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卒業旅行戦国記~珠緒の恋~  作者: 御子神 輝
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第5章 黒田官兵衛「策略」

大きく燃え上がる、本能寺と念願寺。

その炎の姿は、信長の激しい性格を表しているようであり、激動の人生を表しているようでもあった。火の粉が無数に散らばり、熱が肌を焼く。

その中を走る光秀。後を追いかける私。

念願寺の本殿から社務所の裏を抜けた所に馬が繋いであった。

「何だこれはぁぁぁ?!」

社務所裏から飛び出した光秀が、そう言って足を止めた。 私は光秀の声に気圧されて、膝がガクンと砕けた。私はそのまま砂利の上を這うように進み、社務所の建物の裏から僅かに顔を出した。

火炎の中に浮かび上がる三つの影は、紛れも無く織田信長、森蘭丸、そして明智光秀の後ろ姿だった。その三人は同じ方向を見ていた。否、周囲を警戒しながら、一点に睨みを効かせていた。

織田信長を包囲したズラリと並ぶ兵の数。その中心に、数人の衛兵に護られた黒田官兵衛が立っていた。

「官兵衛ぇ~っ!」

信長が唸った。信長が僅かに身体を動かすと、私の眼に信長の左腕に刺さった矢が映った。信長は太刀を抜くと、腕に刺さった矢を叩き切った。

光秀が、信長をかばうように前に立つ。

「黒田官兵衛。諸国統一には、信長様のお力は必須である、その基盤を整えんとするこの重要な時期に、何故の暴挙であるかあああっ?」

光秀の言葉は、怒りで満ちていた。

「・・・・・」

「答えよ、官兵衛っ!」

「暴挙とは笑止。この世は下克上である。天下を治めるのに何の遠慮がいるものかっ!」

「ならば聞こう。黒田官兵衛、御主にこの動乱の世が治められるか。御主に従う武将が如何ほどおるのか申してみよ」

「答える必要はない!」

官兵衛はキッパリと言った。

光秀は、官兵衛を睨み付けた。

「黒田官兵衛。信長様に反旗を翻し、謀反者として信長軍を敵に廻す覚悟はあるのかぁぁぁぁぁ!」

「・・・・・」

答えない、官兵衛。

業を煮やした信長が、光秀の前に出ようとした。

「信長様、危のう御座いますっ!」

「どけっ、光秀。この期に及んで逃げも隠れもせぬわっ!」

信長は太刀の柄で光秀を払うように前面へと身体を出した。

「官兵衛ぇ~!」

信長は、地鳴りのような重圧感のある声で吠えた。

「官兵衛っ。この騒ぎは、秀吉の差し金か。それとも、うぬの一存かっ?!」

「・・・・・」

官兵衛は沈黙を保ったままだった。

「何を恐れる、官兵衛。このワシを追いつめたのなら、心配もあるまい」

そう言って、信長は鋭い観光のまま笑った。

「官兵衛っ!」

光秀が怒鳴る。

バキバキと四方八方で、柱や梁が弾ける音がする。そして、所々で建物の一部が崩れ落ちる音がしていた。

官兵衛が、足を引き摺りながら二三歩前に出た。しわがれた声で話し出した。

「恐れとな。恐れもするわ、鬼が相手ではな・・・・・」

「無礼者っ!」

光秀は、間髪入れずに吠える。

「待て、光秀」

「しかし、信長様・・・・・」

「よいっ!」

「ははっ、申し訳ありませぬ」

光秀は、信長と短い言葉を交わすと控えた。

「官兵衛、思うところ申してみよっ!」

「わしは、羽柴秀吉の家臣、黒田官兵衛として、織田信長様に不満は御座りませぬ!」

官兵衛は、キッパリと言った。

「ならばこの騒ぎ、秀吉の指しがねかっ?!」

「そうでは、御座いませぬ。話は最後まで聞かれよ」

「・・・・・」

信長は、黙って官兵衛を見た。

「各方面に散らばる武将達は確かに強い。信長様の強い意志が、それぞれの武将の能力を引き出しているからこそ、織田軍の快進撃はできたことは認めましょうぞ」

「何が言いたいっ!」

「脅威は向うものがあるからこそ、力を発揮する。政権が安定すれば、脅威は不満となって跳ね返ることになる。信長様、あなたと家臣は、脅威によって結びついてはおりますが、信頼関係は御座いませぬ」

「無礼な、官兵衛。それ以上信長様を愚弄すると、この蘭丸が許さんぞっ!」

森蘭丸が刀を振りかざし、官兵衛に向って走り出した。

「待て、蘭丸っ!」

信長の呼び止めが届かぬ前に、蘭丸の腹部を二本の槍が貫いた。

「あっ・・・・・」

蘭丸は、自分の腹部に突き刺さった槍を見て、信長に振り向き微笑んだ。

そして、腹部刺さった一本を左手で掴んで刀を振り下ろして断ち切った。そして二本目に手を掛けた途端、蘭丸の膝が砕けた。

「蘭丸ゥゥゥッ!」

信長の声が、蘭丸に最後の力を与えたかのように、再び立ち上がる。刀を振り上げ一歩進む。

ドスドスドスッ!

「うぐっ・・・」

再び、三本の槍を身体に突き立てられた、蘭丸は槍に押されるがまま、仰け反るように背中から倒れた。しかし次の瞬間、蘭丸が動いた。倒れたまま、官兵衛に向って脇差しを投げたのだ。

「何ッ!」

油断した官兵衛。脇差しは、官兵衛の腕を掠めた。

「は、はずしたか・・・・・」

そう言い残して、蘭丸は絶命した。

「何という執念だ、小姓と思うて油断したわ」

官兵衛は、そう言って一歩引いた。

「蘭丸ゥゥゥ~ッ!」

絶叫する信長。

「これより、全力をもって、織田信長、明智光秀を仕留める」

官兵衛が軍配を前に返すと、十人の狙撃手が火縄銃を構えて前に出た。ジリジリっと後ずさりする、信長と光秀。

官兵衛の表情が変わった。

「放てえっ!」

バキュン、バキュン、バキュン・・・・・。

一斉に放たれる銃。見を竦めた瞬間、黒い影が飛び出した。

「ウガッ!」

「利光っ!」

光秀が叫んだ。

「一応、間に合ったようですな」

利光は笑った。利光は右手に刀を持ち、大きく両腕を広げていた。

「お、お前・・・・・」

「光秀様、今のうちに早く信長様をお連れ下され!」

利光の声は太く、力強いものだった。信長と光秀の盾になった斎藤利光は、その身体に全ての銃弾を受けて、なおも立ち続けていた。

「信長様、お早くっ!」

「うむっ。利光、大儀である」

信長は、光秀に返事をして、利光に声を掛けた。そして、その場を離れ来た道を戻ってきた。つまり、私の方に戻って走り出したのだ。

この時代の火縄銃は、一発撃つと玉込めに時間が掛かった。信長の戦法には、鉄砲隊を三班に分けて、連続して銃撃を行う戦法があったが、黒田官兵衛にとって斎藤利光の行動は計算外だった。

「斎藤利光っ!」

官兵衛が、吠える。利光は、上目遣いで官兵衛を睨んだ。

「利光殿。そなたも、ワシ同様、織田家重臣の参謀であれば、これが正義であることは理解できるであろう!」

「何をもって正義と言い切るのじゃ!」

利光が、厳しい目を官兵衛に向けたまま言った。

「兄を倒し、姉の嫁ぎ先を攻め、さらに比叡山を焼き討ちにされるなど、信長様の行いは正気の沙汰ではござらぬであろう」

「官兵衛殿。本能寺に押入り、比叡山同様火を放ち、これまで共に戦ってきた同胞をも殺めることが、御主の正義か?!」

「大儀をなす為に、僅かな犠牲はつきもの。利光殿とて、幾多の戦火を潜り抜けてきたはず。闘いの数だけ屍の山を見てきたであろう」

「確かに。屍の数は桜の華ほど見てきたが、裏切りの実を食べた事など一度も無い!」

利光は、キッパリと言った。

「利光殿。貴殿とは、ゆっくりと酒を酌み交わしたいと思っておったのだが、どうやら嫌われたようだ」

「いやいや、よい酒友達になれたかも知れぬ・・・・・」

利光は、己の血が滲む胸をみた。そして、

「時間が来たようだ。機会が無くて、残念で・・・・・ござった・・・・・」

そう言って、利光はユラリと身体を緩ませると、バッタリ前に倒れた。


「逃がすなっ!」

黒田官兵衛の声は、その場を離れようとする、信長と光秀に向けられた。

「鉄砲隊は?!」

「間も無くです」

「もうよい、追えっ!」

官兵衛の号令に、一斉に兵が飛び出した。

投げられる槍はまるで、暴風雨の横風に流れる雨のように、信長と光秀を斜めから襲う。

ザクリッ!

その内の一本が、信長の右足を割くように掠めて行った。信長は地面に刺さったその矢に躓き転んだ。

「信長様!」

二三歩先まで進んだ光秀が戻る。

「立てまするか?」

光秀は、信長の脇を抱え起こした。

信長は立ち上がったものの、既に走れる状態では無かった。

「光秀」

「は、はい」

「世話になったな」

信長は、薄い笑みを浮かべた。

「な、なにを?!」

「もうよい。もうよいのだ」

「何を弱気な。まだ、諦めてはいけませぬ」

「幕は自分で引くと決めておる。この身体に刃を突き立てられる屈辱は受けぬ」

信長は静かに言った。

「信長様・・・・・」

「光秀。この世は下克上じゃ。義理立てはいらぬ、己の好きにするがよい」

信長は、そう言い残して燃え盛る炎の中に飛び込んだ。炎は瞬く間に信長の姿をかき消した。

「信長様~っ!」

絶叫する、光秀。光秀は、振り向くとギンッと追手を睨み付けた。

「もはや思い残す事は何も無い。この光秀と共に死ぬ覚悟のある者は、どっからでもかかってまいれっ!」

光秀は、刀を中段に構える。静かに構える姿とは対照的に、光秀の表情は厳しかった。

怒りに燃える光秀の瞳には、辺りの炎が映って迫力を増し、敵兵の足を止めた。

後方から、再び、官兵衛が足を引き摺りながら現れた。

「光秀殿。このまま消えるには、惜しい武将じゃ。どうじゃ、秀吉様の下で、その敏腕ぶりを発揮しては如何かな」

「問答無用っ!」

光秀の表情は変わらない。

「ならばこの動乱。光秀殿お一人に謀反の罪を被っていただく」

官兵衛は一瞬にして、武将の厳しい表情に変わった。

「な、なんだとぉぉぉぉぉ!」

光秀の怒りは頂点に達した。これがあの温厚な光秀かと疑うほど、怒りで構えた刀を打ち震わせていた。刀を上段に構える光秀。

「覚悟しろ、官兵・・・・・」

「ダメ~っ!」

光秀が踏み出そうとして、私は堪えきれず思わず叫んでしまった。

光秀が振り向き、官兵衛をはじめ一斉に私に視線が集まる。

「珠緒殿。なぜここに?」

「光秀さん、もう止めて。あなたがここで死んで何になるの?」

「これが、武士道でござる」

「あなたが死んでも、信長さんは戻らないの」

「それでも、これが・・・・・」

光秀が途中まで言いかけて、官兵衛の号令が響いた。

「小娘に見られていたとは・・・・・。鉄砲隊前へ、あの小娘を打ち抜け!」

官兵衛の号令に、鉄砲隊が前に出る。一瞬のスキをくぐって、光秀が私を庇って、大木の影に身を隠した。

「構わぬ、切り捨てよ!」

再び、官兵衛の声が辺りに響く。

その時、信長が飛び込んだ建物が、焼き尽くされて崩れた。

「の、信長様・・・・・」

光秀は、唇を噛んだ。それは、信長に対する光秀の無言の別れのようでもあった。

そして光秀は、振り向く。

「珠緒殿。この光秀が命に代えても、そなたはお守りする」

力強い光秀の言葉にに頷く、わたし。

しかし、既に逃げ場はない。次の瞬間、駆け寄ってきた一人の兵の一太刀を光秀が受け止めた。

「お前が、一人目かぁぁぁ」

光秀の低い声に、周りの兵の足が、僅かに止まった。

チュインッ!

光秀が、敵兵の刀を跳ね上げた。そしてそのまま、胴に向った太刀を振り抜いた。

「次は誰だ!」

吠える、光秀。

「何をしておる、光秀は刀だ。一斉に掛かれ!」

官兵衛の号令が飛ぶ。

光秀を囲んだ兵達は、刀を構え直した。いくら光秀でも十本もある刀を受け止める事はできない。

「ダメーッ!」

わたしが、叫んだ。

ギュルルル、ズシャズジャァァァッ!

まさにそれは一瞬の出来事だった。

突然、木陰から岩のような大きな物体が飛び出し、光秀に襲い掛かろうとした兵達を、次々と跳ね飛ばした。

バーンッとドアが開いて、未来が慌てて出てきた。

「あーっ、轢いちゃった。人、轢いちゃった、どうしよう~!」

車の中から出てきた未来は、頭を抱えながらうろたえていた。

「未来、大丈夫よ。鎧を来ているんだから死にやしないわよ」

わたしはそう言って木の陰から立ち上がり飛び出すと、光秀の手を引いて、二人揃って未来の車の後部座席に飛び込んだ。

「早く、車を出してェェェェェ!」

わたしの余裕の無い激しい口調。

未来は、わたしの顔を見て何回も頷くと、慌てて運転席に飛び込んだ。

未来のギアを運ぶ手が「R」に入る。アクセルを一気に踏み込んだ。

ギュルルル、ズシャズジャ!

車はスリップの連続を繰り返しバックした。不安定な車体は下がりながら蛇行を繰り返し、一八〇度反転して一旦止まった。

「フーッ、フーッ、フーッ、・・・・・」

生きの荒い、未来。

「未来、早く逃げて!」

「あっ。は、はい」

未来はギアを「D」に切り替えると、再びアクセルを踏み込んだ。

炎と瓦礫に囲まれた狭い境内は、突っ切るにはあまりにも障害物が多すぎた。

私が後方を確認すると数人の追手が見える。

「未来。未来、急いで!」

「やっているわよ。無茶言わないで!」

「駄目、追いつかれるぅぅぅぅぅ!」

わたしは、余裕の無さを訴える。

「花火。デカイのがまだあったでしょ!」

「花火、花火、花火、あった!」

わたしは、後部座席から運転席の下に、数本の筒を見つけた。

「あったはあったけど、未来。これ打ち上げ花火でしょ。確かにデカイ・・・・・」

「珠緒。ぶっぱなしちゃって!」

「ぶ、ぶっぱなすったって、危ないじゃない!」

「そんなこと、言っている場合じゃ無いでしょ」

あっさりと、私の意見を否定する、未来。

「どうしたらよいのでござるか?」

光秀が、大きな打ち上げ花火を一本持って言った。

未来がバックミラーをチラリと見る。

「筒を敵に向けて、反対側の導火線に火をつける簡単でしょ」

「解った」

光秀は窓から花火を出して、後方に向けた。

「珠緒殿、火を」

「は、はい」

私は、未来からライターを受け取ると、光秀の肩越しに手を伸ばし、導火線に点火した。

ジジジジジジッ・・・・・。

プシュゥゥゥ。プシュ、プシュ。シュルルルルルッ。

パーンッ。パパン、パンパンパンッ!

大きな破裂音で、色鮮やかに弾ける花火が、追手の足並みを乱した。慌てる前列の者に、後方から勢い余って、兵達がふつかり合い、次々と倒れていった。

「やったねっ!」

バックミラーを見て、未来は左手でガッツポーズを示した。

「ふぅ・・・・・」

溜め息を吐いて、座席に腰を下ろす私。

光秀は、打ち終わって空になった花火の筒を、いろいろな方向から不思議そうに見ていた。

「珠緒、光秀さん、しっかり掴まっていてね!」

そう言って、未来は一気にハンドルを左に切った。車体が傾き身体が大きく右に振れる。

「見えた!」

未来が、門を見付けた。

寺の門が、炎のトンネルとなって僅かに形を残している。

「一気にいくよ!」

ハンドルに力が入る、未来。

「お任せ致す」

「お願いっ!」

「よぉーしっ!」

未来が、僅かに見える門の隙間に向って、アクセルを踏み込んだ。

グォォォォーン。

唸るエンジン、焼け落つ本堂、辺り一面、炎の海。

ザザッ。

門の手前で、数人の兵が飛び出し、私達の進路を塞いだ。

「ウソーっ!」

未来が叫ぶ!

「未来殿、怯んではならんぞ!」

光秀が、後部から激を飛ばす。

兵達は、その場に立ちふさがり、車を回避するつもりはなさそうだった。

「もう、ダメーッ!」

未来は、大きくハンドルを左に切る。

ギャリギャリ、ギャリギャリッ!

車は大きなスピンを繰り返すと、庭先の小さな社の縁に弾かれた。

「キャーッ!」

私と未来の叫びは、車ごと光秀を乗せたまま、本殿の火の中に飲み込まれた。


「珠緒殿、珠緒殿・・・・・」

「あ・・・・・。も、もうちょっと、寝かせて・・・・・」

「珠緒殿・・・・・」

「もう、あと5分だけ・・・・・」

そこで、私は目覚めた。

大きく目を開くと、身体を起こした。

「珠緒殿」

「み、光秀さん、ここは、ここはどこ?」

私は、辺りを見回した。周囲は暗かった。正確には、月明かりによって、うっすらと景色は見えた。竹林の街道のようだった。

「こ、ここは・・・・・?」

「落ち着きなされ、一先ずはお怪我はござらぬか?」

「は、はい。大丈夫です。未来は?」

「ハロー!」

未来が運転席から振り返って、手を振った。

「未来・・・・」

「珠緒。また、飛んだのかもしれない・・・・・」

未来の一言が大きな不安を抱かせた。

「飛んだって・・・・・。帰れたの?」

「解らない」

未来は首を横に振った。

「珠緒殿、未来殿。この状況を把握しておられるのか?」

「把握しているって言えば、しているし、してないって言えばしていないんだけど・・・・・」

そう言って未来は苦笑した。

「光秀さん、一応説明するから、寛大な気持ちで聞いて」

私は静かに言うと、光秀は静かに頷いた。

「光秀さん、信じられないかもしれないけれど、時を越えたかもしれないの」

「時を越える?」

「そう。例えば、昨日・今日・明日と、時の流れが3日あったとして、昨日から一気に明日になる」

「一日を越える?」

光秀は怪訝な顔をした。

「一日とは限らない。一年かもしれないし、百年かも知れない。私達にも解らないの」

「理解しがたいが、受け入れるしかないのか・・・・・」

光秀の言葉に、私は頷いた。

「光秀さん、珠緒が説明したとおり。状況は解っているけど、原理とか理由とかは、私達にも解らない。ハッキリしているのは、私達は約四百年ほどの未来から来たという事実」

「四百年?!」

光秀は、未来から私に視線を移した。

「時間の彼方から、やってこられたというのか?」

「そう。そして、今が何時なのか解らない・・・・・」

そこで、私は言葉に詰まった。

「とても、信じがたい」

光秀は、首を横に振った。

「・・・・・」

わたしは、言葉を選ぼうとしたが、簡単に選べる文字が見当たらなかった。

「珠緒。わたしが説明する」

と、未来。

「いい、光秀さん。この車、牛馬を使わずに移動できる鉄の箱。これだけでも、光秀さんの常識を遥かに超えていると思うんだけど?」

「ちょっと未来、失礼よ」

私は、未来を注意した。

「いや・・・・・。いやいや、珠緒殿待たれよ。確かに未来殿の言う通り。世の中は広い。この国に異国の文化が入ってきて、まだ僅かな時間しか流れておらぬのに、異国からは驚き止まぬ品物の数々がやってくる。この状況に於いて、お二人のお話を信じて進む以外に道が無ければそうしよう」

聡明な光秀にも、想像を超える状況に於いては、判断材料が少なすぎていた。仮に私と未来の言葉を否定したとしても、黒田官兵衛と炎が取り巻く地獄の入り口のような環境から、時間を空けずに脱出出来た事実は認めなければならなかった。

そう考えると、聡明だからこそ、現状を受け入れる事が出来たのだと、私は思った。

「珠緒殿、未来殿。まずは、これからの行動をご説明いただけるかな?」

「そうね。とにかく人を探して、今が何年なのかを確認すること。全てはそれから」

未来は、光秀にそう言って、私を見た。

私は、3回ほど小刻みに頷いた。

光秀は、腕を組んで目を閉じた。そして、

「闇夜に動くのは、危険だ。一先ず、夜明けを待って行動を起こしましょう。お二人とも一眠りされよ。私が辺りを見張りますゆえ」

と、微笑んで言った。

「そうね。珠緒。最後にものを言うのは、体力よ。一休みしましょ」

そう言って未来は、首をうな垂れて、目を閉じた」

「うん」

私は、座席に深く腰掛け、ドアにもたれて目を閉じた・・・・・。

ー 眠れないー

緊張と連続で炎に飛び込んで気を失い、目が覚めると新たな不安が広がる。目標の無い道、道の無い目標。存在すべき場所からはじき出され、存在すべき出ない場所に身を置いている。自分自身が生きていることを否定されたように思えて、涙が溢れ出た。

「珠緒殿・・・・・」

「だ、大丈夫。御免なさい。ちょっと不安になっただけ。それだけ」


夜明け。

それは、私達にとって、過去であり新しい未来・・・・・。新しい時間との出逢いの始まりでもあった。

寝ていたのか、起きていたのか分からないほど、緊張感と脱力感が繰り返し来ていたような疲れを感じていた。

ゆっくりと目を開け、窓の外を見た。

辺り一面に竹林が広がっている。そよ風に任せてしなやかに揺れる竹林。外から洩れてくる陽の光が、竹林の笹に弾かれて、幻想的にキラキラと輝いていた。

運転席の未来は、シートに深く腰掛け、窓ガラスに首を倒しては戻すのを繰り返している。

私は、軽く微笑んで光秀を見た。

「?!」

そこにいるはずの光秀は居なかった。

「み、光秀さん?」

車外を見渡す。

車の前方は四メートル幅の道が続いている。私は後方を見た。

前方と同じ四メートル幅の道路をゆっくりと向ってくる光秀の姿があった。

「光秀さん!」

私は車を飛び出し、光秀の元へと走った。変な体勢で寝ていたので、身体の節々が筋肉痛で、よろめきながら光秀の元にたどり着いた。

「如何なされた?」

「あっ、いえ、大丈夫です。ちょっとした筋肉痛です」

私は、試合中に円陣を組む野球部員のように、両手を膝に付いて返事をした。

「無理も無い」

光秀は微笑んだ。

「笑い事じゃないです!」

そう言って、私は少しムクレて見せた。

「これは失礼した。さあ、喉が乾いておられぬかと思い、水を汲んでまいった。如何かな?」

「うわあ、嬉しい。有り難う御座います」

私が手を伸ばすと、光秀は水の入った竹筒を差し出した。

その瞬間、

「うっ!」

秀が竹筒を差し出した右腕に痛みを感じて、左手を肩口に当てた。

「光秀さん?!」

「大丈夫」

「大丈夫って、昨夜の闘いで傷を負ったのでは・・・・・」

「お気にめさるな」

「でも、手当てをしなきゃ」

私は、そう言ってみたものの、光秀が怪我を負っていても、手当てできるような救急用品を持ち合わせている訳では無かった。

「手当ては必要ない」

頑なに、そう答える光秀。

「どうして?」

頑なに返事を拒む光秀が、しばらく経過して返事をした。

「恥ずかしながら、拙者も筋肉痛でござる・・・・・」

「・・・・・」

私は、光秀の顔を見た。

「ぷっ。ふふふふっ。あははははっ!」

「はっはっはっはっはっ」

二人は顔を見合って笑った。

「と、ところで・・・・・」

私は次の会話に移ろうとしたが、笑いの壷に嵌まったまま、すぐに普通の話し方が出来なかった。お腹を押さえながら、大きく呼吸をした。

「ところで、この近くに川があったのですか?」

「ええ、大きな川で、とても澄んでいました。なぜです?」

「大きな川なら景色も広いので、何か見えるのかと思って・・・・・。水もそこから汲んでいらしたのでしょ?」

「如何にも広い川では御座りました。しかし、水はそこから汲んできたのではござらん」

「では、何処から?」

「この道をしばらく行ったところに、大けや木がありましてな、その根元からこんこんと湧き出る、清水が御座りました。何かお気にされるような事でも?」

「いいえ、辺りの状況から何かヒント・・・・・、えーと、手がかりになるようなものでも見えていたらと思ったんで・・・・・」

「いや、残念ながら・・・・・。そういえばっ!」

「どうしたんです?」

「大けや木の横に、石段が御座った」

「石段ですか?」

「そう、おそらく寺社の類であろう。この地が、いかなる情勢であれ神仏に携わるものなら、迷える者を粗末に扱うことはなかろう」

「それじゃ、早速・・・・・」

私がそう言いかけた次の瞬間、竹薮から三つの影が飛び出した。

竹を斜めに切り取った、鋭い切っ先が、光秀と私に襲い掛かる。一瞬の出来事に私の身体は動けなかった。

しかし、光秀の反応は早かった。見事に弧を描く光秀の剣裁き。三本の竹槍は瞬く間に、真っ二つになった。

「何のマネだ!」

光秀が怒鳴る。

襲ってきたのは、農民のようだった。三人は、後すざりをすると、その場の平伏をした。

「お、お許し下さいぃぃぃぃぃ!」

「な、何とぞ、ご容赦をっ!」

「どうぞ、お命ばかりはお助けをぉぉぉぉぉ」

なんとまあ、変わり身の早い三人。

私と光秀は、顔を見合わせた。

「おいおい、人を襲っておいて命乞いとは、ちと虫が良すぎぬか?」

光秀は笑いながら、刀を鞘に納めた。

「おっ、お許しを~~~」

三人揃って、地面に額をこすり付けた。

「さて、我々を襲った理由を聞かせてもらおうか?」

「も、申し訳御座いません。てっきり山賊かと・・・・・」

「我々が山賊だと?」

「も、申し訳ありませんんんんんっ!」

三人は再び、頭を下げる。

顔を見合わせる、私と光秀。私達がなぜ山賊に見えたのか理由が解らない。私は軽く首を傾げた。

「何故我々を山賊と思った?」

「あの得体の知れない乗り物が・・・・・」

農民の一人が車を指した。

私を見る光秀。私は「確かに得体の知れない乗り物ね」と肯定した頷きを見せた。

「村人よ。人は外見で判断してはならぬ」

「ははぁぁぁ~っ!」

「それでは、行ってよいぞ」

光秀は、結局何も咎めなかった。それが、懐の深い光秀のやさしさであった。

その時、

「ダメよ」

と、未来が車内から声を掛けた。その場を立ち去ろうとした村人達の肩が竦んで、その場に直立不動状態になった。

「未来」

「未来殿」

私と光秀は未来を見た。

未来は、車から降りると、光秀の横まで近付いて止まった。

「あんた達、とんでもないことしてくれたわね!」

未来は、いきなり声を上げる。お互いに顔を見合わせる村人達。勿論、私と光秀も顔を見合わせた。何の事か理解できないが、未来の言動を見守る事にした。

「この御方は将軍家ゆかりの方であるぞ!」

「ひえええっ!」

当然、村人は驚いた。そして、その場に再び平伏した。

未来はニヤリとして、村人達の前に歩みだした。

「未来・・・・・」

声を掛けた私に、未来は自分の胸を軽く叩いて「任せておいて」とアピールする。

「さてと。そんなに心配しなくてもいいのよ」

未来の言葉にホッとする三人。

「村を残すも潰すも、簡単に出来るから♪」

未来が怪しげに微笑むと、三人の顔は真っ青になった。

「ど、どうかお許しをぉぉぉぉぉ!」

三度、平伏す三人。

「あなた達、運が好かったわね」

「・・・・・?」

「この御方は、非常に心の広い御方。村人を苦しめる方ではない。そこで相談だけど、休憩場を一つ手当してほしいんだけど?」

「はい?」

「この先に、お寺があるでしょ」

未来は、光秀が歩いてきた方向を指した。

「は、はい。妙見様のお社がございます」

「一休みしたいんだけど、そこのご住職に取り次いでもらえるかしら?」

「・・・・・」

顔を見合わせる、村人達。

「別に無理にとは言わないけど♪」

未来の瞳は、妖しく輝く。

「もっ。もち、もち、もち、もち、もちろんでございますっ」

村人達は、拝みながら言った。

「繋ぎはOK。商談成立っ!」

未来は振り返って、私達にVサインを見せる。

私と光秀は、顔を見合わせて苦笑した。


私達は、村人の案内で、光秀が話してくれた石段の下に立った。

大木の陰に、清水がこんこんと湧き出ていた。

樹齢千年以上はありそうな、大けや木。産まれる街、滅びるゆく街、人々の喜びも悲しみも、この国の全てを見てきた証人のように、どっしりと立っていた。

この大ケヤキは、私達の進むべき道を知っているのだろうか?

そんな思いで、私は大ケヤキを見上げるのだった。

「で、この上ね」

未来が、高飛車に言う。

「は、はい」

緊張の村人達。

「じゃあ、案内して!」

「はい」

私達と三人の村人は、ゆっくりと階段を上った。

石段は大ケヤキと山肌の間をゆっくりと上がっていく。大ケヤキは大きく枝を伸ばし、その一つ一つの枝には万遍なく葉が茂っていた。

くねった階段を五十段ほど上ると、すぐに寺の門が見えた。

美しい門ではない。歴史の深みを感じさせる、由緒正しい門という感じがした。

「光秀さん・・・・・」

私は、この門をくぐる事に不安を感じて、光秀の後ろから左腕の袖を掴んだ。

「珠緒殿・・・・・。本当にこのまま進んでもいいのでしょうか?」

「いかがされた?」

「・・・・・」

何となくという理由、漠然とした理由でしかない私の不安。未来は、元気よく村人の後に続いている。光秀の左の袖を掴んでいる私の手を、光秀の右手が覆う。

「道は進む為にある。我々には振り返る道とて今はないのだ」

光秀の言葉は、厳しく又、優しいものだった。私はコクリと頷いた。

「珠緒、光秀さん。早く早くっ!」

頂上の門の位置から、未来が手を振って呼んでいる。私と光秀は、顔を見合って微笑んだ。

私は、表の微笑みに反して、心の奥に大きな不安を感じていた。

上り切った階段の向うに、大きな衝撃と大きな選択の道が控えている事を知らずに・・・・・。


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