第8話:進化と祝いと反省会
目を覚ますと、そこは水の中だった
不思議と息は苦しくなく、呼吸も正常におこなえている
そもそも今の俺に呼吸が必要なのかも聞いてなかったな
後で椿に確認しておこう
どうやら俺は巨大なガラス管の内部に浮いてる状態らしい
周囲を見回すと、椅子に座ったまま眠る桜の姿があった
ずっと側にいてくれたのか
俺が管の中壁をコンコンッと叩くと、それに反応してビクッとした桜が椅子から転げ落ちる
「痛っ! ぅぅぅ・・・あ! お兄ちゃん目が覚めたの!?」
俺は身振りでここから出すように伝え
桜がコンソールを操作して液体を排出、管の蓋が空く
「おはよう桜」
日課の挨拶をする俺に桜が飛びついてきた
「お兄ちゃん! 良かった・・・私のせいでお兄ちゃんが死んじゃったらって・・・」
「大丈夫だ、この通りピンピンしてる」
「でも・・・私が寝ちゃったばっかりに、お兄ちゃんに大怪我させちゃって」
「な〜に、結果的には勝てたんだ、問題ないさ。でも次からは気をつけてくれよな」
実際問題として桜のポカは笑って許せるレベルではないんだが
泣きそうになっている桜の頭に手を乗せて撫ぜてやる
まず相手の接近に気が付かなかった時点で危うい
青い奴が奇襲をしかけるタイプじゃなかったから良かったものの
もし赤いのが先にきていたら狙撃されて即死だったかもしれん
そして敵の情報がないまま戦ったせいで
相手が強いのか弱いのか、武装は何なのか
そしてなにより『相手が2人組のヒーローだった』という事実について先に知っておきたかった
実際にはあの後
戦闘可能な状況でなかった俺は全速力で逃走を図ったわけだが
あの赤い奴が園児救出よりも俺を殺すことを優先したせいで面倒なことになった
あの2人組のヒーローは『メタル・ブラザーズ』という名前で
その名の通り兄弟ヒーローだったらしい
弟を殺されてプッツンいった兄が全力で俺を殺しにきたわけだ
俺は狙い撃ちされないように狭い道を通りながら撤退を行っていたが
しつこく追撃されて当初の予定ルートから大きく外れてしまった
そこで俺は、敵に追い込まれているかのように見せかけ(半分本気だったが)
『第2ポイント』へと奴を誘導したのだ
『第2ポイント』はバスジャンクをするための重力地雷を設置した2箇所目の場所だった
予備として用意して物だったが、今回は別の用途で活躍してくれた
最大出力の重力地雷は奴の体重を何百倍にも増加させ
奴は自分の重さに耐え切れずに自壊した
赤も青も倒すことができたのは、どちらも重力地雷のおかげだ
椿が発明した装置の中で一番輝いていると思うぞ
泣き止んだ桜に手を引かれて食堂へ移動すると
そこには普段の夕食以上に豪華な食事が並んでいた
これを作ったであろう食堂の主は、まだ何か作っているようだ
俺は厨房へ入り
「おはよう」
「『おはよう』じゃないわよ。もう夕食の時間なんだからね。もうすぐ終わるから席に着いてなさい」
「おぅ」
こちらに振り向きもせずに調理を続けている椿
何かを作っている最中に声を掛けられることを嫌うのを知っているので、それ以上長居はしない
席に着いて、桜と戯れていると最後の料理を完成させた椿と、今食堂へ来た菫が席に着き、食事が始まった
初作戦終了の祝いなのか、ちょっとしたパーティー気分だな
食事が終わり、桜が4人分のお茶を用意してくれる
腹も膨れて落ち着いたところで、先日の作戦の反省会が行われた
「あの後俺は丸1日寝ていたのか?」
「丸1日じゃなく3日も治療カプセル内で寝てたのよ貴方」
「3日も!? そんなに深刻なダメージがあったのか」
「機能回復自体はすぐに終わってたみたいね。そもそもGには自己修復機能が備わってるし、怪我の回復が早いのはバイオ系の長所だもの」
「ならなんで3日も?」
「どうやら今回の作戦で早速『進化』が起こったようね」
「『進化』か・・・何か変わってるようには感じないが」
「今回の戦いの経験を元に基本的性能が向上してるだろうけど、それは微々たるものよ。一番大きく変わったとしたら両手かしら。貴方重力地雷を右手に融合させたでしょ?」
「やったな、そんなこと」
「その重力地雷は私が作った物ではなくなっているわ。貴方の体の一部になったことで機能まで変更されてしまっている・・・そう、重力地雷自体が『進化』を起こしたってことなのよ」
「そもそも、重力地雷には横向きの重力場で攻撃を止めたり、重力の1点集中による圧殺なんて機能は備わっていなかった。それを貴方は無意識のうちに作り上げてしまった・・・これは私でも完成させていない未知の技術だわ」
「じゃあ今俺の腕には『進化した重力地雷』が内臓されているってことか」
「そんな生易しい物じゃないわよ。いい? 貴方が体の修復を行うのと同時に、Gは重力地雷を自分の体に備わる機能にしてしまった。外から取り入れた機能ではなく、初めからあった機能かのように体を作り変えてしまったの。今の貴方には重力を操る力がある。その腕にあるのは重力地雷ではなく、他の兵器なのよ。」
そう言われて自分の掌を見る
この手には重力場を自在に操る力がある
加速する進化は俺を何処まで連れて行くのだろうか
「自分で作っておいて何だけど、ここまでの『進化』は予測してなかったわね。Gを作る時に使った古代生物の細胞が大きく影響してると思うのだけど」
それを聞いた菫が少し困ったような顔をする
「ねえ椿、それだけの機能を持ったスーツだと『怪人登録』が必要なんじゃないの?」
怪人と戦闘員の違いは厳密には分かりにくいが、一番分かりやすいのは『人間』かどうかだ
パワードスーツを使おうが、体を改造していようが『人間』の範疇ならまず戦闘員だろう
他にも人工生命体を戦闘員として製造する場合でも
それが『人間』に類似する存在なら戦闘員だ
これが怪人になると一変する
怪人は人という字が付いていても決して『人間』ではない
口から火を吹く人間はいないし
肩からキャノン砲が生えている人間もいない
キャノン砲を装着している人間と
生まれつきキャノン砲が生えている生命体は別物だ
怪人の高い戦闘力はその辺りにある
後から付け足した機能よりも
そのことに特化して作られた生命体のほうが遥かに戦闘力は高いのだ
そこで椿が注目したのが『寄生型強化装甲服』だ
Gを装着する俺は人間だから
強化装甲服を後から装着した人間
つまり戦闘員の分別に入ることになる
それでいて怪人クラスの戦闘力を持たせることが『寄生型強化装甲服』の画期的部分である
「侵略管理委員会が文句を言ってきたら、あくまで装甲服を着た人間だと言い張ればいいのよ。どうせ水掛け論になるだけなんだから」
侵略管理委員会は秘密結社版ヒーロー協会だ、ヒーロー協会との約定を守るために設立された組織で、どの秘密結社とも協力はしない、完全な第3者機関だ
「今のところ何も通達はないから大丈夫だけど、ハジメさんが倒した『メタル・ブラザース』は協会内部でも上位にいたグループだし、それを戦闘員が1人で倒したとなれば当然注目されるのよ?」
「世の中に私が宇宙一の天才だと宣伝できるわね」
事務処理担当の菫としては俺が怪人に分類されると色々困るわけだし、周囲からの抗議、苦情を受けるのも彼女だ
椿は完全に我関せずの状態で、いかに自分が作ったGが優秀かをアピールすることしか考えていない
双子でも性格はここまで違ってくるんだな
そういや胸の大きさも違うんだよな
性格と胸の大きさは比例する?
反省会の結果
周囲の反応を伺うべく、しばらく活動を控える方向で決まった
ちなみに今回の作戦では
俺と赤いほうが追いかけっこをしている間に地元警察によって子供達は救出され
結局身代金の入手には失敗してしまった
おかげで菫はショゲてるし
うちの財政状況は重力地雷2機を製作した分赤字となった
勝負に勝って試合に負けたなぁ・・・