第1章 明智光秀「出会い」
快晴の青空の下、高速道路を軽快に走る自動車があった。
「快調快調、天気もいいし、道も空いている」
ハンドルを握る未来は上機嫌だった。
「あんまりスピード出さないでよ」
私は助手席から忠告をした。
「ったくぅ。珠緒は心配症なんだから」
「用心に越したことは無いでしょ!」
私は真顔で言った。
「はいはい。でもね、せっかくの卒業旅行なんだから、雰囲気も大切よ。無理な運転はしませんから、どうぞご安心を!」
未来はわざとらしく丁寧に言った。
「しょうがないわねぇ」
私は溜め息を吐いた。
今時、卒業旅行が女二人の国内自動車旅行なんてチョット質素すぎたかなと思いつつ、免許が無い私は、助手席にノンビリ座っているだけならいいと、安易に思ったのが波乱の始まりであった。
前方にタンクローリー車と小型バスが走っている。サイドミラーに後方から迫ってくる乗用車が映っていた。
ギューンッ。乗用車が私達を一気に追い抜いた。瞬く間に前方の車を追い越しにかかった。
「ああーっ!」
私達は同時に叫んだ。
タンクローリー車と小型バスの間を縫うように追い越しを掛けた車が、それぞれに接触し、タンクローリー車が横転しトンネル手前の管理塔に衝突して爆発した。
ドオォン!キキキッ、キィィィーッ!
未来はブレーキを力いっぱい踏み込んだ。しかし、路面は流れ出した油で未来の自動車はアイススケートのように滑って行く。
「止まれ、中古車ゃーッ!」
ギギッっと、未来はサイドブレーキを引いた。
「もう、ダメーッ!」
炎の中に飛び込む自動車、迫り来る熱気に、私はは目を閉じて胸の十字架を握り締めた。
ドンドンッ、ドコドコガタガタ、ズザザーッ。
未来の自動車は、デコボコした地面に車体を跳ねさせ、砂利に滑って停止した。
「と、止まった・・・・・?」
私は、ゆっくりと目を開けた。
自動車は無事だった。しかし、辺りは白い砂埃が舞い上がり何も見えない。未来は、ハンドルに身を預けたまま気を失っていた。
「未来、未来。しっかりして!」
私は、未来を揺すって起こした。
「う、う〜ん・・・・・」
「よ、よかったあ」
ホッとして再び辺りを見回した。
「こ、ここは・・・・・?」
自分の目を疑った。辺り一帯、草と木が生い茂る岡の上。
「確か・・・・・。高速道路を走っていて、事故が起きて・・・・・。そうだ、炎の中に車ごと突入したはず・・・・・。」
そう考えていると、未来が目を覚ました。
「そうだ事故は。事故はどうしたのっ?」
未来はハンドルをぐっと握り締めたまま、辺りをキョロキョロと見回したが、私と同じ光景に変わりはなかった。
「ま、まあ、落ち着いて」
未来は、私の服の胸元を掴んで、
「大丈夫よ、わたしは冷静。ところで、一体何がどうなって、こんなになになっちゃっちゃって、あれ、その、これが・・・・・」
「ちょと未来、落ち着きなさいってばっ。私にも全く検討がつかないんだから。まずは、現況分析が大切でしょ!」
私は怒鳴って、クラーボックスから冷えた缶ジュースを取り出し、未来に渡した。
未来は、缶を頬に当てて軽い深呼吸をすると、プルトップと開けて、ゆっくりと飲んだ。
「ふうぅぅぅ。OK、もう大丈夫よ」
静かな声で未来が言った。
「よし、それじゃまず、人を探そう」
未来は車から降りた。
経過はともかく、景色はいいし空気は美味しい。未来は両手をいっぱいに広げて、大自然を満喫した。
「ああ、いい空気!」
「これこれ・・・・・」
私も、車から降りていた。
今まで慌てていたクセに、なんて切り替えの早い女なんだと、私は頭を抱えた。
「人を探すんでしょう?」
「そ、そうね」
私と未来は辺りを見回した。
道は整備は十分で無いものの、3メートル幅の道が東西にあってくねっていた。車は道から外れ、山の緩やかな斜面に乗り上げた状態で停まっていた。
「あっ!」
未来の声に、私が振り向くと五十メートルほど離れた道の上に、一頭の馬が立っていた。
馬の背に人影が見えて、未来が歩き出した。
「ちょっと、すいません!」
未来が駆け寄ろうとした次の瞬間、馬が向きを変え、背の上の男が姿を現した。
甲冑に身を包み、腰には刀を備えた男は、
素早く弓を引き放った。
「未来、伏せなさい!」
私は、精一杯の大声で叫んだ。同時に未来は僅かに反応して、身を竦めた。男の放った矢は、弾んだ髪の毛を数本切り取って、地面に突き刺さった。
「な、なにこれ!」
未来は、馬の上の男を見た。
「未来、早く戻って。早くっ!」
「う、うん」
未来は、プールで溺れているような動きで手をバタつかせ、バランスを崩しながら車に向って走り出した。男の周り茂みが俄かに踊り出すと、さらに二頭の騎馬と数十人の雑兵が姿を現し、私達を追ってくる。
「珠緒ぉ〜、車に乗って!」
私は車に乗って、助手席側からエンジンキーに手を掛けた。
ウーンッ。エンジンが掛からない。
未来が運転席のドアを開け入ってきた。
「代って!」
ウーンッ。しかし、未来がやっても、エンジンが掛からなかった。兵達はグングンと近付いてくる。ふと見ると、サイドのレバーが「D」の位置になっている。レバーがドライブではエンジンはかからない。
「未来、これじゃないの?」
「はっ!」
未来は、レバーを「P」に切り替え、再びエンジンキーを廻した。
キュルルル、グォン。
今度は、簡単にエンジンが雄叫びを上げた。
未来は再びレバーを「D」に戻すと、アクセルを踏み込んだ。兵達が一斉に襲い掛かる。
ガリガリガリガリッ。車の後輪が空回りして、無数の砂利が弾けた。兵達は避けきれない。
拳大の石が頬や額に当たって、数人が倒れた。しかし、訓練された兵達はそれでも車に飛びついて、二人が車にしがみついた。
ブッブー!
スタートと同時に未来がクラクションを鳴らした。甲高い音にしがみついた兵がひるんだところで、車は蛇行し兵を二人まとめて振り落とした。
車は走り出し、徐々に兵達を引き離す。
「危なかったァ〜」
私は息を吐いた。
「まだよ!」
未来はルームミラーを見ながらそう言った。
槍が引っ切り無しに飛んでくる。数本が車の後部に当たり、鈍い音がした。
「傷つけないでよぉぉぉ!」
未来は半分怒って、半分泣いていた。
「未来ィ!」
私の目に、騎馬が三頭見えた。
「未来、逃げ切れる?」
「ダメ。道が悪すぎる」
「でも、条件は同じでしょ」
「馬の速さってどれくらいなのぉ。この悪路じゃ、こっちは、時速五十キロが精一杯だよ」
「それじゃ追いつかれちゃうでしょ!」
「珠緒、後部座席に黄色い買い物袋が無い?」
私は、後部座席を覗き込んだ。運転席の後部シートの足元に、黄色いビニールの袋が転がっていた。
袋の結び目を解いて中身を取り出した。
「花火?」
「そう、それを投げて!」
未来は私にライターを渡した。
私は、ロケット花火やネズミ花火数本を無造作に取り出し、次々と投げた。
パパパンッ、パンパン、パパパ、パン!
白い煙と衝撃音で、驚いた馬が大きく前足を上げて暴れ出し騎手を振り落とした。次々と馬に蹴られ、崖から数人が足を滑らせた。
「やったね」
私達は互いに笑顔を見せる。
車を停めて、私達は車外に出た。
指揮官を失った兵達は、一瞬の出来事に慌てふためいている。
「まだ、やる気ッ!」
未来の怒声に、兵達は驚いて一目散に撤退していった。
「あ〜、もうクタクタ。一体何なのよ」
未来はヘナヘナとその場に腰を落す。
「あらら。未来、大丈夫?」
「ま、まあね。珠緒はいつも冷静ね」
「そんなことないよ、私も疲れたわ。さあて、これからどうするか考えなきゃ」
などと、のんびり言っている暇はなかった。
「ウオォォー!」
車の前方の茂みから、一斉に兵達が飛び出してきた。
「わああぁ!」
「ちょ、ちょっとぉ!」
私達二人は、逃げる余裕がなかった。兵達は目の前まで迫っていた。
そして、私達を素通りすると、さっきまで私達を追っていた兵士たちを追って行った。
「な、なによ。あれは一体・・・・・」
そう言って私は、再び車の進行方向に振り向いた。私は驚いた。目の前に長身で腰に太刀を備えた男が立っていた。
「もう、ダメ・・・・・」
男を見た途端、私は気を失ってしまった
私は、八帖の和室で目を覚ました。
「こ、ここは・・・・・?」
「珠緒。大丈夫?」
枕元に座っていた未来が、私に声を掛けた。
「あっ、未来。ここは、どこ?」
「解らない」
未来は首を横に振った。
「解らないって言ったって、ここまでどうやって来たのよ?」
「そ、それが駕籠に乗せられて来たんで、隙間から見える景色しか見えなくて、この場所のことは分からないのよ・・・・・」
未来は申し分けなさそうに言った。
「何も?」
「・・・・・」
「何か解るような事でもあるの?」
「・・・・・」
未来は、何か言いたそうで言えなさそうな表情をしている。
「未来!」
私は少々イラついて大声を出した。
「あ、あのね。信じてもらえないかもしれないけど、お城のような・・・・・」
「お城?」
「そ、そう。大阪城とか姫路城の・・・・・」
未来は自分の発言に全く自信がなかった。聞いている私も、自分の耳に自信がない。冗談にしては、センスが無さ過ぎる。
「未来。もう少し具体的に、解るように言って欲しい・・・・・」
若干の沈黙の後、
「珠緒は私の言葉を、信じていないんでしょう?」
未来は小さく言った。
「あ、いいえ。そんなこと無いけど、お城なんて漠然と言われても解らないし・・・・・」
私は困惑していた。昼間のたった数十分の出来事なのに何も解らず、現在どこにいるのかも解らない。経過を知っているはずの未来の説明も理解出来ない。
部屋の外で人の気配がした。
「失礼する」
一人の男が襖を開けて入ってきた。
「お目覚めのようですな」
「あっ、あなたは?」
その男は、私が気を失う前に、目の前に立っていた男だった。
男は、微笑んで腰を下ろした。
「拙者は、明智十兵衛光秀と申す」
「・・・・・」
私は、未来を見た。未来は、何も知らない様子で首を横に振る。私は、再び男を見た。
「あの・・・・・」
私は、困惑して次の言葉が見付からない。未来も同じ様子だった。
「はっはっはっは!」
光秀は笑った。
「御双方のおかげで、毛利軍の中核を叩き、敵陣に食い入る事が出来ました。応援、かたじけのうございまする」
光秀はそう言って一礼した。
「いいえ、私達は別に・・・・・」
光秀は、柔らかい表情で私達を見つめる。
「お二人は、えー・・・・・」
「私は、五十嵐珠緒。こちらは仁科未来です」
「珠緒殿、未来殿」
「はい」
二人同時に返事をした。
「お二人は、何処より参られたのでござるか?」
「い、何処って・・・・・」
わたしは戸惑いながら、視線で未来に答えを求めた。
「えーっと・・・・・。覚えてないんです」
「覚えていない?」
「ええ、わたしたちが乗っていた船が嵐で難破して、気がついたら、わたしと珠緒は浜にいて、お互いに記憶がハッキリしないのです」
未来は思いっきりバレバレの嘘を平然と解説する。
光秀は、変わらぬ柔らかい表情で、
「行く宛てはござるのか?」
「いいえ」
首を横に振って答える、未来。
「お二人さえよろしければ、しばらくわたしの屋敷に滞在されませぬか?」
光秀は、城にとどまる事を薦めた。
行き場の無い私達にとっては、願っても無い話である。二つ返事で、
「よろしく、御願いします!」
未来は笑顔で言った。私も頭を下げた。
光秀は、
「快くお受け下さり安堵いたしました」
と、私達を気遣って言った。
「珠緒殿、未来殿。何かお望みの物や必要なものがございましたら、何なりと申されよ。城内の者にも申し付けておりますゆえ、我が家と思って寛いで下されよ」
私は、光秀の決めの細かさに、
「い、いいえ。望みなんて・・・・・」
そう答えようとして、私のお腹がギュルルルと鳴った。赤面する私に、光秀は、
「これは、気が利かぬ事を。早速、食事の支度を整えまする。まずは、お気遣いなく、ごゆるりとお過ごし下され」
そう言って部屋を出ていった。
「正直なお腹ね」
未来が笑う。
「ごっめ〜ん」
私は笑いながら答えた。
「しかし、未来、これは一体どういうことなの?」
わたしは真顔に戻って、未来に訪ねた。
「い、いや〜それがね、珠緒が気を失った後、半ば強制的にこの城に連れてこられただけで、何にも分からない・・・・・」
「明智十兵衛光秀。明智光秀よ!」
「う、うん・・・・・」
「担がれてると、思う?」
「い、いいえ。ここまで延々と時代村って感じの町並みだったけど、嘘っぽくないし・・・・・」
「OK。それじゃ、整理してみようよ」
?高速道路から突然山道に着いた。
?甲冑を纏った兵士に教われた。
?時代劇撮影所みたいな町並み。
?明智光秀・・・・・。
「これって戦国時代っ?!」
未来が声を上げた。
「そう、非現実的だけど認めざる得ない状況ね」
「まっいいじゃない、しばらくは慌てたってしょうがないし、しばらくは様子見ね」
未来は軽く答えた。
「あのねぇ」
あまりに楽天的な未来に、わたしは呆れてしまった。
夕飯の膳が運ばれ、お腹が満たされると、私も少し落ち着いた。
電気が無いこの時代、就寝時間は早かった。私と未来は、布団を並べて寝ていた。
「未来・・・・・。未来、起きてる?」
「う、うん」
「やっぱ、このままじゃ、マズイでしょ」
「そうね。でも、何が原因なのか解らない限り、どうしようも無い」
確かに未来の言う通りである。
「珠緒、心配したって、始まんないよ。とにかく、よく寝て体力貯えなくっちゃネ」
私の緊張した心を解すように言った。
「そ、そうね」
私は答えて、胸で十字を切って手を組んだ。
「珠緒。アンタまだキリスト教やっての?」
「そうよ。なぜ?」
「なぜって、お寺の娘がキリスト教ってんじゃ、色々と問題しょう。事実、親からキリスト教を辞めろって言われてるでしょ」
「まあね。でも、宗教の自由ってものがあるでしょ」
「そんなんでいいの?」
「勿論!」
私は自信満々に答えた。
「・・・・・」
「未来、単純に考えてよ。米屋だってパンを食べるし、電気屋だからって、家の設備がオール電化とは限らないわけよ」
私は力説した。
「あ、頭が痛くなってきた」
「早く寝たほうがいいわよ」
「そういう意味じゃ・・・・・」
「今日疲れたから、もう休みましょう」
私は、そう言って瞳を閉じた。
鶏の鳴く声がした。
枕元に置いていた腕時計を見る。
午前五時。
普段の生活では考えられない、起床時間に、私たちは目が覚めた。いや、はじめから眠っていなかったのかもしれない。
わたしは、ぐっすり寝ている未来を起こさないように部屋を出た。
屋敷の外へ出ると、透き通った風が身体の中を抜け、少しばかり疲れた体を軽くした。
美しく広がる庭園に心を和ませながら、
「う〜ん!」
わたしは大きく伸びをした。
「やっぱ、現実かぁ〜」
わたしは、溜め息交じりで空を見上げた。
「お目覚めでござるか」
光秀が庭園の中央にある大きな池で、鯉に餌をあげながら、わたしに声を掛けてきた。
「あっ、光秀さん。おはようございます」
わたしは一礼して光秀のもとに歩み寄った。
光秀は、
「珠緒殿、その様子だと、よく眠れなかったようですな?」
前日と変わらぬ、優しい笑顔で言った。
「は、はい」
「枕が変わると眠れぬと言うが、この城を我が家と思って、気を使わずゆるりとされるがよいですぞ」
「ありがとうございます」
わたしは笑顔で答えた。
「珠緒殿」
「はい」
「記憶をなくしたと言う話だが・・・・・」
「あっあれは、その・・・・・」
「いやいや、気にされるでない。人それぞれ事情はある。しかし、この動乱の世では、親兄弟に寝首をかかれることもあるゆえ、昼夜油断は出来ぬものじゃ。そうは言うても、この光秀には、珠緒殿、未来殿に戦乱の血の匂いは感じられなかった」
「・・・・・」
「あ、いや。少々前置きが長すぎましたな。要は話し相手になって欲しいのじゃ。差し支えない程度の話で良いのだが、如何かな?」
「はい。基本的には何でもいいですよ」
わたしは笑顔で答えた。
「未来殿は如何でござろうか?」
「ふふふっ。未来なら大丈夫ですよ。性格軽いから」
「性格が軽うござるか。これは、面白いですな」
光秀は楽しそうに笑った。
そして光秀は、残り僅かな鯉の餌を全て池に撒いた。
「珠緒殿。実は本日午後から友人が参ります。お二人も茶の会に同席下さるまいか?」
「はっ?」
「肩を張るような友人ではござらぬ。どうであろう」
「解りました。ただ、いくら友人でも光秀様のお客様でしたら、私達では役不足では・・・・・」
「旧友ゆえ、心配御無用にござる」
「光秀さんが、そこまでおっしゃられるのでしたら・・・・・」
「よろしゅうござるか?」
「はい」
わたしの返事に、光秀は満面の笑みを浮かべた。
「忝けない。これで、本日の茶会は楽しいものになりそうじゃ」
「あ、あの〜、茶会って・・・・・」
「それでは、早速茶会の支度をしなくては。おっそうじゃ、すぐに朝餉の支度をさせますゆえ、部屋に戻っておまちくだされ」」
光秀は、そう言うか言わぬうちに、その場から立ち去ろうとした。
「あ、あの〜光秀さん・・・・・。あっ。行っちゃった。私達、茶道の経験なんてないのに・・・・・」
私は池のほとりで困惑の表情のまま、しばらく池の鯉を見て部屋に戻った。
部屋に戻ると、未来がいきなり飛びついてきた。
「珠緒〜っ!」
「み、未来。ど、どうしたのよ」
未来は半分涙目だった。
「目が覚めたら珠緒がいないんだもの。一人だけ現代に戻ったんじゃないかって思ったら、急に不安になっちゃって・・・・・」
「もう、未来らしくもない。だいたい、どうやってこの時代に来たかも解らないのに、帰る手段なんて、私に解る分けないじゃない」
と、私は未来に笑顔を見せた。
「そ、そうね・・・・・」
そう言って、やっと未来は落ち着いた。
昨夜は、楽天的に見えた未来だが、やはり心細かったらしい。一晩開けて本音が出たという感じがした。それは決して恥ずかしい事ではなく、帰れる保証の無い旅になってしまった今、未来の心細さは当然のことのように思えた。
「未来、勝手に部屋を出てゴメン。ちょっと庭を散歩していたのよ」
「・・・・・」
「別に何もないのよ。ちょっと、早く目が覚めたんでね」
「そ、そう・・・・・」
「未来って、昼間はテンション高いくせに、朝は血圧低くてからっきしね!」
「それは、言わないでよ」
未来は軽く頭を押さえ微笑んで言った。
「あっ、そうそう。光秀さんと会ってね。すぐに、朝食の支度をしてくれるって」
「そう。ここの料理おいしいから、結構気に入っているんだよね」
「それでこそ、未来!」
私が言うと、未来がしかめっ面をした。
そして、二人は大きな声で笑った。
一頻り笑うと、お互いの心にが生じた。
「さあて珠緒。これからどうする?」
「そうね。まずは、朝食。これから、いろんなことが起こる訳だし、最後にものをいうのは、やっぱり体力だしね!」
「珠緒って案外たくましいじゃない」
「それどういう意味よ」
私は笑った。
「この時代で生き残る精神力っていうのがありそう。もしこのまま、元の時代に戻れなかったら、珠緒だけは強く生きてね」
「未来、もそんなことを言わないの。必ず二人で元の時代に帰るの。2人でよ、いい!」
「うん」
未来は自分に言い聞かせるように深く返事をした。
「よろしい」
私は、 笑顔で言って、
「それでは、本日の予定を発表します!」
と、言って立ち上がった。
「予定?」
「そう、どうするのって聞いたのは未来よ」
「え、ええ・・・・・。でも、予定なんてあるの?」
「もちろん。本日は、午後から城内において、光秀さんのご旧友を招いてのお茶会がございます。その席に、私こと五十嵐珠緒と仁科未来の両名が招かれております」
私はわざとらしく、丁寧に言った。
「あっそう・・・・・」
と、未来は答えたが、一拍於いて、
「ええっ!ダメ、それは絶対ダメ!」
「でもね・・・・・」
「OKしちゃったの?」
「この際、覚悟を決めなきゃ。どうせ異国の人なんだから、礼儀作法なんて関係ないじゃない。むしろ、花嫁修業に丁度いいかもよ」
「さすが珠緒さん、ご立派・・・・・」
未来は頭を垂れた。
「しかしねぇ珠緒。その旧友って言うのが、織田信長だったらどうするのよ」
「さあ?」
「さあ・・・って、あんたってばもう!」
「織田信長だって武将の子。大丈夫よ」
「珠緒って、そんなに楽天的だったけ?」
「どういう意味よ・・・・・」
わたしは笑顔で言った。
未来は怪訝な表情で、マジマジと私を見る。
「珠緒、あんた時間を超えたときに、頭をどっかにぶつけなかった?」
「し、失礼ねっ!」