『罠』下
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「それでは手筈通りに」
初老の貴族は盟友に念をおすと持ち船である重飛航艦に乗り込んだ。
話をしていた貴族達もそれぞれの艦で出発する。が、進路は別であった。
初老の貴族の艦は進路を七島諸島へ向け進軍する。
やがて浮遊島群が艦橋から見えると、二隻の軽飛航艦が現れた。
「発光信号用意!『我に追随せよ』」
重飛航艦からの発光信号を請けて二隻が進路を同じくする。
が、しかし並走では無い。
二隻共に重飛航艦より高度を取り、船底をあらわにしている。
(ふん、多少の気遣いは出来る様だな)
二隻は重飛航艦を旗艦として仰ぎ、攻撃能力の無い船底を見せる事で二心無い事を示しているのである。
先王の代、更に以前にも王家と縁付いている大貴族である。その座乗する艦となれば敬意を持ってあたるのは当然と謂えた。
やがて三艦編成の艦隊は、当初の目標としていた空域に接近する。
砦を築くには小さ過ぎる浮遊島が前方に浮かんでいた。
その島影から二隻の重飛航艦が突如として現れた。
国旗・艦名などを伏せてはいるが、その造形の特徴から隣国の飛航艦では無い。
同胞の飛航艦であった。
「よし!予定通りだ。艦上昇、砲門開け!頭の上に浮かんでおる下郎どもの艦を沈めるぞ」
大貴族はこの地点を敵艦集結の場と偽り、盟友達と協同して国王の威を借りる女狐どもを亡き者にせんと画策していたのであった。
御愛妾などと図に乗りおって、自分達の策を掻き乱してくれた愚かな女を海の藻屑にしてくれる。
大貴族が笑いを浮かべたその時。
前方から進行してきた友軍二隻に、爆炎が連続で上がった。
「…なんだと!?」
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「発艦せよ!発艦せよ!」
「目標!船籍不明艦二隻!発艦後ただちに襲撃態形をとれ!」
二隻の友軍『踊り子』と『古いヤツ』の…
…その遥か上空。
『補給艇』が飛翔艇を満載して待ち構えていた。
工房の技師達の手によって急遽改装がなされた補給艇から、次々と飛翔艇が飛び立つ。
飛翔艇の群は隊列を組む為に軽く旋回をすると、真っ逆さまに急降下を開始した。
狙いは国旗も艦名も隠した不審艦。味方を示す何一つ無い者を容赦する理由は無い。
風切り音を響かせて一気に肉薄すると魔導砲から爆裂弾を吐き出して、甲板、艦橋、噴射口の別無く撃ち込んでいく。
不審艦の両舷を、飛翔艇達が下へすり抜ける。
同時に次々と爆炎が上がった。
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「じゃ!行ッてくらぁ」
「戦果を期待しておりますぞ」
赤毛は艦長と軽く挨拶を交わすと甲板から飛び降りた。
続けて桃色が、条髪が、複数の白い髪の娘達が、頭から空中へ飛び降りていく。
落下しながらそれぞれが光の翼を広げ、加速していった。
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「…なんだと!?」
初老の大貴族は目の前に繰り広げられる惨状に、呆然とした。
重飛航艦は軽飛航艦三隻にあたる。友軍の二隻と併せて戦力比は9対2のはずであった。
いや、実際は罠に嵌めるのだからそれ以上の戦力比になるであろう。
ところが、あの飛翔艇の群はなんだ?
何処から現れたというのか?
出所も解らぬ飛翔艇は隊列を成して二度三度と友軍二隻に襲い掛かっていく。
もはや二隻とも艦橋は噴き飛び、甲板も噴射口も大穴が開いている。
一隻が艦の中心から大爆発を起こし、轟音と共に噴き飛んだ。
残りの一隻は真っ二つに折れて海中へと沈んでいく…
「艦長!あれを!」
艦橋の乗員が指を差すが、貴族の目には入らない。沈んでいく艦の姿から目を離せない。
「馬鹿な…馬鹿な」
フイイイイィ…
フイイイイィ…
フイイイイィ…
ドゥルルルルル!
ドゥルルルルル!
ドゥルルルルル!
重飛航艦の周囲一帯から“サイレンの唄”が響き渡る。
応戦の為に甲板へ上がってくる銃兵達。
紅く染まりながら“サイレンの唄”に併せて死の舞踏を舞う。
数珠繋がりに発射される魔導弾が銃兵区画の扉を、砲撃区画の扉を、ノックの音も軽やかに次々と粉砕していく。
突然、重飛航艦の推進噴射口が爆発した。
上空からの『踊り子』の砲撃であった。
噴射口を破壊され、もはや何処へも逃げられない重飛航艦は“サイレンの唄”と断末魔の叫びによる戦場音楽に満たされている。
「あ……あの小娘…!」
フイイイイィ…!
風防ガラスの向こう、赤く輝く翼に包まれ艦橋の前に滞空する一つの影。
ソバカス面の“グレムリン”が回転する銃口を初老の大貴族へと向けた。
「貴様あああぁ!」
フイイイイィ…
ドゥルルルルル!
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「船底、開け!爆裂弾投下!」
『古いヤツ』の艦長が命令すると船底の蓋が開き、もはや無人となった重飛航艦へ爆裂弾の雨が降った。
「なんだか勿体無いですね、爆裂弾が」
「『跡形も残すな』御愛妾様の御命令だよ副長、それに何も活躍無しと云うのは艦の士気にかかわる」
協同であっても重飛航艦を沈める機会など、そうあるものでも無い。ましてやこの艦は改修されたとは云え旧式のものだ。
『古いヤツ』は重飛航艦の巨体へ満遍無く爆裂弾の雨を降らせ、文字通り跡形も残さず爆破しつくした。
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「よくもまぁ…」
「やるかやられるか、だッたんでね」
国王の手には二つの報告書があった。
一つは公式に残す為のもの。激戦の末、所属不明の不審艦二隻を撃破。しかし友軍も重飛航艦一隻が撃沈され、生存者無しという損害報告である。
もう一つは…事の真相を綴ったものであった。
「なんというか……これは表に出せん話だ。その辺り大丈夫なのか?」
「アタイ等全員の命がかかッてるんだ、誰も漏らさねぇよ」
「ふむ…」
国王は『もう一つ』の報告書に火を着け、大振りな灰皿に落とした。
二人の前で事の真相が黒い灰に変わっていく。
「これで…アンタの敵の数が少しは減ッたかねェ?」
「ありがたいね、次はもう少し穏便にしてもらいたいものだ」
「なんだい、嬉しく無いかい?」
「居なくなった連中の相続問題を裁定せねばならん。これがなかなかに面倒でな」
国王はクスクスと笑った。面倒と言いながら明らかに楽しんでいる。
王冠では片付かない問題を、目の前の娘があっさり片付けたのだ。相続問題の裁定など、これに比べれば容易い。
「そこいら辺はアンタの仕事だろ、アタイの出る幕じゃ無い。せいぜい頑張ッとくれ」
「なんだ、もう帰るのか?」
赤毛は若者にひらひらと手を振ると執務室を後にした。
緒戦から数えて半年になろうとしていた頃の事であった。