第7章 細川幽斎「家督」
その日の正午、私達は細川忠興に連れられ叡山を後にした。忠興は、倒れた秀吉に代わり、実権を握っている石田三成の動きが慌ただしくなっているのではないかと推察し、今日中に大坂に戻ることを決心したのだ。光秀は午後に比叡山を発つと言い、延暦寺の山門にて私達の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
時をさまよう私と未来。
近い未来や近い過去なら、再び巡り合うこともあるかもしれないが、世の中そう甘くはない。この世に運命が存在するというのなら、私達は忠興と運命の糸で繋がっているのかも知れない。
今は、忠興という運命を信じることが、私達が進むべき道であることを信じるしかなかった。
忠興の行列は足早に大坂に向った。私と未来は行列の最後尾をゆっくりと徐行しながら車を走らせた。
「なんか、よく解んないんだけど・・・・・」
未来はゆっくりとハンドルを操作しながら、アクビをして私をチラッと見る。
「珠緒・・・・・」
「なに?」
私は、顔を上げた。
「何やってのよ?」
「何って・・・・・、地図を見ていたの」
私は暇つぶしに道路マップを広げていた。
「地図って・・・・・。それロードマップじゃない」
「そうね、約四百年先ってことになるわね」
私は澄ました顔で、そう答えた。
「四百年先ね・・・・・」
途方も無い時間の流れを愁う、未来。そんな未来の気持ちをなどそっちのけで、わたしはロードマップに指を這わせていた。
「あっ!」
「何よ?」
未来は、私の声に驚いて、ブレーキを踏んだ。急ブレーキの音に前方の行列も泊まる。
「ほら、これ、ここ。ここがこの道じゃない?」
私は、ロードマップの中の旧街道が自分達が走っている道を見つけたのだ。未来は頭を抱えて首を振る。
「そんなもん見つけたって、意味無いじゃん」
「そ、そうだけど、ヒマなんだもん」
そう言って、私は白い歯を見せて笑った。
「どうかされましたか?」
忠興が助手席の窓から車内を覗き込んで言った。
「忠興さん。珠緒ったら役に立たない物見て遊んでんのよ」
「はあ?」
「役に立たないって・・・・・。それは酷いんじゃない?」
私はムクレた。
忠興は、私の膝の上のロードマップを見つけた。
「これが、事の発端ですかな?」
そう言って忠興は、ロードマップを手にとって見た。
しばらく、マップに見入る。
「こ、これはっ!」
「ど、どうかしましたか?」
ただならぬ忠興の反応に、私と未来は首を傾げた。
「これは、道は違えど地形は似ておりまする」
「そ、そりゃそうでしょ」
未来が溜め息交じりで答えた。
「未来殿、役に立たないと申されたな?」
「ええ」
気圧される未来。
「この地図を戴けぬか?」
たった一冊のロードマップに血相を変える忠興に、私と未来は顔を見合わせた。
「ど、どうする、珠緒?」
「どうって、このロードマップは未来のだし・・・・・」
「このまま元の世界に戻ることが出来なければ紙屑同然だし、まあ、高価な物でもないし、元の世界にに戻れたら、また買えばいいかっ」
未来は忠興に笑顔で答えた。
「おおっ、忝けない」
ロードマップを受け取る、忠興。食い入るようにマップを覗くが、等高線や幹線道路の距離表示がメートル法であったりして、いささか勝手が違う。
「忠興様、お駕籠へお戻り下さりませ。急ぎませぬと大坂への到着が遅れまするぞ」
家臣の一人が、寄ってくる。
忠興が、駕籠から降りて列が停滞したままになっている。
「もうしばらく待て」
忠興は、ロードマップに夢中で駕籠に戻ろうとしない。
「しかし、このままでは・・・・・」
困り果てる、家臣。
私と未来は、顔を見合わせて溜め息を吐いた。
「今夜、宿場でマップ・・・・・。地図の見方をお教えしますから、一先ず駕籠にお戻り下さい」
私はそう言って、苦笑した。
「う、うーん」
と、忠興は唸る。
忠興は、私と駕籠を交互に見て、微笑んだ。
「この車に珠緒殿未来殿と一緒に乗る!」
「やっぱり・・・・・」
私は、そう呟いて苦笑した。
「そ、そんな、ご無体な・・・・・」
と、頭を抱える家臣。しかし、立ち直りは早い。
「忠興様の御駕籠を空にして運ぶなどできませぬ」
「それでは、御主が駕籠に乗ればよい」
「そういうことではございませぬ」
「何が言いたい」
「この乗り物は、列の最後尾で護衛が出来ませぬ・・・・・」
しばらくして・・・・・。
未来の車は、忠興の隊列の中心に移動した。
勿論、車中の忠興を護衛する為にである。但し、空の駕籠は、最後尾でなく、車の後ろを付いてきていた。
未来は運転。私と忠興は、ロードマップを広げて、後部座席に並んで座っていた。
私は、地図の見方を先に説明した。
まず、除外するべき部分として、高速道路・直線中心の幹線道路。これは都市計画法にもとづく区画整理事業が制定されてからのことである。逆に細く長く続くはっきりとした道には、その横に旧街道の名前が表示されている。この旧街道こそが、この時代の幹線道路になるはずである。次に市街地部分は平地や盆地になっていることが多い為、規模の大小の違いがあっても極端な地形の変更は無かった。
但し、少々ややこしいのが、戦後になって急激に開発された部分があった。あちらこちらに山を大きく削り取った部分であった。そう、ニュータウンと呼ばれる場所である。山には等高線があるが、ニュータウンの開発規模が大きいほど、等高線がハッキリしないのである。私はロードマップに三色のマジックを使って、街道をなぞりニュータウンに×印をつけたりしながら、忠興に丁寧に教えた。
「これが、こうなって・・・・・」
「ほう。」
「これと、これと・・・・・。こういうのがニュータウンだから、バツ!」
「それでは、これも、にゅうたうんですかな?」
と、地図を指す忠興。
「そうそう、さっすが忠興さん、飲み込み早い!」
「いや、それほどでも・・・・・」
「だって、ロードマップを見たの初めてなのに、凄すぎ!」
私と忠興は、ロードマップ一冊で盛り上がった。
「ちょっと、お二人さん。仲がいいのは結構なんですけど、もチョット遠慮してくれませんかね~~」
未来がルームミラーを通して、冷やかす。
「な、なに言ってんのよ」
私は、後部座席から運転席の未来の方を叩いた。
一瞬、未来のハンドルが揺らぐ。
「も、もう、何すんのよ!」
「未来が変なこと言うからでしょ!」
「私は別に構わないけど、廻りがね・・・・・」
未来のその言葉に、周囲を見回す、私と忠興。
私も忠興も、同行する数人の人々と目が合い、その人々は、目が合うと同時に視線をそらした。
私は急に恥ずかしくなって、顔を赤らめ俯いた。
忠興は、「誤解を解く」と、言ってドアに手を掛けた。
「駄目よ!」
未来が声を掛けたが、ドアのロックが外れる。未来の声に顔を上げる私。未来は忠興に気を取られ、再び車が蛇行する。
ドアが一旦大きく開いて、未来がハンドルを切ると同時にドアが閉まった。そして、その勢いで、バランス崩した忠興が私に抱き着く形になる。そこで、未来がブレーキを踏み込んで車を停めた。
車の蛇行に、周囲が益々視線が集まる。
振り返る未来。抱き着いたままの私と忠興。
「何やっての?」
冷めた表情で、言葉を吐く未来であった。今度は忠興が慌てた。
急いで私から離れると、
「皆、怪しからん!」
と、言って再びドアに手を掛けようとした。
「待って」
そう言って未来は、忠興の横のパワーウィンドウを掛けた。
忠興は上から下へ、視線を運ぶ。
「忝けない」
赤面の忠興。
それから忠興は、窓から首を出す。
「やましいことはない。列を乱すな」
と、少々バツが悪そうに言った。
後ろから黙って運転している未来であるが、肩だ笑っていた。
ー 大坂 ー
現在の大阪府にあたる。
豊臣秀吉の居城、大坂城は長年人々に親しまれている。
大坂城下は、商業都市として栄えた代表的な町並みをしていた。通常、城下町は隣国から攻め込まれた場合を考慮して、入り組んで通り抜け出来ないようになっている。しかし、秀吉は、経済の活性化を優先させる為、曲がりくねった通りを整理し、人々が往来しやすいように町並みを変えた。これが、日本で初めての「区画整理事業」といわれている。
そしてその後も街は変わる。水の都と言われる大坂は、船を使って商品を運ぶことで、大量の取り引きがなされている。特に現在の繁華街である大阪市中央区の南部(旧南区)には、平野の豪商、安井道頓がその私財を出し治水工事を行い運河を作ったため、商取引が一層盛んになり現在の街が出来た。人々は道頓の功績を称え、その堀を「道頓堀」名づけている。まさに、大坂商人の街でなく、商人の為の大坂の街なのであろう。
細川忠興の屋敷は、大坂城の南西、道頓堀の北東、「玉造」にあった。そう丁度、大坂の象徴の中間地点である。
細川邸に着いたのは、夜もとっぷりと暮れた頃であった。
比叡山から大坂までは、馬の早駆けでも半日を要する。整備されていない道路に、多勢の移動となれば時間が掛かる。街灯が無いこの時代、比叡山からの出発が午後となれば、道中必ず陣を張る。
しかし、細川忠興一行は大坂城下の細川邸に無事に到着した。未来の車のヘッドライトが大いに役に立った。遠方を照らし出す明るさに増して、闇に輝くライトそのものが夜盗から一行を護った。
「珠緒殿、未来殿、お疲れでございましたでしょう。ここを我が家と思って何なりとお申しつけ下さい」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
わたしは、微笑んだ。
「これこれ、運転していたのは、私だってばっ!」
と、未来は足を投げ出した。
灯篭の影が揺らぐ。
「そ、そうでござった。未来殿、お世話になりました」
「いえいえ。こちらこそ、お世話になりっぱなしですからね」
「何よ、未来。角が立つわね」
私が見かねて、口を挟んだ。
「そんなんじゃないけど、チョット、妬けるじゃない」
その言葉に、私と忠興は真っ赤になった。
間も無く、部屋の外で物音がした。
「だれだ?」
外の気配に、忠興の表情が変わった。
「忠興様。ご隠居様が興しになられました」
「何。父が参られたと?」
「御意」
「解った、直ぐ行く」
忠興が答えると、外の家臣は姿を消した。
「忠興さん。藤孝さん・・・・・。じゃ無かった、幽斎さんがいらしゃるのなら、私達もご挨拶を」
そう私が言うと、忠興は微笑んで答える。
「ご配慮、恐れ入りますが、本日はお休み下さい」
「なぜです?」
「今夜は遅い。父にお合いになれば、遅くなります。明日ゆっくりご挨拶頂けばよろしいではございませんか」
「そうだよ、珠緒。夜遅くなったら幽斎さんに悪いし・・・・・」
未来が私の肩を叩いて言った。
私は、しばらく考えた。
「幽斎さんに失礼でなければ・・・・・」
「父には、私から話しておきましょう」
「忠興さんが、そうおっしゃるのなら・・・・・」
私は、軽く二三度首を縦に振った。
「では、お双方、本日はお疲れでございましょう。ゆっくりお休みなされ。明日は、城下などご案内致そう。どこかご希望はございますかな?」
忠興は、私を見て未来を見た。
未来はニッコリ笑った。
「もちろん、おいしい食べ物。大阪といえば、なんたって食いだおれよね!」
「食い・・・だおれ・・・?」
どうやら忠興にとっては、初めて聞くフレーズらしい。
「ははは、未来ったら下品ね。つまり、名物ですよ。名物」
「何よ、珠緒ってば上品ぶっちゃって!」
むくれる、未来。忠興は微笑む。
「大坂は天下の台所。おいしいものはたくさん御座いまする。取って置きの料理をご案内いたしましょう」
「ヤッター!」
未来はガッツポーズまで見せて喜んだ。
忠興は、再び私を見た。
「珠緒殿は如何かな?」
「は、はい。私は別に・・・・・。あっ・・・・・」
「何か?」
「ええ、その・・・・・」
「遠慮無く申されよ」
忠興はやさしく言った。
「何よ、珠緒」
と、未来。
私は、しばらく考えて口を開いた。
「礼拝堂へ・・・・・。礼拝堂がございましたら、ご案内頂きたいのですが・・・・・」
「教会のことですか?」
「そ、そうです。いけませんか?」
比叡山で高山右近や事実上のキリスト教への弾圧は知っていた。しかし、忠興の返事は柔らかいものだった。
「よろしいでしょう。但し、条件が御座います」
「条件?」
「はい、私にとて立場があります。あくまでも城下の見物ということでよろしいですかな?」
私は、礼拝さえできれば良いと思った。
「あ、ありがとうございます」
と、私は答えた。
「それでは、父が待っておりますので、これにて」
忠興は、私達に会釈をすると部屋を後にした。
「だめよ。忠興さんを困らせちゃ」
未来は、大人ぶった口調で言った。
「私は別に・・・・・」
「ウソ。解っていたくせに!」
「そ、それは・・・・・」
「まあ、いいじゃない。なんにせよ、教会に行けるのだから。但し、忠興さんに責任の及ぶような軽率な行動はしないでよ」
「わ、わかっているわよ」
「そんなら、いいのだけどね~」
未来は横目で私を見る。私は思わず眼をそらしてしまった。
一瞬の沈黙。
「ぷはぁ~っ!」
未来が大きな溜め息を吐いて、座敷の真ん中に大の字になって転がった。
「あ~疲れた!」
「も、もう、未来ったらだらしない!」
「だってホントに疲れているのよ。珠緒は運転免許を持ってないから分からないかも知れないけど、行列と一緒にチマチマ走っていたのよ。もうクタクタよ」
「クタクタって・・・・・。他に車も走ってないし、信号も無いし、ノンビリしていたじゃない」
私がそう言うと、未来は人差し指を立てて、メトロノームのように数回振った。
「チッチッチッチッ。そうじゃないんだよねぇ。例えばね、行楽シーズンなんかで渋滞したときなんか、結構ストレス溜まるのよ。そんでもって、忠興さんが車に乗ってからは、護衛の侍が張り付いて、危ないったらありゃしない」
「そ、そうなの・・・・・」
タラリと冷や汗の私。
どうやら私は、未来の不満の導火線に火をつけたらしい。
「ハンドルを握っているこっちの身になってよ。だいたい、珠緒も忠興さんも・・・・・」
「その件は、本当に悪かったって、ゴメン」
「まあ、いいけど、道だって舗装はしてないし、橋は狭いし、山のカーブは急だし・・・・・」
言葉では「疲れている」と言っていた割に、かなり元気そうな未来であったが、間も無く小言が寝言に変わった。
時間を越え、時代を越えて、不安な日々を送っていた。明日が不安だった。
私は、この時代で初めて「明日を迎える」という期待をもって床についた。
細川邸別室。
忠興は、父・幽斎と杯を躱していた。
「忠興。あの二人と再び出逢ったそうじゃな」
「はい、偶然でございますが・・・・・」
「邸内にあの鉄の車があったでな。すぐに解った。して彼女らは何処かな?」
幽斎は、猪口で口を潤した。
「お二人とも、父上にご挨拶したいと申されておりましたが、夜も深けてまいりましたので、お休み頂きました。明日朝一番でご挨拶に参られます」
「そうか。早々残念ではあるが、楽しみは明日に取っておくとしよう」
幽斎は猪口を下ろした。忠興が空になった幽斎の猪口の酒を濯ぐ。
「よい、手酌でいく」
幽斎はそう言って、膳の上に猪口を置く。忠興は軽く会釈をして、幽斎の猪口の脇に、徳利を下ろした。
そして、二人は同時に箸を持った。
幽斎は、深め器に透き通り上品に鎮座していた風呂吹き大根に手をつけた。幽斎は筑前煮の蓮根を摘まむとサクサクと軽い音を立てた。
「この年になると、固い物を食べるのが一苦労するわい」
幽斎は、自分の膳の筑前煮の中から人参を選んで食べた。
「何を申されます。一度合戦が起きれば、お知恵を拝借ねばなりませぬゆえ、お覚悟下さいませ」
忠興は、微笑んだ。
「おいおい、この老体に合戦に出向けと申すのか?」
「ご老体ですと?」
「そうじゃ、もう隠居の身じゃ」
「何を申されます。信長様暗殺の一件にて、御家を護る為に、家督をお譲り戴いただけでございます」
「ふぁふぁふぁふぁふぁ。そうであったかのぉ」
幽斎は、杯を口へ運ぶ。
「お惚けを・・・・・」
「毎日、茶や詠をやっておるとな、もう合戦の事など面倒でのぅ」
そう言って幽斎は、ニヤリと笑って見せた。
「父上・・・・・」
頭を抱える、忠興。幽斎は、風呂吹き大根を一切れ口の放うり込んだ。
大坂のど真ん中、静寂の大名屋敷。夜は益々深けていく。
「ところで、忠興」
「はい」
二人の表情が変わる。
「隠居隠居とも言っておられんようになって来たな」
「はい、土俵が整えば・・・・・」
「東と西、軍配はどちらにあがるかな?」
幽斎は眼を細めて忠興を見た。
「西がやや優勢かと思われまする」
「ややとは?」
幽斎は、忠興の分析力を図った。本当に細川家を託すべき器かどうか心配であった。
「西は土台が厚い。中核こそ小競り合いが御座いますが、地方の大名達は安定した日々に満足とはいかないまでも、戦をするほどの不満もござりますまい。ただ・・・・」
「ただ?」
「末永く安泰を願うなら、東に期待をするものも少なくはない。結論から言えば周囲の大名は、戦の相手次第でどちらにでも靡きます」
「うむ、忠興もそう読むか。完成した大関もやや衰えも見られる。相手は関脇だか成長株という所に魅力も感じるでな」
「できれば、土俵の外に居たいものです」
「そうも言うておられんだろう」
「父上はどちらに就くべきとお考えですか?」
「・・・・・。思案中じゃ」
「天皇家のご意向は、東側。そのために東と内通していたのでは御座いませぬか?」
忠興の答えに、幽斎はゆっくりと杯の酒を飲む。
一瞬の沈黙・・・・・。
「忠興よ」
「はい」
「大切なことは、この細川家を護ること。そして盛り立てていくことじゃ」
「は、はい」
幽斎の基本理念は細川家を護ること。すなわち、現時点で忠興が当主としての器が重要なのである。ことと次第によっては、細川親子が東西に分かれて戦うことも考えていた。
史実に、西暦一六〇〇年真田家は兄弟で参戦。東西に分かれた為、弟・幸村は討死にしたものの、兄・昌幸は生き残り真田の血は絶えなかった。
幽斎は天下分け目の戦を予見していた。
その幽斎の眼が般若のような厳しい眼になった。
「忠興よ。大切なのは、徳川でも豊臣でもない。全ては、細川家の為になるかどうか。この世は生き残ることが全て。天下を手中に納めたとて、瞬きのことき時を制したにすぎぬ。勝こととはすなわち生き残ること。ただ、それだけを考えよ。それだけをな・・・・・」
翌日。
私達は、幽斎に挨拶をした。幽斎は京へ向うことになっていたため、ゆっくり話も出来なかった。
幽斎の眼は、いつものように優しく慈悲深く見えた。