最終幕『これからの季節を君達とともに』
あれから僕は、過去の僕とパソコンのテキストファイルを使って盛大に喧嘩した。
由美子に依存したがっている過去の僕を矯正するのが、僕の仕事だった。
『俺は迷と友樹と忍って言う補助輪を与えた。由美子も、補助輪になってくれた。両親も、金銭的な負担っていう補助輪をくれた。もう、一人で歩ける頃だろう?』
その一言が決定打になったらしく、それ以降の彼のパソコンには、文句のテキストファイルもなくなっていた。
甘ったれでも働かなければならないというのは理解しているらしく、部屋にはいつも大量の履歴書が転がっていた。
僕は大卒の肩書を得た。少しは、環境は変わるはずだった。
そして、季節はめぐり、僕は工場作業員として数年目の春を向かえていた。そう言えばそろそろだ。そう思い、故郷の里親募集サイトを開く。
黒猫の写真が、そこにはアップロードされていた。
住んでいる地域から見ても間違いはない。
一応、鉤爪尻尾の子はいますか? と確認すると、すぐにいるとの返事が来た。後は、迷わなかった。
懐かしいその家に行くと、ペトロニウスがいた。
まだ子猫だ。兄弟と追いかけっこをして、満足したら電池が切れるように寝る。
「この子、貰います」
そう言って、僕はその家を立ち去った。
その後、実家に相手がペトロニウスを連れてきた。
一人暮らしでアパート住みに里親募集サイトは厳しい。なので、実家で育てると嘘をついてもらうことにしたのだ。
そして、ペトロニウスは僕の家の一員になった。
彼を連れて、車で京都への道を帰る。
ペトロニウスは車が怖いようで、僕と座席の間にすっぽりと隠れて震えていた。
そして、僕は保津川に辿り着いた。
畔に座り込んで、膝にペトロニウスを抱く。
「ここはな、お前のご主人様と相方が巡り合った場所なんだぞ」
ペトロニウスは言葉を理解していないのだろう。不思議そうに僕を見上げるだけだ。
「わかんないよな……」
しばらく、そうやって僕は川の流れを見ていた。
今日も保津川は外国人観光客や涼みに来た人がまばらにいて賑わっている。
僕はその中で、一人、思い出の中に沈んだ。
「可愛い黒猫だね」
背後から、声をかけられた。
僕は震えるような気持ちで、その声を聞いていた。
「だろ。ペトロニウスって言うんだ」
「ダブルコートじゃないんだっけ。なら、掃除は楽だね」
「良いだろ。さらに賢いんだ。おでこを撫でさせてくれる」
そう言って、僕は振り向いて、由美子に抱きついていた。
僕らは、契約を交わしていた。
過去の僕が独り立ち出来るまで、連絡を断つこと。
約束の日に、もう一度嵯峨嵐山の保津川の畔で待ち合わせること。
由美子はもちろん、難色を示した。
「そこまで待つ義理が私にあるの?」
それでも、なんとかと願い倒したという結果が今だ。
「一人で、歩けるようになった?」
由美子は、穏やかな口調で問う。
「ああ。これからは、二人で歩こう」
由美子を助手席に乗せて、車のエンジンをかけると、ラジオが流れてきた。
僕は車を出発させる。ペトロニウスは、由美子の膝の上だ。もう、懐いてしまったらしい。
『いやあ、今度アニメ化する作品を持っている忍さんと、そのエンディングを歌うニコニコ動画の歌姫Picoさんが大学時代に同級生だったとはねえ』
『コネじゃないっすよ』
『いやいやいや疑ってないですよ』
『コネみたいなもんじゃない。話題性優先のチョイスって奴です』
『わ、そんなぶっちゃけた話は困るなあ』
『お前イイ性格になったよなあ、忍ぅ……』
『けど、懐かしいよね。大学時代。いつも、私と、Picoと、迷と、礼二君って四人で遊んでたんですよ』
『ほー。女三人に男一人。拗れなかった?』
『ちょっとだけ、ね』
『ちょっとだったかなー』
『ちょ、ちょっと、黙ってなさいよ、Pico』
『今頃何やってるかなー、礼ちゃん』
「元気にやってるよ」
僕は微笑んでそう答える。
何から話をしよう。由美子に向かって。迷達に向かって。
話すことはいくらでもあった。
大学に入ったばかりの頃、僕には何もなかった。
色々なものに手を出す中で、色々な友人を得た。
その結果、欠けていた僕は一人で歩ける力を得た。
これは、何も持たなかった僕が、大事なものを得る、ただそれだけの物語。
『え? トーク長いって? だそうですよお二人さん。そろそろガチトークはやめていただいて、Picoさんのエンディングソングを流そうと思います。曲名は、時間移動は眠りとともに』
友樹の歌声が車内に響き始める。
「悪い曲じゃないな」
「良い曲だよ」
そう、由美子は言って、ペトロニウスの頭を撫でた。
これからの季節を、君達とともに。
稚作でしたが、ここまで付き合ってくださった方、ありがとうございました。
活動報告で裏話っぽいことをするかもしれませんのでお暇な方はどうぞ。
よろしければまた次回作でお会いしましょう。




