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『地下牢獄の風景』上


地下牢。


一歩足を踏み入れると、すえた黴臭さが湿り気と共に漂ってくる。


独房の扉からは囚人の姿が見受けられる。


女だ。


背が低い様だが子供という程でもなさそうだ。


踞った女の首、両手両足にはそれぞれ魔力封じの紋が入った鉄輪がはめられている。


垢じみた肌、ぼさぼさの赤い髪、痩せた手足の様子から、暫くの間独房暮らしをしているのがうかがえた。


俯いた顔は陰になって表情が判らない。哀しんでいるのか、それとも呆けているのか…



ガチャリ。



軋む音を立てて扉が開くと、数人の衛兵に囲まれた貴人の姿が現れた。


若い男だ。


黒一色の衣裳は喪服の様だ。



「…その方が巷を騒がせた“グレムリン”か?」



男は興味深そうに囚人を見る。


…ゆっくりと赤髪の女が顔を上げた。



美人とは云い難い。


垢の浮いた顔にはソバカスが多く、元はふっくらとしていたであろう頬は牢屋暮らしで痩けている。


この世界では珍しい赤い髪も、ベタついて張りが無くなっている。


しかし、やぶにらみで隈のある垂れた瞳には鋭い光があり、への字に結んだ唇と共に意志の強さを感じ取れる。



その唇が…



…ニイィッと歪む。




(これはなかなか難物そうだ)



黒衣の貴人は女をそう評しながら同じく笑った。



「…誰だいアンタ?アタイの処刑人じゃ無さそうだけど」



乾いた唇から漏れたのはざらついてかすれた声だった。


恐らくはろくに水も与えられていなかったのだろう。



「そうだが、貴様の命運を握っているという意味でなら、似た様なものかもしれんな」


「…ふ~ん?」



衛兵が座り込んだ赤毛を取り囲む。手に抜き身の剣を持ち、いつでも貫ける体勢だ。


…繋がれた女一人に、である。


余人が見れば臆病と評するかもしれない。何が出来ると云うのか?


そんな衛兵どもの動きを眼だけで追いながら、女は呆れた声を出す。


貴人にはそれがわざとらしく聞こえた。



「ちぃッとばかし、大袈裟過ぎやしないかい?」


「黙っていろ!」



衛兵の一人が怒鳴りながら、懐から鍵束を出した。


女の両手両足の鉄輪を外し始める。


それを赤毛は胡散臭げに眺めていた。



「…首輪は?」


「それは最後だ…まずは風呂だな、その後で晩餐に招こう」




────────


数刻後。


この建物の中では豪華と謂える部類だろう大部屋に、黒衣の貴人が卓に着いていた。


その周りには衛兵達。物言わず静かに直立不動で並んでいる。


この部屋は食堂であろう。長い卓には白いクロスが掛けられ、拵えの良い椅子が並んでいる。


その一つに貴人は座っていた。



「…おぉ、見違えたな」


「お世辞はいらないよ」



衛兵達に両脇を抱えられる様に入って来たのは赤い髪の娘。


先程まで風呂場で侍女達に身体中をモップで擦られ、ざばざばと湯を掛けられていた。


当然の如く衛兵監視の許で、である。


侍女達の赤毛に対する扱いも、馬を洗う方がマシに思える有り様だった。


そうして丸洗いされた後は、それなりに見える衣裳を着せられ、この部屋へ。



確かに見違えた姿になっていた。女と呼ぶよりは、娘と呼べるくらいには。


娘は両脇を抱えられたまま、ずるずると引きずられる。長い牢屋暮らしで足が弱っているらしい。



「下がれ」



貴人の言葉に娘を椅子に座らせた衛兵達が一瞬躊躇する。


しかし、この者の言葉は絶対なのだろう。



「堅ッ苦しいねェ」



衛兵が離れると娘は赤い頭を左右に振り、肩の凝りを揉みほぐす。


不敵な態度だ。


そこらの娘なら足を揃えて真っ直ぐに座るだろう。身を固くして。


しかしながら、赤毛は足を組み、椅子に浅く腰掛けて横座りだ。片肘は卓に放り出している。


娘は、燭台の灯で貴人を見つめた。


燭台の灯など然して明るいものでは無い。しかし、地下牢の暗がりよりはまだマシである。


端整な顔立ちであった。


若い。恐らくは自分と変わらない年格好だと値踏みした。



「…それでェ、何処のお大尽様だいアンタ?」


「まぁ、先ずは食事にしよう…運ばせろ」



貴人の命令で侍女達が料理を運ぶ。


彼女達の瞳にはうっすらと、赤毛に対する嫉妬と羨望が映っていた。


娘の前の皿にスープがよそわれる。



「………食えるんだろうね?」


「同じ料理を余もいただくが?それでも信用ならんか?」


「…一服盛られて捕まッた後だからね」



眠り薬を使わなければ、娘は捕まりはしなかっただろう。


思い出したのか、赤毛はへの字口を更に曲げて鼻を鳴らした。



ズルズルと音を立ててスープを呑む赤毛は目の前の貴人から目を離さない。



「音を立てて飲むものではないぞ?」


「生憎こちとら山だしでね、お貴族様方の様には出来無いよ」


「そうだな、チベ族は街に居らんしな」



チベ族と聞いて娘の眉が険しくなる。



「アンタ等レキ族の知ッたこッちゃ無い、だいたいアンタんトコの王様が元凶じゃないか」



少数民族のチベ族は国家の主たるレキ族に迫害されていた。


数は少ないながらチベ族にはレキ族を凌駕する能力がある。


チベ族は、男は筋骨たくましく、女は魔力に長けていた。レキ族が脅威と感じる程に。



『怪物と魔女』



レキ族はチベ族をこう呼び、人扱いしない。


それは国家としての政策、王は少数民族を虐げる事で民衆の不満のガス抜きに利用していた。



「その政策を変えても良い。貴様次第でな」


「はぁ!?」


「チベ族への迫害を止めても良い、と言ったのだ“グレムリン”よ」



カランッ



赤毛がスープ皿に匙を放った。


眼光が更に厳しくなる。



「………アンタに何の権限があるッてのさ?」


「あるとも。余が王だからな」


「何言ッてんだい!王様は爺ィだろうが!?」



貴人が娘を見据える。口許にはうっすらと笑みが浮かんでいた。




「そう、父王は身罷られた。息子である余が今は王だ」




衝撃的な言葉である。


しかし、娘は首を捻り、瞬きで応じる。



「…………なぁ?ミマカラレタッてのは何だい?」


「む?解らぬか…簡単に云えば死んだという意味だ」


「簡単に言え!簡単に!……そうか…死んだのか…ッて?アンタが息子!?」



さすがに驚いたらしい。


思わず立ち上がりかけた娘だったが、膝に力が入らず椅子に尻を落とす。



「………アンタが…今の王様…?」


「如何にも。即位は喪が明けてからだが余がこの国の…」



若者が語り終えぬうちに、それは起こった。


赤毛の娘、その背中から二筋の紅い光が翼の様に広がる。


その光翼の一打ちで卓を一瞬のうちに飛び越え、国王の首に手を掛けた。



「待て!下がれ!」



若き王の言葉は赤毛に対してでは無い。


王を救わんと殺気立った衛兵達へ向けたものだ。若者は両手を広げ、手振りで衛兵達を退ける。


若き王は間近にある娘の顔を笑みを浮かべて見つめる。そこには彼を睨みつける二つの瞳があった。



「……ぐぅッ!糞ッ!」



既に娘の背中からは翼の様な光はきえていた。


ぜいぜいと息を荒げながら、掴み掛かったその腕には…力が入らない。



体力の限界であった。



「…さて、“グレムリン”よ。話を続けても良いかな?」



若者は娘の華奢な身体を抱き抱えると、隣の席へ降ろした。




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