烈華少女キリカ
太陽は、玄黒山に沈もうとしていた、次の歩哨の当番まで、四刻以上もある。齢たった十六歳の少女、切華は退屈しきっていた。軍師真将軍の野営の指示が早すぎたのだ。
切華は背も低く、いわゆるちんちくりん、鼻も天を向いており、目も細い。頬には、天日の下で剣の修練をしすぎたのか、そばかすだらけ、見てくれは、そんなによくない、いいのは、小ささゆえの身の軽さと運動神経だけ。
切華の横を、身の丈十八尺の巨人兵が岩を結びつけた鎧を着てどしんどしんと歩いて行く。陣立ての先頭に立ち、防護柵の代わりをするのだ。巨人兵たちは、賢くはないが、誉れ高き種族だった。
軍師真将軍は、玄黒山からの夜陰に紛れて、魔族の下山しての攻撃を恐れて、山の手前、二里のところで、陣をはった。
それは、軍師真将軍が愚かでない証拠だったが、稲の刈り入れまでに帰還したい、南部の湖南屯の諸将には大層不評だった。
捕らえた、魔族の斥候兵たちは、玄黒山に近づけば近づくほど、木組みの牢の中からでも、不吉な誣告の歌を低い声で歌い続けた。牢番人が何度木組みの間から棍棒で殴りつけ、虜囚の歯を幾本折ろうが、誣告の歌は止まなかった。
これは、東伐軍の諸将、諸兵を眠らせない意味もあったのだろう。行軍の疲れと慣れから、全将兵、飯さえ食えば、腹がくちくなって、ぐっすり寝られた。
虜囚には過酷な死が戦の前にあるはずである、それに言葉は風に過ぎず切っ先であるはずがなかった。
猪の干し肉と冀北屯の黒豆の粥を食べた、切華は、いよいよ退屈しきり、陣中の数少ない、同世代の幼い欠損魔導僧をからかいに行った。欠損魔導僧はみな盲目であったり、聾唖であったり、麻痺が残ったり、実際に欠損していたりし、歩けなかったり障害者である。しかし長年の修行の末、魔導の能力を身に着け、行軍進撃ならびに輜重、戦そのものを大いに助けていた。
切華は、欠損魔導僧が車座で囲んでいる焚き火のところまで長剣の鞘をひきずりながらやってきた。
「切華だろ」
禿頭のひときわ小柄な少年魔導僧が声を上げた。大きな一つ目を描いた目隠しで両目を覆い、真っ白な僧服を着用している尹開である。白いはずの僧服は汚れ、もうほとんど元の白い色はどこにも残っていない。尹開は盲目である。
「これ、尹開、声が大きい」
年嵩の魔導僧、慈己が諌めた。慈己は、足が悪い様子である。工兵のつくった、押し車の荷台に乗ったままだった。
慈己が窘めても、禿頭の小柄な尹開は、声を潜めなかった。
「鞘をひきずる音でわかる」
尹開はまだ十一歳でしかない。
「私が、わかっても、ここがどこかわかるまい、このメナシめ」
切華は、わざと差別語を使った。
「わかるわ、この幼き女剣士」
尹開と違う、盲目の魔導僧侶、微科が応えた。
「もう日が暮れ、みなそれほどうまくもない夕飯を喰らい、星が玄黒山をのぼり、月齢、猿の月の月が昇る頃じゃ」
「見えないのに、どうして分かる?」
「風が、匂いが、音が、寒さが、すべてが教えてくれる」
「魔導僧侶にはかなわん」
切華が応えた。
「玄黒山には、魔族の先駆けがうようよじゃろ、焚き火の煙から我らの兵の数をはかっとる。柵代わりにされとる少々オツムの弱い巨人兵も大変じゃて」と噛み薬草を噛みながら微科が言う。
どかっと、この魔導僧侶たちの車座に切華は胡座をかくと、きり出した。
「臆病者の軍師真が進軍を遅らせたので、暇でしょうがない、読むものをくれ」
「五国一の女剣士よ、メナシに読み物をくれとは、これ、いかに?」
と尹開。くすくすくすと、盲目の魔導僧侶たちが、顔も合わせず笑い出す。
「悪いか」
切華も負けていない。
「しょうがないやつじゃ、五国一の女剣士よ、これでも、読んで、時を潰せ」
尹開が、一冊といっても、大分紙とじの部分の糸がほどけた、書物を渡した。
切華は受け取った。
「なんの書物か、訊かぬのか、五国一の女剣士よ」
切華は、立ち上がると、割り当てられた、陣立てに戻ろうとした。
「読めれば、なんでもよい」
「猛る海の向こう東夷の少女が書き記した、徒然なる記録じゃ」
尹開が教えた。
切華は、言った。
「さすが、魔導僧侶の書物よ、ちっとも面白くなさそうじゃ、東夷なんぞ醜女で腰抜けの臆病者共であろう、しかし、暇つぶしにはなるわ、例を言うぞ、尹開」
切華は、陣立ての中、酔った、醜男共の口にするのもはばかられるような、卑猥な誘い文句を無視しながら、己の陣幕まで戻ると、背中にはためかせていた、長幕をびろんと下生えの草に引くと、そこに、うつ伏せになり、肘を立てると、尹開から渡された書物を読み出した。
と、、ブーンブーンブーンブブーン。
と頭の中で、虻が飛び始めた。
「これは、魔導の技か」と切華は独りごちた、
切華は、大楠茉優に転生し、都立北葛飾高校の一年七組の教室で、世界史の授業を受けていた。
教壇のメガネを掛けた、世界史の教師は、丹王朝の長栄の役について説明していた。
「えー、このときの軍師真将軍の策略は見事で、莫狄の王、段全亜菱の裏をかき、完全に、莫狄の背後を付くことに成功しまし、、、」
『あああ、なんで、退屈なんだ、この本の中でも、、、』
切華こと大楠茉優は、教室のど真ん中で独りごちた。ここも、軍師真の陣でも、同じだった。みなが、同じ服を着て、きちんと整列して、座っている。
大楠茉優は、机のカバンを掛けるところに、カバンのかわりに、長剣をぶら下げていた。
その時、終業を告げる、チャイムが鳴った。
「それでは、今日の授業は、これまで、次回は、丹王朝の末期の改革、慶周の改革をやります。一応、予習しておいてください」
日直が声をかけた。
「起立、礼、着席」
簡単に終わりのHRを担任が済ませ生徒がそれぞれ騒ぎ出す。
カバンでなく、なぜか、長剣を持って帰る大楠茉優。
茉優に声をかけた、男子がいた、同じクラスの須田仁である。
「茉優、さ、ちょっと今日空いてる?付き合ってくんない?」
大楠茉優は、長剣で切り捨ててやろうかと思ったが、やめた、須田仁は、割りとイケメンである。
しかし、この本は退屈だ、卑猥な誘いを書けてくる男、これでは、軍師真の陣と同じである。
読むの辞めようかな、、、、。
ブーンブーンブーンブブーン。
と頭の中で、虻が飛び始めた。
切華は、海の向こうの東夷の書物を閉じた。玄黒山の麓はすっかり日が暮れて、真っ暗である。もう寝息すら聞こえる。陣内を平気で売春婦があるき出している。
玄黒山を見ると、稜線のあちらこちらに、灯火の灯りが見える。魔族である。
切華の表情が閉まる。虜囚となった、魔族の斥候達の低い誣告の歌声が聞こえる。
もう慣れたが、不気味なことには、違いない。
総攻めは明日だろう。
切華は、また、東夷の書物を開いた。
ブーンブーンブーンブブーン。
と頭の中で、虻が飛び始めた。
「こっち、こっち」
須田仁は、まず、大楠茉優をファーストフード店に連れて行った、高校生にはこれぐらいがやっとだ、あとは、座席が設置してあるコンビニか、、、。クラスメイトについて、鞘にはいっているものの、剣帯がないため長剣をもったまま、ファーストフード店に入る、女子高生。誰もとがめない。
日本には、銃刀法があるのだ、おもちゃに決まっている。
間が持たないのか、やたら喋る、須田仁。
「あのさ、この日常っていうか、さ、今の、生活っていうかさ、政治ってどう思う?」
何言ってのこいつ?。
「どうして、こう世の中が、よくならないか、とか、思わない、漠然とだけど、、、本当に漠然と、、なんでも、いいんだよ、問題提起はさ。きっかけってやつ?」
漠然とだけど、おまえがおかしいって、思うよ、マジで、と茉優は思った。
「今日さ、このあと、集会があるんだよ、悩める青少年たちが一歩、踏み出す」
あえ??。何これ、デートじゃないの?。
「でね、、」
しかし、よく喋る、この男は、イケメンでなければ、切り捨てているところだ。
須田仁がコンク・ジュースをストローでズズズって言わせだした。金無しの高校生、さすがにSサイズはお互い辛い。
「私、そういうのよくわかんないから」
これはヤバそうだ。茉優は、やんわりと断りを入れだした。
「ちょっと付き合ってほしいのよ、ほんのちょっとだけ」
ここからが、マジのデートなのか、、、?。東夷どもは面倒チックで、ややこしい。
須田仁と長剣を携えた茉優は、そのまま、だらだら市の大きな公園に行った。
公園には、なにやら旗指し物に、のぼりが乱立している。かなりの人も集まっている。
なぜか、旗の色は、赤が多い。
これも、軍師真の陣と同じである。
公園の広場の入口には受付があった。そこで、年齢不詳の若者に須田仁は声をかけられた。
「おおっ須田くん、早くも、一名ゲット!、やるじゃん」
「はい、立山先輩、こちらは、同じクラスの、大楠茉優さんです、茉優さん、こちらは、青年労働連合同盟の立山先輩です」
と言われながらも、この立山という男、きちんと就労しているようには、全然見えない。
ブーンブーンブーンブブーン。
と頭の中で、虻が飛び始めた。
やっぱり、無理だ、この東夷の書物、サイコーに面白くない。これなら、まだ星でも眺めているほうがマシだ。そう思い、。切華は書物を一旦おいたが、酔った剣兵がフラフラ切華のほうに歩いてきたので、目を合わせぬように慌てて、書物を開いた。
ブーンブーンブーンブブーン。
と頭の中で、虻が飛び始めた。
須田仁に変わり、立山が今度は、トーキング・マシーンとなって、喋りだした。
「でね、大楠さん、会費は、須田くんに免じて特別サービスするけどさ、今日のね、寄付という形の、参加費がね、、、」
えっ、金取られんの、、?茉優は長剣の柄をぎりっと握り直した。
その時だった。
ピーっとすごい勢いで笛が吹かれ、拡声器による、割れた大音声が公園内に響き出した。
「こちらは、県警です。この場所での集会は一切認められていません。直ちに、解散しなさい。繰り返します、直ちに解散しなさい」
声の主は見えなかったが、黒い盾を持ち、面頬のついた黒い兜をかぶったもった何重にもなった横帯が迫って来た。これは現実か書物の中の出来事なのか?。
と同時に、赤い旗指し物で、集まっている集会の人間たちも、拡声器で、
「公権力に負けるな」
「断固反対」
「総理の退陣を即刻要求!」
「賃上げ」
「同一労働同一賃金」
「保育所の設置」
「サブロク協定を守れ」
「サービス残業の廃止」
とか、口々に叫びだした。もうなにがなんだか、わからなくなった。
しかし、戦争とはこういうものだ。
そして、どこからか、放水が始まった。
と同時に、
「押しだせ」集会側の指揮官と思しき人物がハンドマイクで命を下した。
集会は、一気に、黒い盾と武装した集団に前進を始めた。
戦端は開かれたのである。
茉優は、須田仁のほうを見ると、須田は、勇敢にも、黒い楯のほうへぇ、、うわぁ、、、、、、と、意味不明な名乗りを上げながら、突貫をおこなっていた。
しかし、立山先輩は、その他、数人と敵に背を向けて、我先にと逃げ出した。
これも、戦場では よくある光景である。
大楠茉優いや、切華は、長剣の鞘を抜くと、剣帯を装着していなかったせいもあり、鞘を捨て抜き身をもって、須田仁に続き、県警に突撃した。
気がついたら、茉優は先陣を駆けていた。
「えあああああ」
烈火の気合で、茉優は県警の機動隊の一列目の盾を飛び箱の踏み板のようにして、香港映画のワイヤー・アクションさながら飛び越え、敵陣に単身降下した。
この東夷の書物おもしろいじゃん。
機動隊の真ん中に降り立った茉優は、
「秘技、十首落とし!」
そう言うや、、長剣の柄ギリギリを握り、リーチを最大限に活かし、だーっと円を描き、機動隊隊員の十人ぶんの首を落とした。
円周を描くように、首がぼとぼとと落ちていく。躰は、動脈から噴水のように血しぶきがあがり、まるで、何かの芸のようである。
「ひー、この女、刀を持っているぞ、、、」
機動隊の中から、悲鳴にもにた叫び声が上がった。
機動隊も活動家の面々と同じだった。茉優につっかかってくるものもいれば、一目散に逃げるものもいた。また、後ろからの圧力で、無理やり、最前線に押し出されるものも、いた、様体は活動家側、デモ側も機動隊側も同じである。
「秘技、五突貫、噴血花!」
茉優は、五人ごと、長剣で腹部を串刺しにすると、そのまま、横にないだ。
血しぶきと臓腑が、刀をないだ側にどばーっと飛び出て、血の花が咲いたようになった。
五国一の女剣士はどんどん技を繰り出した。
「秘技、二重足首払い!」
茉優は、しゃがみ下手に刀を構えるや、十人分の足首を全て切り落とした。
「ぐえええええ」
「ぐわあああああああ」
茉優の進むところ、突き進む場所に、血の道と血の海ができた。まるで、呂布か為朝である。こんな雑兵を幾ら斬ったところで、拉致があかない。
目指すは、本陣、大将の首。
茉優は、切り結んだのちに、指揮司令車らしき、警察車両を見咎めると、一目散にその鉄格子で窓を守られたバスへ駆けた。そして、放水が茉優に狙いを定める一瞬前に疾駆し、長駆して、バスの天井の司令席まで、飛ぶと、
「秘技、必殺対人殺傷剣、月下直噴首刈り!」
を繰り出した。
これまでの秘技は、戦場での一対多に対する、技である。此れは違う。確実にこのデモ集会を鎮圧に来ている、県警の現場司令官の首をはねた。
DJポリスならぬ、地方採用の叩き上げの草野警部の首は、公園の外まで飛んで行き、この県を支配していたさる著名な戦国大名の首塚まで飛んでいった。
茉優は思った、この書物、めちゃくちゃおもしろいじゃん。
ブーンブーンブーンブブーン。
と頭の中で、虻が飛び始めた。
切華は、この東夷の書物、めちゃくちゃ気に入った。欠損魔導僧侶の尹開に返したくないぐらいである。今宵限りは惜しい。ずっと手元に置いておきたいぐらいである。
切華は、読み終え、書物を横においた。
東の空が白々と明けていた、
ぶおーっと角笛が、鳴りひびいた。、
突撃の合図、戦陣太鼓が、どんどんどんリズムカルになっている。叩いているのは、力の強い巨人だ。
「敵襲、敵襲!!」母衣を付けた、馬に乗った使番のお触れが陣幕を駆け巡る。
夜明けとともに、魔族は、玄黒山を駆け下りてきた。
上空には魔族のグリフォンが幾匹も飛び、首には、魔族の将校が足には、特別降下隊が左右の足に、二名づつ載っている。
軍師真の陣では、欠損魔導僧侶たちが、魔族の攻撃を寸分違わず、再現し予測し、軍師に伝える。先陣に居る巨人が、吠え、暴れだした、切華も陣の先まで、ダンビラをひきずりつつ、急ぐ、手柄を取られては大変だ。
まず、虜囚として、囚えられた、魔族の斥候たちが、檻から出され、一人づつ、魔族の目の前で首をはねられていく。
そして、幻獣使いが中華の各地から連れてきた、幻獣たちが放たれる。
犬と熊の間のような獣六歩の足を持つ、混沌。
針のような毛の生えた、牛、窮奇。
人の顔を持つ、虎、檮杌。
これまた、人の顔をもち、角に虎の牙をもち、体は牛か羊をした、饕餮
放たれた、瞬間に、幻獣使いたちが、逃げ惑っているぐらいだ。
最後に、この軍を率いる、総大将、軍師真は、五色の色で彩られた羽を持つ、鳳凰にまたがり、戦況を上空から確認し指示を出す。
魔族は雲霞の如く、次々と玄黒山を駆け下りてくる。
切華も巨人や幻獣とともに、駆け出した。
勝つのは、どちらの陣営だ!!。