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『或る一日』下



「…っ!けほっ!何ですかここは!…埃だらけ!ああもう!」



うつらうつらしていると突然聴いた声が響いてきた。



「…………オマエ何やってんの?」


「おはようございます御愛妾様、見ての通り掃除ですが?何か?」



タラ族の小姓が床を掃いていた。



「…ぃや、そりゃ判るけどさ、ナンで居るの?」


「……貴女が『陛下御愛妾様』で!私を『陛下御愛妾様付小姓』にしたんでしょうが!?私が貴女の傍にいるのは当たり前です」



憤慨した様に小姓は言った。



「ぃや………そうだけどさ」



確かに帰りの補給艇で自分と一緒ではあった。


しかしてっきり故郷で羽を伸ばすものと思っていたのだった。



「…アンタ帰らなくッていいのかい?」


「本来私の様な者は王宮で一生を過ごすんですよ?お忘れですか?私は宦官です」



小姓の言葉は、何を今更といった風情だ。



「さ、起きて下さい。あぁ!寝具まで酷いものですね、留守中の管理を頼まなかったんですか?言えば女官達が管理してくれますから」


「………楽しそうだねアンタ」



やれやれ、と赤毛は起き出した。仕方が無い、王宮に行ってこよう。



「お帰りは?遅くなる様でしたら泊まってきて下さい。私の事はお気にせずともよろしいですから」


「…ご親切にどぉも」



もし朝帰りもせずに帰って来たら小言を貰いそうだ。


苦笑しながら彼女は軍装に着替えると家を出た。


そして集落の外までぶらぶらと歩き、それから翼を広げて飛び立った。




────────



「それで顔を出したと云う訳か」



若者はクスクスと楽しげに笑った。



「まッたく、世話焼きもいいところさ。せッかく誰の気兼ねも無しに寝てようと思ッたッてのに」


「…しかしアレだな、あの子供以外に文章が読めないのも困りものだ。早急に文官を二~三人送ろう」



今後も赤毛の休暇には小姓が付いてくるに違い無い。


となると七島砦には命令書・報告書を読み書き出来る者が居なくなるという事だ。



「あ~、でもなぁ、あの小僧ッ子が上役になるんだろ?歳とか面倒クサイ事にならねェ?」



赤毛はそう言ってニヤニヤと笑う。


年下の上司というものが有るにしても、さすがに十やそこらの子供に対して部下として礼を取れというのは難しいだろう。



「なに、アレと同じくらいの小姓を二~三人送ればよい。まさか三十路越えの者などには厳しかろう」


「ふぅん……ガキが増えるのかい」


「戦場に子供を、などと云うまいな?最初に連れて行ったのは貴様だ」



思案げに眉を寄せる赤毛に国王は言った。


それから若者は女官長を呼びつけ、小姓の手配と赤毛の家の管理など幾つかを指示して下がらせた。



「さてと。どうだ、砦の案配は?防衛戦に勝った様だな」


「まぁね、やるこたやッてるさ。隣の国はヌルイ戦い方だよ、一騎討ちに拘るからね」


「…それは我が軍も同じだ」



若者は赤毛に今の戦の話をする。一騎討ちに拘る事、撃沈される前に後方へ下がる事、戦いが無駄に長引く事……


呆れた様に娘が言った。



「なんだい、つまり御貴族様方が死なない様にやッてるだけじゃないのさ?はッ!死ぬのは下ッ端ばかりなり、かい」



それから自分の情夫を見て続ける。



「それじゃあアンタの嫌いなヤツも、なかなか死なないねェ?」


「……全くだな、この機会に少しは減るかと期待したのだが、な」



臆面もなくそう言った後、彼は自分の愛妾に微笑んだ。



「そろそろ貴様の隊にも働いて貰うぞ…主戦場で」


「なんだい、どさくさに紛れて嫌なヤツの艦を沈めろッてのかい?」


「あぁ、それは……いや、よくない。貴様が沈めるのは敵艦だけにしていて貰う」


「沈めちまッていいのかい?負けを認めたヤツは下がらせるんだろ?」



国王陛下は御愛妾様に命令を下した。




「あぁ、構わない。沈めろ、一隻でも多く。貴様の云う『下ッ端』と『御貴族様』に命の違いが無い事を教育してやれ“グレムリン”」




────────



「全くもって頭の痛い事ですな」


「左様、古来よりの戦の作法と謂うものをなんと心得おるか」



何人かの貴族が茶会の席で憤慨していた。


彼等は以前お互いに表と裏の舞台で角を突き合わせていた政敵同士である。


彼等の行った政争の内容には、王子王女達の暗殺も含まれている。無論『噂』でしか無いが。


そして現在では、自分達が擁立していなかった王子が即位したが為に、権力回復の機会を狙っている。


その一つの手が、隣国を焚き付け、戦への道を進ませる事であった。


戦が長引けば、国王の求心力は弱まる。


その時機を捉え、国王に上手く取り入り国内を安定させれば、我が世の春が来よう。


権力闘争こそが彼等の本分である。



「『御愛妾様部隊』などと、お飾り部隊では無かったのか?」



自分達はそれぞれが古来よりの作法に従い、飛航艦の艦長を務めている。


当然、隣国との密約により、戦場では一騎討ちの勝ちを譲って貰っていた。


隣国にしてみても利得はある。総合的に見て勝ち戦の形に持っていき、講和を図る。隣国の王は民の求心力といくばくかの領土を安く得られ、好景気に沸くという訳である。



謂わば茶番であった。


ところが、である。いつの間にか『陛下御愛妾様』なる人物が頭角を顕した。


チベ族である事は知られていたが、何者かが解らない。


どの貴族の伝手で愛妾になったのかも判らない。


ほんの一~二度、晩餐会などに顔を出したきりである。


その時は陛下が少数民族をそれなりに遇するというポーズなのであろうと考えられていた。



ところが、今やこの正体不明の女が軽重合わせてなんと十隻近い飛航艦を撃沈している。


隣国はカンカンである。話が違うと詰め寄られ、何とかしなければ取引は御破算だと脅かしてきた。


真面目に戦をするぞ、という訳である。となれば自分達が撃沈される可能性も出てくるのだ。



「諸兄方、『御愛妾様』には華々しく散って頂きましょうぞ」


「左様、して?どの様に……」



会合は夜半遅くまで続いた。




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