『防衛戦』下
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「敵飛翔艇が上がって来ます!」
「こちらの飛翔艇に相手をさせろ!本艦は敵艦を狙う!」
旗艦右方の飛航艦は、島の上方高くに位置していた敵艦を予定通り狙う為、木々に船底を擦らない程度に上昇した。
飛翔艇同士の戦いが始まる。数は同数、敵の方が練度は高いが足留めの為だ。
この艦長は飛翔艇で戦果が出るなどとは思っていなかった。
報告によれば、いずれも奇襲を得意とするらしい。あんな小さなもので飛航艦が落とされるなど、迂闊なだけだ。
戦は飛航艦を落とした方が勝ち。こちらが先に艦を落としてやれば、敵の戦意は無くなるだろう。
「敵艦、上昇!」
「わざわざ船底を見せてくれるとは臆したか!?追え!」
飛航艦の魔導砲は構造上、下方を狙えない。
つまり船底は見せるわ攻撃出来無いわで、上昇するのは悪手である。この時代はそうだった。
「て、敵艦!尚も上昇!本艦の真上に向かっています!」
「なんだと!?」
この時になって漸く艦長はおかしいと気付いた。
位置的に、乗り上げる様な形である。さすがにこちらからも攻撃が出来無い。砲を真上には撃てないからだ。
カパリ。
なんと、敵艦の船底の一部がぱっくりと割れた。
ボロボロと何かが落ちて来る。
ドカンッ!ドカンッ!ドカンッ!ドカンッ!ドカンッ!ドカンッ!
「な!?何が起きた!?」
艦の甲板に爆発が続けざまに起きる。大穴が開いていく。
「か、回頭……艦を回…」
ドカンッ!
艦橋が爆発した。
命令を出す者が一人残らず噴き飛んだ。
ゆるゆると艦は上昇を続ける。直前に発せられた命令の下に。
やがて爆発は砲撃区画に達し、誘爆を起こした。
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「前方より飛翔艇多数!接近して来ます!」
旗艦の周囲に随伴していた味方飛翔艇が迎撃の為に先行を始める。
敵の数は倍近い。しかしこちらも飛翔艇配備以来訓練に訓練を重ねてきた精鋭達だ。おいそれとおくれを取るはずは無い。
「銃兵を甲板に出せ!味方飛翔艇を援護するのだ!」
銃兵達が甲板にわらわらと走り出た。
本来は敵の艦に跳び移り敵を撃ち倒す命知らずの兵達だ、勇猛果敢な男達が魔導銃を空に構えて撃ち始める。
銃兵の援護射撃が効いたのか、敵の飛翔艇は島と島の間を縫って撤退し始めた。
味方の飛翔艇達が後を追う。
「腰抜けどもめ!数だけでさもない相手よ!」
隊長以下飛翔艇隊は魔導銃を放ちながら敵を追い立てる。敵の飛翔艇が弾をかわしながら島の間をすり抜けていく。
「追え!」
艇内に備え付けられた伝声紋を通じて隊長からの激が飛ぶ。
勢いがつき過ぎた味方の一艇が岸壁に叩きつけられた。敵は地の利を活かし、狭い岩の回廊を抜けていく。
ドッドッドッドッドッ!
ドッドッドッドッドッ!
「なにぃ!?」
岸壁の両側から銃声が立て続けに響く。樹間から銃座が一瞬見えた。
「しまった!罠…」
隊長の指示は隊員達に届かなかった。横からの銃撃にバランスを崩し、隊長の飛翔艇は岸壁に激突した。
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「艦長!砦が見えました!」
「よし!砲撃用意!艦回頭九十度となせ!」
旗艦が中央島の砦を発見した。
艦が大きく弧を描きながら回頭を始める。
「か、艦長!光が、複数の発光体が現れました!本艦真下!」
「真下だと!?」
回頭中の旗艦を真下から襲う光の翼。
同時に砦方面から魔導砲が発射される。砲弾は旗艦のすぐそばで爆発し煙幕の壁を作り出した。
勢いよく放たれた矢の様に光達はぐんぐんと接近し、船底に取り付いた。
爆発音と共に震動が旗艦艦橋を襲う。
「伝令!本艦底部で爆発!爆破口から敵侵入!」
「銃兵を底部へ急がせろ!」
飛航艦はその運用上、砲撃区画より上部に銃兵詰所がある。敵艦に接舷して銃兵を送り込むのだから、甲板に近い位置を占めている造りだ。
砲撃兵は区画から出ないのだから、当然武装していない。船底から砲撃区画はすぐだ。
フイイイイイイイ…!
「か、艦長!」
艦橋の一人が指差した。
そこには赤い翼。
ドゥルルルルル!
「……!“サイレン”!?」
艦橋の風防ガラスが粉々に飛び散る。連続した魔導弾が一本の線になって艦橋内を暴れ回る。
艦橋内に据付けられた各種の魔導紋が、乗員達の座席が、伝声管が、茶の入った陶器のカップが、そして当然…人が。
一緒くたに艦橋内に撒き散らかされた。
(おのれ……しかし、本部への伝令は…果たせる…飛翔艇…報告を……届…)
ドゥルルルルル…カチッ
フイイイイイイイ…ゥウウウン
“サイレンの唄声”が鳴り止んだ時。
静寂が訪れた。
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戦場から少し離れた地点。
旗艦艦長が飛翔艇一艇を残していた空には何も無かった。
飛翔艇は旗艦艦長の命令通りに本部へ飛んだのであろうか。
波間に揺れる何かがあった。
待機させられていた飛翔艇である。
みれば風防ガラスに一つ、丸い穴が開いている。
その穴は操縦していた飛翔兵の頭を貫き、噴射口まで突き抜けていた。
戦闘直前、条髪の狙撃によるものであった。
墜落した飛翔艇は暫くの間、波間を漂っていたが、やがて波に呑まれ沈んでいった。




