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『或る一日』上


王宮に設えた執務室。


陛下と呼ばれる若者が一日の大半を過ごす部屋である。


彼は先程届けられた報告書を眺めていた。



「さすがにタラ族、幼くても読ませる報告だな」



彼が手にしているのは先日の七島諸島での防衛戦、そのあらましであった。



(よもやアレに軍才があろうとはな…)



『アレ』とは勿論自分の愛妾の事である。


若者は当初あの娘にその様な期待はしていなかった。


戦場を撹乱する為の囮、隣国があの赤毛に惑わされ浮き足立つ事を狙ったものであり、敵の隙を作れれば儲けものと考えていた。


無論その為にはあの娘にそれなりの…権威的なものを与えて、長生きしてもらわなければ意味が無い。


囮に勝利は望んでいなかった。


勝ち負けにかかわらずあの娘が生き残り、隣国の目が注がれる。これこそ囮になり得る。


その為の『陛下御愛妾様』なのである。隣国は彼女を殺さず生け捕りにし、交渉に使うだろう。この国にとって意味の無い交渉を。


そう考えていた。




ところが、である。


蓋を開けてみれば初戦からこっち勝ち続け。しかも損害は軽微だ。


主戦場から離れた位置での小規模な戦いであったが、耳目を集めるには充分な戦果である。


その勝利をまぐれと評する輩は多かった。


ならば、と再建予定のあった砦を任せてみた。主戦場からも近い。


その試みの結果が、今この手にある報告書だ。



(まさかここまでやるとはな)



若者は独り笑みを浮かべた。


赤毛とは不思議とウマが合った。無駄に死なせるのは惜しいと思える程には。


それまでは、正妃・側室の類いは暫く要らないと若者は考えていた。が、気が付けば自分から愛妾になる様に提案していた。


その時は『囮』としての名目上と、自分には言い聞かせていた。


最近はふとしたはずみで、あの赤い髪の娘が頭によぎる。


それに気が付くと自分は随分と物好きな男だな、と笑みが浮かぶのだ。



はっきり云えば赤毛はレキ族の美人の基準から大きく外れている。


ソバカスは顔に砂をぶちまけた様だし、鼻も低い。


目は垂れているところなど可愛いげはあるが、いつもやぶにらみで台無しだ。


赤い髪は寝癖の様にバサバサとしているし、への字口で悪戯を思い付いた様な笑い方をする。


口調や物腰など論外だ。男にドレスを着せた方が女に見える。



(ふむ、余は審美眼が狂っておるらしい。アレが好ましいのだからな)



好ましいと思えるのはあの目だ。


きつい眼差しだが、彼女は真っ直ぐに自分を見る。


ニヤニヤ口許を歪ませて、出てくる言葉は的を得ている。ポンポン出てくるガラの悪い言葉には、御機嫌取りも無ければ遠慮も無い。



(多分に素直なのだな、アレは)



戦闘記録を読んでみると、素直だと解る。


この時代、未だ戦闘は『一騎討ち』の様相を示している。


名誉を重んじ、由緒有る戦い方を重視しているのである。


例えば飛航艦二隻で協同して一隻を相手する、と謂うのは『卑怯』と見倣されるきらいがある。


その為、大艦隊同士でぶつかったとしても、基本的に決闘。相手が居ない場合味方に勝った艦へ名乗り出て戦う。



しかし赤毛の戦い方は全く違う。


名誉由緒を鼻で笑うかの様に協同する。


自分の勝ちに拘らない。誰が戦果を上げてもいい、楽に倒す事を考えている。


それは貴族でも武人でも無い彼女にとって当たり前の事なのだ。


今回の防衛戦は二隻の飛航艦、その艦長達に花を持たせたのだろう。でなければ全部隊で各個撃破を作戦したはずだ。



(こういう戦い方を皆が認めてくれたら)



この戦はとっくにケリがついていてもおかしくは無い。


なにしろ、『一騎討ち』では負けを認めて後方に下がる事は珍しく無い。


撃沈の方が少ないくらいだ。負けを認めた艦はどうなるか?



……補修を受けて次の開戦に臨む。


これでは一進一退になるのも当たり前である。



おまけに『一騎討ち』では一度の勝負に時間がかかる。


お互いに有利な位置取りをしよう、相手が上手く立ち回れないようにと牽制し合い、結果攻撃が間延びしてしまうからだ。


どんな手練れでも一度の戦で一日に二勝も出来ればいい方だろう。そして砦の攻防戦でもない限り、一日で引き揚げてしまう。


多分に貴族の座乗する艦が撃沈されるのを恐れての事だ。



生ぬるい事である。



若者の兄弟姉妹を政争で死なせた者達は、自分の命が惜しいらしい。それを思うと若者は腹が煮えた。


他人の命を賭けに使うならば自分のそれも賭けの場に載せるべきであろう、と。



こういった部分も国王があの娘を好む理由であった。


あの赤毛は同胞を救う為に単身、飛航艦と立ち回りを演じた。


半ば強制されているとは云え、今も同胞の為、部隊を率いて戦っている。



(アレに何をしてやれば……)



ふと、若者は我に返る。


あの娘は手頃な駒ではないか。


自分が国王として、自分に二心有る者どもを一掃する。その為には甘い考えを棄てると決めたではないか、と。




────────


赤毛は自分の家に戻っていた。


戦の合間にも休暇はある。七島砦は桃色と条髪、先任達に任せて交替で休暇を取る事になっていた。



(ま、帰って来たところで…)



する事がある訳でも無い。


捕縛されて以来、訓練に明け暮れ、部隊を率い、砦の再建に防衛戦と…気が付けば初めての休暇である。


とは云え、何もする事が無い。


父母はとうに亡くなり独り住まいのこの家、食卓や台所などうっすらと埃が溜まっている。


数日後にはまた砦へ戻るのだ。今は気が抜けていて掃除など面倒なだけである。


ベッドは黴臭くなっていた。ごろりと横になり、天井を見上げる。



(外に出るのも億劫だ…)



必要以外は寝て暮らそう。赤毛はそう思った。



赤毛にとって一族の暮らすこの集落は、面倒なだけだった。


赤い髪は忌み児の証しである。魔力膨大な赤い髪の者は時に疎まれ、時に無視される。


それはレキ族に虐げられているチベ族の構図、その縮図でもある。



(なに、飯の材料ならあるんだ。誰に会う約束があるッて訳じゃないし)



ふと、陛下と呼ばれる若者の顔が浮かんだ。


よもや余人は『陛下御愛妾様』がこんな埃の溜まったボロ家でごろ寝などしているとは思うまい。



(…アンタは今頃何やッてんだろうねェ)



男女の契りを済ませ、確かに自分は愛妾ではある。


しかし、あの若者にしなを作って気を惹こうという気持ちにはならなかった。


あの情夫は自分に似ているのかもしれない。どこがそうだとは云えないが。


一種同志の様なものである。と赤毛は感じている。



(後で面でも拝んどこうか……迷惑かねェ)



あの若者は今忙しいだろう。


彼の事を理解出来るとは思わない。毒蛇の巣の中で孤軍奮闘しなければならないなどと馬鹿馬鹿しい、自分ならやってられない。と、感じる。


しかし、その様に思っている赤毛自身、同胞から孤立している。そしてその同胞の為に王の愛妾となり戦場にいる。


なるほど似た者同士ではあった。




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