「えー……本部より出撃要請…ま、命令だねェ、それが来た。二日後に砦から出撃する」



そこまで言って、ふと赤毛は思った。


コイツ等皆、もうアタイと運命共同体みたいなもんじゃねェか?


なら何も綺麗事を抜かす必要は無い。いや、綺麗事を抜かしてはいけない、と。



「…ぶッちゃけて云や、目を付けられたッて事だ!アンタ等が『陛下』ッて呼んでるアタイの情夫マブをナメてる貴族ども、アタイ等の事が邪魔だとさ。死んでくれッてよ、どぉする?」



とたんに全員から声が揚がった。


陛下を情夫呼ばわりする我等が御愛妾様へ口笛を鳴らし、自分達を邪魔者扱いする貴族達を笑い、『どぉする?』という問いかけにブーイングを起こす。



「まッたく、どぉしようもない愚連隊どもだよアンタ等は!おッと、アタイが筆頭かい」



ゲラゲラと沸き起こる笑いに応えて御愛妾様は言った。



「んじゃあ、ちいッとばかし愚連隊の手管ッてもんを御披露しようじゃないか!」




────────



「焚き付けるの、上手いですね」



タラ族の小姓は呆れた声で、煎れた茶を差し出した。


隊長室には『御愛妾様部隊』の主要な面々が揃っている。


応接卓を囲んで、三人の艦長、桃色と条髪、先任、老技師といった顔触れだ。


赤毛が小姓に手招きをする。



「小僧ッ子、アンタもさッさと座りな。アンタうちの『脳ミソ係』なんだからね」


「…なんですかその気色悪い係!?もっとマシな呼び名にして下さい」



だいたい作戦を考えているのは貴女でしょうに、とぶつぶつ言いながら小姓も席についた。



「さてと。アタイの考えはこうだ……」



それから赤毛の構想を全員で詰める作業が続いた。




────────


後世、その戦いは戦史研究において一つの転換点と考えられる様になった。



海上を横二列で進む隣国の艦隊は重飛航艦三隻、軽飛航艦四隻。


対する我国の陣容は、やはり海上に重飛航艦二隻、軽飛航艦五隻。この陣容に赤毛の部隊は含まれていない。


両軍が相対した時、『御愛妾様部隊』はその姿を見せていなかった。



両軍とも前列に軽飛航艦を配置している。



当時、重飛航艦は貴族の座乗艦でもあった。貴族が重飛航艦を自弁しているのだから当たり前ではある。


国の政策・領地の経営などを考えれば、貴族の命は値段が高い。それ故に貴族は座乗艦に頑丈な重飛航艦を求めた。


両国ともに平民軍人にとっては戦が出世の機会であり、貴族にとってはちょっとした遊戯といった風情である。


こういった認識のズレが当時の戦では普遍的に存在しており、作法・名誉・由緒などといったものに変換されていた。



例えば貴族座乗の艦を平民軍人の艦が撃沈するなどあってはならない。


平民軍人と貴族とはお互いに軽く一当てし後方へ下がる。その場合両者ともに『判定勝ち』などと記録される。



後世から見ればなんとも馬鹿げた、競技の様に見えるだろうが、当時は『作法』であった。


つまり大きな損害が出るのは平民軍人同士の戦いに限った事である。


両軍とも軽飛航艦を前列に配置する理由、それは平民軍人の出世の機会を与える為であり、貴族の損害を減らす為でもあった。




────────



「来ないではないか!?」



重飛航艦の一隻、座乗している貴族はこめかみに青筋を立てている。


軽飛航艦が並ぶ前列の、更に向こうには隣国の艦隊が見える。



未だ『御愛妾様』は来ていなかった。


じきに両軍よりお互い戦口上を述べる使者を出さなければならない。


戦口上が済んだ後に遅参するなどとは『無礼』な話であった。



「致し方ありません、もう使者を立てませんと」


「まったく、みっともない。いい恥さらしだ…仕方無い、使者を出せ」



なんとも勝手な話ではある。


彼は邪魔な『御愛妾様』を敵の手で亡き者にせんと招集しているのだから。


にも関わらず礼節云々を気にする辺り、貴族的思考と云えた。



「あの飛翔艇は使者をたてるのに良い様だな、しかし戦本番では賑やかし程度でしか無いが」



両軍ともに一騎討ちに拘っている為、飛翔艇の仕事と云えば使者をたてたり伝令に使う程度であった。


一応、飛翔艇は初戦に於いて浮遊島に配備された砲台陣地を壊滅させてはいる。


しかしそれ以降目立つ戦果は無い。両軍とも一騎討ちに拘るあまり使い道を見出だせていないのが現状である。


飛翔艇が複数で飛航艦に群がる様が蝿のようだと、貴族どもの美意識にそぐわない面もあった。



両軍から戦口上の為に飛翔艇が一艇づつ前に出た。


お互いの前列に位置する軽飛航艦達が艦首の吸引口を開き、勢い良く大気を吸い込み始める。


それは猟犬の唸りにも似て、獰猛な戦場音楽の前奏曲に聴こえた。


飛翔艇がそれぞれの陣に戻ったならば、推進噴射口を開放して突進するつもりなのだろう。



両軍の飛翔艇が間近で止まり、風防を開けて口上を述べようとした、その時。




ヒイイイイイィィ……ン!



遥か上空から鳴り響く降下音。



白く輝く翼の群が、三隻の重飛航艦へ飛来する。




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