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『七島』上


タラ族の小姓は命令文を読み上げていた。



「……という訳で、大陸から南西にある浮遊島地帯に移動です」



密集する七つの浮遊島の群れ、その中の一つにある砦を今後は駐屯地として使用すべし。という内容である。



「引ッ越しッて訳かい?せわしないねェ」


「やっと馴染んだんだがな」



赤と桃がぼやいた。


小姓はぽっちゃりした頬を強張らせ、口をへの字にする。



「御愛妾様、この移動は翔挺兵・飛翔兵を拡充…増やす為です。この場所では手狭なのは御解りでしょう?」


「増やすッて……どれくらいさ?」


「ちゃんと聞いてて下さいよ!翔挺兵は三倍!飛翔兵と飛翔艇は五倍になるんです!旧式ですが軽飛航艦一隻、補給用飛航艇一隻も付きます」


「………多いね」



それだけでは無い。


軍では要塞化を望んでいる。七つの島全てに武装化を施し、一つの要塞として運用する案だった。


これら七島は元々一つの大きな浮遊島だった。らしい。


それぞれの島の外縁部は、紙を手で破った断面の様に噛み合う形をしている。


いつの頃、どんな原因で割れてしまったのかは解らない。しかし元は同じ島だったのは疑い様も無い。


七島全て、同じ速度、同じ高度を保って上下動しているのがその証拠であった。



「それからえぇと……こちらの文書は……」


「まだあんのかい?」


「…こちらの文書は陛下からのものです」


「ぅえッ!?」


「『ぅえッ』ってなんです?『ぅえッ』って?…陛下から舞踏会へ参加する様にとの事です」


「やッぱり『ぅえッ』じゃねェか!?戦の最中に踊りだあ?アイツ頭おかしいんじゃねェの?」


「不敬ですよ御愛妾様」



赤毛と小姓のやり取りを聴いていた条髪と桃色が笑う。条髪は口許を隠して、桃色は腹を抱えて。



「ぅははははっ!御愁傷さん」


「…何笑ってるんです、貴女方も一緒ですよ?」


「はあ!?」


「…………何で?」




────────


戦時中であっても、政治は続く。


戦とは外交の一手段である。話し合いでは済まないと云うならば、殴り合えと子供の様な論理で戦は展開する。


どの様な政治形体の国であろうとも、自国の利、自国の益こそが正義であり、他国のそれとは相容れ無い。


自国の利益とはとどのつまり、国の民一人一人の幸福の追求である。もっとも、一人一人が同じ利益を幸とし福とする訳では無い。


国の利益、国の正義とは大多数の民、もしくは有力者達のものであり、少数派、力持たざる者までを勘案しない。


戦ではそれが顕著に表れる。


力持たざる者達は有力者に命ぜられ、戦地へ臨む。戦の無慈悲を味わう者は命令する側に居ない。命令する側の者は無慈悲では無く利益を味わう。


しかしながら、元々幸福と安寧を追求したのは誰であったのか?


利益が幸福への一手段であるならば、正義とは人の数だけ存在する。




────────



「…なぁ、アタシ等、浮いてねぇ?」


「うるさいね、アタイが一番浮いてんだよ?アンタ等なんか目立たねェよ」


「お静かに。御二人とも騒ぐと目立ちますよ?」


「……………つまらないわね」



六人の男女が広間の端に固まっていた。


正確には五人の女と子供一人である。


広間は大勢の男女が着飾って、優雅な曲に併せて踊っている。


ここは赤毛が以前顔を出す破目になった晩餐会と同じ広間だ。



小姓はいつもの文官服姿、これは構わない。


桃色以下翔挺兵達は軍服姿だ。この様な場所には実に似つかわしく無い。


赤毛はまたも化粧でソバカスを塗り潰され、夜会服を着せられていた。



「…ッたく、気が知れねェ。なんだッて戦の最中に遊んでんだか」




「これも政治と云うやつだ」




声を掛けたのは国王であった。



「……アンタ、王様なんだからうろついちゃあいけねェだろ?」


「なに、国王が自分の愛妾と話をするのだ、それとも貴様から玉座に来るか?」


「やめとく」



またも挨拶攻めにはなりたくない。赤毛は話を戻し、自分の情夫を自認する若者に訊いた。



「こんなのが政治だッて?」


「あぁそうだ。ここに集まっている者達はな、或る者は戦に使う銭を出し、或る者は他国から来て裏から協力してくれる」


「その為のおべッか遣いかい?……王様稼業も楽じゃ無いね」



「そうだな、その通りだ」



こんな事の為に兄弟姉妹は皆死んだ。



「王冠とは牢獄の首輪の様なものだ」


「それでもその王冠のお陰で戦に出ないで済んでるだろ」


「今のところはな。これからも、とは限らん」



若者は広間を振り返る。


そこには優雅な曲の流れる豪華な部屋。その調べに併せて踊る紳士淑女の群れ。


その中には若者の兄弟姉妹を亡き者とした連中も少なからず居る。


そして更にその中には………この戦を仕掛けた者も居る。



「…無論、証拠など無いのだがな」


「隣国に戦をふッかけさせたッてのかい?ソイツは何の為に戦なんぞやりたがッたのさ」


「自分が後押ししていた王子か王女が死んだから、だな。損失を補填する為だろうよ」



自分達が後援し擁立せんと欲した王子王女は皆死んだ。後援者達の足の引っ張り合い──暗殺合戦──によって。


若者が国王となり、今は正妃選び・側室選びである。


自分達の血縁、もしくは息の掛かった娘を次々紹介する。


それは世嗣ぎ誕生への布石、次の権力闘争への布石であり、この舞踏会の開催理由でもある。



「…じゃあ、ここで踊ッてる女の中から正妃を選ぶッて訳かい」


「まさか。それこそ戦の最中だ、顔見せ程度の話だ。暫くは正妃も愛妾も要らん」


「解らないねェ、戦の段取りつけといて…お妃選びさせようなんざ」


「危機感を煽る為だ。余が死ねば血統は途絶える、戦を演出して危機感を煽り、早めに世嗣ぎを作らせようと云う魂胆だ」



国王は舞踏の輪を冷ややかに眺めた。


この中から正妃も愛妾も選ぶ気は彼には無い。


世嗣ぎが産まれた瞬間、彼の価値は低くなるだろう。確実に。



「貴様とも暫くは顔を合わせられまい。砦暮らしになる前に顔を見ておきたかった」


「よく言うよ……アレだろ?アタイといちゃついてるところを見せて貴族どもを牽制したかッたんだろ?」



赤毛の言葉を聞いて若者は笑った。



「あぁ、その手があったな、失念していた」




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