『七島』下
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大陸からみて南西、七つの浮遊島からなる空域。
島それぞれは鬱蒼とした木々に覆われ、崖には蔦が垂れ下がる。
近い島同士にはその昔使われていたとおぼしき吊り橋が、未だ壊れずに繋がっている。
中央に位置する浮遊島はかなり大きく、なるほど砦の残骸が残っていた。
「………ここに寝泊まりすんのかよ」
桃色がげんなりした声を出した。これでは一族が細々と暮らす土地の方がまだましと云える。
そこら中に下草や灌木がわさわさと生えている。その中に石造りの砦があった。
蔦が絡まり合う砦は天井が抜けて陽の光が差し込んでいた。
「まずは砦の再建ですな、兵の訓練を兼ねて。早速取り掛かります」
先任曹長が何人かの纏めをしている下士官を集め、各部隊員達を働かせに向かった。
「おい!儂等の作業場を造るのが先だぞい!」
工房の老技師達も徴発と云う形でこの島へ渡って来ていた。
赤毛達は彼等の技術による武装を使っている。
今後飛翔艇や飛航艦の改装、各島へ配備する砲台等防衛設備など技師達の仕事は多い。
ならば、と赤毛は老技師に頼み込み、半ば無理矢理に連れて来た。
陛下御愛妾様の御威光の賜物である。
「取り合えず荷物を運ぼうか」
それからは砦の再建と防衛砲台の設置、新兵の訓練などに明け暮れる日々が続いた。
崩れた石壁を直し、雑草を払い邪魔になる木々を伐採する。古い吊り橋を外して掛け替え、道を整備する。
補給用飛航艇はひっきりなしに大陸との間を往復して物資を運び続けた。
その間にも二隻の飛航艦は工房の技師達によって改修を進められていく。
「だいぶ仕上がってきましたね」
「おいチビッ子、お前も荷物ぐらい運びやがれ」
「私は書類仕事で手一杯なんです、貴女代わりにやってくれますか?」
「おおぃ、ピンク色!油売ッてんじゃ無ェ!」
「…畜生め」
砦着任から三週間。
陛下御愛妾様部隊の拠点となる七島防衛陣地は完成した。
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開戦四ヶ月。
隣国軍本部が待ちに待った兵器が完成した。
飛翔艇である。
撃ち落とした敵国の飛翔艇が増えるにつれ、開発工房へ運び込まれる残骸も増えた。お陰で飛翔艇の全容も明らかとなったのだ。
もっとも、出来栄えは荒削りである。それは否めない。
取り合えずは数を揃える。性能の向上はその次の段階であった。
隣国各地にある工房で、飛翔艇は盛んに造られていく。
開戦当初より、隣国やや劣勢の形に傾いていた天秤が釣り合いを取り始めた。
それは戦の長期化を示すものであった。
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七島防衛陣地では今日も飛翔艇の訓練が行われていた。
赤毛達翔挺兵を目標に設定した追いかけっこである。
浮遊島と浮遊島の狭い隙間を選んで翔挺兵は翔ぶ。
それを飛翔艇が追いかける。
吊り橋を架けるくらいに狭い隙間だ。気を抜けば浮遊島の剥き出しの岩盤にぶつかるだろう。
「コース取りを覚えろ!どれだけの速度ならかわし切れるか肌で覚えるんだ!」
先任曹長の檄が飛ぶ。
この追いかけっこは翔挺兵達の練度向上にも繋がっていった。
七島諸島は現在、軽飛航艦がぎりぎり着水せずにその下を通れる高度となっている。
当然、二隻の飛航艦も島の下をくぐり抜ける訓練をしていた。
「こうして端から見てるとぎりぎりだなぁ、いっそ水の上を進んだ方がよくないか?」
「それをやると速度か落ちるんだと」
やはり旧式の艦より、元々部隊に配備されていた艦の方がこの飛行には向いていた。
両舷に設置された双発可動式噴射口の賜物である。
左右の噴射口を動かし高度速度を調節する。
「動きがアタシ等に似てねぇか?」
「アタイ等の動きを真似してんのさ、あの動きが出来る艦は他に無いだろうね」
開戦五ヶ月目、七島防衛陣地に『客』が現れた。
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軽飛航艦三隻、配備されたばかりの飛翔艇二十艇からなる編隊が七島浮遊諸島へ進軍している。
この浮遊島群は敵陣内、最近陣地として整備されていると情報があった。
敵部隊には『光の翼』を持つ特別な兵がいるとの噂だ。
その為、新造の飛翔艇に軍本部より発進命令が下された。
まず一当てして、その性能を探る。
勝てる。と云う見込みは低い。
なにしろ、この敵部隊に当たった飛航艦はことごとく沈んでいる。
如何に敵部隊が奇襲戦に長けているとしても異常な戦果と謂える。
しかしながら、対応策を考える為に必要な措置であった。
「………よろしく無いな」
旗艦を務める飛航艦の艦長は独り呟いた。
飛航艦はまだしも飛翔艇は一人乗り。軍本部のある大陸からの連続飛行は、肉体的にも精神的にも操縦者に多大な負担を強いている。
(一度休ませてやりたいものだが…)
七島浮遊諸島に近い島が無かった。
いや、あるにはある。敵国の勢力範囲内でなら。それでは休憩を取らせられない。
三隻の飛航艦には飛翔艇を収容する場所が無かった。そこまでの用意は出来無かったのだ。
「伝令!発光信号用意!『現在位置にて大休止』復唱の要無し」
(…これで少しでも疲れが取れれば、或いは)
発光信号を承けて全艦・全艇が空中で停止する。
飛翔艇も含め全ての飛航艇は、噴射口を閉じると船内の魔導紋の働きで任意の高度に浮いたまま停止する事が出来る。
それまでの強行軍を旗艦艦長は後悔していたが、新造の兵器がどの様に使用者へ負担を強いるのかは、使ってみなければ判らない事である。
大休止が終わる頃、旗艦艦長は告げた。
「我々の使命は“唄魔女”の正体を暴き、本国軍本部へ報告する事にある。敵の正体は不明な点が多い。各員の奮起を希望する」
赤毛達翔挺兵は“サイレン”と呼ばれていた。
使用する『多銃身回転式魔導銃』の甲高い回転音と低い連続発射音の重なりが、曲を奏でる様であったからである。
「発光信号!『進軍開始』復唱の要無し」




