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卒業旅行戦国記~珠緒の恋~  作者: 御子神 輝
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第4章 本能寺炎上「動乱」 (第3章での混載から分離しました)

黄昏時。

明智光秀は毛利討伐の総攻撃の指令を受け、宿舎に戻った。今日中に光秀の拠点である亀山城に返り編隊を組む。私と未来は、この念願寺にしばらく滞在することになった。光秀としても、自身が戦に出て、私と未来を置いておく場所としては信長の元が一番安全だと判断したに違いなかった。

信長と私と未来。三人は同じ座敷に車座になっていた。

「身分など、統率を図る為の偶像に過ぎん。常に同じ目線から平等に物事を考えようとしても、組織というものが出来上がると上下関係が不可欠になる。また、戦となればなおさらじゃ。珠緒殿、未来殿。今宵は同じ人として屈託の無い話をしようではないか」

信長は徳利と猪口を三つずつ運ばせた。目の前には御膳も用意されていた。

「飲むも飲まぬ自由。酌の気遣い無用でいこうではないか!」

そう言いながら、信長は自分で酒を注いでクイッと一気に飲んだ。

私と未来は顔を見合わせたが、揃って信長に微笑んで見せた。

「単刀直入に聞くが・・・・・」

「はい」

二人で返事をした。

「御二人は、異国の漂流者と申されたが、この信長には引っかかるところがある」

信長は再び酒を飲んだ。

「珠緒殿を見ていると、この戦の先が見えているように感じられる」

信長はズバッと言い切った。

恐ろしい男だと思った。さすがに、勇猛果敢な武将を使い、足軽の秀吉を採用しただけの眼力はあると、私は思った。

「そ、そんな・・・・・」

私は返答に困った。

「未来殿は、この信長が天下を手中に治める事ができると御思いか?」

今度は未来に振った。

「そ、そりゃあ、出来ると思いますよ!」

未来は、何とかいい返事をしようと意識しすぎたのか上ずった声で返事をした。

「御二人は、いつまで居られるのじゃ」

信長は私に言った。

「皆さんに聞かれますが、いつまでと言われましても、私達も解らないんです」

「このまま返れぬ可能性もある訳じゃな」

「そういう事も考えられます」

私は、あっさりと答えた。

「今の言葉はとても重要なことと思うが、やけにあっさりと答えたな」

「別にあっさりって訳ではありませんが、既に光秀さんや忠興さんからも同じような質問をされておりますので、それなりの覚悟はしております」

「ほう。もう忠興と逢ったのか」

「ええ。とても誠実そうな方でした」

私は笑顔で答えた。

「珠緒。顔、緩んでいるわよ」

未来が横から口を挟む。

「ほう、珠緒殿は忠興のような男が好きか?」

信長は言葉をオブラートに包むという気遣いは無かった。もっとも、この時代にオブラートなどない。私の顔色は瞬く間に赤信号になり、そのまま言葉も急停止。

「あっ、えっ、あっその、いいえ、そんな・・・・・」

「珠緒殿は、判りやすいのぉ・・・・・」

「この子ったら、人を騙せない性分なもので」

未来が追い討ちを掛けて盛り上げる。

「・・・・・」

私は俯いたまま、言葉が見付からなかった。

「珠緒殿」

信長の声に、私は顔を上げた。

「この世は食うか、食われるか。婚姻を通じての両家の縁組みなどと奇麗事を言って見ても所詮は、弱国が強国へ人質出すだけの事。この信長とて例外ではない」

「嫌な時代・・・・・」

未来がポツリと言った。わたしは、黙って信長を見ていた。

「確かに、未来殿の言うとおりだな。細川家とは、もともと天皇への仲介役としての付き合いが目的でもあったが、忠興は弟のように思っておる。忠興もわしを兄のように思っているはずじゃ」

信長は満足気に笑って酒を飲んだ。

「ただ、あいつの瞳は澄んでおる。人を謀ることができぬ誠実な奴じゃ。しかし、この乱世に於いては、実直で強かさに欠ける者には辛い時代よ。但し、この信長が天下を平定した暁には、あの曇りなき瞳が必ず必要になる。わしは忠興を利用したいのではない。大切にしたいのじゃ」

「はい」

私は素直に答えた。信長には粗暴で気分屋の印象があった私だが、直接本人と話してみて、思慮深く未来を見据えた懐の深い人物と感じた。

未来が自分の前に置かれていた徳利を手に取った。

「信長さん、どうぞ」

未来は徳利を傾けた。

「気を使うな。手酌と申したではないか」

「そうですが、どうしても、お注ぎしたいんです」

どうやら、未来も信長に対する考え方が変わったらしい。信長は照れながら未来にお酌をしてもらうと、威勢良く一気に飲み干した。そして、再び未来にお酌をしてもらうと杯を置いた。

「さて、お二人にはしばらくの間、わしの元に居てもらう。その後、情勢が安定すれば、何処なりと、好きな対座居場所を選ばれるがよい」

「お気遣い、有り難う御座います」

私と未来は深々と頭を下げた。

「どこがいい。光秀か、このわしか・・・・・。珠緒殿は忠興がよいか?」

「い、いいえ、私は別に・・・・・」

赤面の私。

「解った。少々残念だが、細川家に身を置くなら時期を選ぶ必要もあるまい。各戦況が一段落したら、纏めてしまおうぞ」

「はい?」

「祝言じゃ。勿論、仲人はこのわしじゃ!」

バタバタと風を送る信長の扇子が、上機嫌で舞う。

「ちょ、ちょっと・・・・・」

「いじゃない。最高の結婚式になるわ!」

未来が勝手に盛り上げて、私は困ってしまった。


「珠緒殿も少しは飲んだらどうじゃ」

「そうよ、人は酒で打ち解けるものよ」

未来はすっかり信長を気に入っていた。最初は信長に薦められて遠慮がちに酒を一杯飲んだのに、今や手酌のハイぺース、全く困ったものである。

「未来。あんまり飲んじゃダメよ」

「どうして、いいじゃない?」

「いいけど、酔いつぶれても介抱しないわよ」

「オッケーっすよ」

何を言っても、暖簾に腕押しの未来である。

「わっはははっ!」

信長は、私達のちぐはぐな会話をツマミにグイグイと猪口を口に運んでいた。

「ところで・・・・・」

私には、お昼から気になっていたことがあった。

「何じゃ?」

気軽な信長。

「あのぅ、秀吉さんと一緒におられた、男の方・・・・・。足がご不自由な・・・・・」

「おおっ、官兵衛のことか?」

「官兵衛さん?」

「黒田官兵衛じゃ。官兵衛がどうかしたのか?」

「何だか、私達のことがお気に召さないようなご様子だったので、少々気になっていまして・・・・・」

私は、信長に部下を非難されているような印象を与えまいと、慎重に言葉を選んで聞いてみた。

「珠緒殿はいい眼をしておるな。秀吉を見よ。秀吉は人が良く短絡思考というか、どちらかといえば商才があるのではないかと思うほど、人間関係を作るのがうまい・・・・・」

信長の鋭い眼差しが、ギラッと光った。

「秀吉の側近には黒田官兵衛と、現在高松城攻略を最前線で指揮している竹中半兵衛がおる。知略や政略に秀でた二名じゃ。そして、行動隊長には蜂須賀小六を筆頭に命を惜しまぬ猛者ばかりじゃ」

「人望がある・・・・・。と、言う事ですね」

わたしは肯定した。

「まあな。確かに人望はある。わし以上にな」

「そんにゃ、ご謙遜をぉぉぉ!」

酔っ払い未来が言う。

「未来、ちゃちゃ入れないの!」

私の「教育的指導」で、未来に減点1。

「それで?」

私は、身を乗り出した。

「恐らく、秀吉の地位を今以上押し上げる為に、光秀や勝家の足元を掬うであろうな」

勝家とは、柴田勝家である。織田家家臣の重鎮で現在は越後から奥州へ進行していた。

「あの~。そんな大切な事を、私達におっしゃっても差し支えないのですか?」

私は、恐る恐る聞いた。

「こう見えても、人を見る目はあるぞ」

「ご、ごめんなさい」

「まあ、そうだな。ちゅうごく中国で用心が必要なのは、山内ぐらいじゃ。後は一気に責められるでな。ここで少々兵が少なくても、中国攻略時分には新兵も加わって、秀吉の隊は大きく膨れ上がる」

「そこで反旗を翻すと?」

「うむ」

信長は、ゆっくりと頷いた。

「しかし、いっくら何でも、全織田軍を相手に、それはありえませんよ!」

私は、キッパリ言い切った。

「ああ、まあそうかも知れぬな」

私の言い切りに、信長は面食らっていた。

信長が面食らおうが、食らうまいが、私が知っている歴史が無二の真実であり、歴史にそれ以上もそれ以下も無い。

「しかしな、珠緒殿。地方征伐が進行すればするほど、この京は手薄になるし、万一の時に応援に駆けつけることも出来なくなる」

「それはそうかも知れませんが、そこまでご心配になる理由があるのですか?」

私が強気で言う。

「い、いや、わしの考えすぎかも知れぬな・・・・・」

天下統一を目指す武将らしからぬ素直さである。

「それにしても、この信長、女にこれほどまでにヘコまされたのは初めてじゃ!」

「ホント、ホント、珠緒は御手打ちよ~」

未来がうつろな目で、指先をクリクリ廻しながら私を指して強調する。

「あっ、ゴ、ゴメンナサイ!」

私のこれまでの発言は、この時代に生き、立場をわきまえている者なら絶対にありえない暴走行為である。

「わはっはっはっ。いや~構わん、構わんぞ!」

信長は大きく笑った。

御満悦の信長に、今夜の長さを感じる私であった。


静寂の中、信長の豪快な笑い声が響き渡っていた。未来はバタリと倒れたまま眠っている。この時代に来て緊張の連続で疲れた身体にアルコールが入れば無理も無い。

ドォーン、ドォーン!

鈍い衝撃音が辺りを包んだ。地響きがして、部屋中の柱や壁が軋み、私達の不安を駆り立てた。

「何事じゃあー!」

信長の表情が、テレビのチャンネルのように切り替わり、怒声が響いた。この声に眠っていた未来が飛び起きた。間も無く廊下を駆ける音がして、少年が部屋に入って来た。

「蘭丸!」

「信長様、囲まれております」

「何じゃと、一体何処のうつけ者か?!」

「それが、解りませぬ」

「旗印はどうした?」

「上がっておりませぬ」

「おのれ、闇討ちの上に正体も明かさぬとは卑怯極まりない。返り討ちにしてくれる」

「なりませぬ。戦力差が大きすぎます。ここは一先ずお逃げ下さりませ」

刀の柄を握り締めた信長を、蘭丸が制する。

「念願寺側から、火の手が上がったぞ!」

外で大きな声がした。

「火事。ど、どうしよう?」

未来が、私に言った。

「案ずるな、隣家の火事じゃ。退路を立つ為の手段の一つに過ぎぬ」

信長が言った。

「そ、そう。よかった」

未来が言った。

「良くないわよ!」

私は、恐ろしい緊張感に見回れた。この後私の予想は的中する。

「そ、そうね。緊迫した状況に変わりは無い・・・・・」

「そうことじゃないの!」

私の声は、震えていた。

「えっ?」

と、未来が返事をした継ぎの瞬間、外で再ドォーンと音がして凄まじい破壊音が響いた。大木が寺の門を破ったのである。同時に剣の絡み合う鈍い音と奇声や怒声が入り乱れる感じが、奥のこの部屋まで伝わって来た。

「本能寺にも火の手が上がったぞ!」

外の声に私と未来の耳が反応した。私の予感は的中したのである。最初に着いたのが「念願時」、そして、その隣に「本能寺」があったのだ。

「珠緒!」

未来が、半泣きで私を呼ぶ。

「解ってるわよ。でも、まさか・・・・・」

光秀と出会って間も無いが、私が見た限り光秀が追い込まれているような状況でもないし、信長との雰囲気が悪い訳でもない。むしろ、信長と光秀の人間関係は良好であった。だからこそ、私と未来は安心して滞在できる予測も立てているのだ。

「許さんぞぉぉぉ!」

信長の怒りはほうてん頂点に達している。

「信長様。御願いでござりまする。ここは一旦、退いて下さりませ」

「蘭丸。この信長に逃げろと申すのか!」

「天下統一に比べれば、些細な事とお思い下さい。大事の前の小事とお思い堪えて下さりませ」

蘭丸は必死に説得する。

バタバタバタッ。

二人の武士が部屋に飛び込んで来た。

「キャーッ!」

未来の悲鳴。

「ご安心召され!」

部屋に入って来たのは、明智光秀とその側近の斎藤利光である。

未来が私の後ろに隠れた。

次の瞬間、光秀が刀を抜いた。閃光が走るような剣裁き。私と未来の心臓が凍った。

ズサッ!

光秀の振るった刀は襖の陰にいた敵兵を、その襖ごとを切り捨てた。

「信長様、お怪我は!」

光秀の口から出た言葉は意外なものだった。

「おおっ、光秀。一体どういうことじゃ」

「謀反でございます!」

答えたのは光秀だった。

歴史が違う!

私の頭の中はそれだけで、一体何がなんだか理解をしようにも状況すら分析できない状態であった。

もちろん、未来の頭の中はパニック状態。目も口も開けたまま、

「あっあっあっ・・・・・」

と、詰まるばかり。

光秀が、刀をスウッと引いて、身体の陰に隠すと信長の前で片ひざをついた。

「官兵衛が謀反でございまする」

「官兵衛だとぉぉぉ?」

信長は両手を握り締めて怒りを顕わにした。

「はい、間違いございません!」

「おのれ官兵衛め。秀吉の差し金かぁぁぁ?」

「それは、解りませぬ。秀吉殿は、当の昔出立し、一旦姫路城に入るはず・・・・・」

光秀の冷静で完結な返事は、普段とさほど変わりの無いように見えた。

キィーンッ。

隣の部屋で、刀の交わり、甲高い音がした。

「殿、一刻の猶予もなりませぬ!」

利光がそう言いながら、敵の刀を跳ね上げて一刀両断に切り捨てた。

「さあ、お早く!」

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