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どろとてつ  作者: ニノフミ
第二十三話
95/224

【一畳】⑥

   ■■■




『篠咲会長は汚職政治に対する説明責任を果たしていないのみならず、戦前の武術を復興させる軍国主義に回帰しようとしている! 日本は法治国家です! このような殺し合いの舞台を競技と認めることなど断じて出来ません! 我々は善良なる一般市民を代表して、即刻に大会を中止することを望みます!!』


 街宣車の上で傘とマイクを握る男の演説に合わせて詰めかけた聴衆の歓声が上がった。

 男やその周囲にいる者は野党とも関わりの深い左翼政治団体で知られた顔である。


 午後も近づき、雨足が弱まった頃合いを狙ったかのように突如、大会を批判する数千人の市民団体が会場入口を占拠していた。

 届け出もない突発的なデモであり、会場警備に協力している警察官も現場にいるが、何せ数が多過ぎる。

 予兆もなく大会二日目にいきなり集まられると対処しきれない。


 そんなデモ隊とセキュリティの衝突を会場の別室で眺めていた能登原は、皮が捲れ血が滲む程に爪を噛んでいた。

 先程、実家の製薬会社に掛け合って毒物の対策を整えたばかりである。

 この手口を予想していなかった能登原はすぐには人員の補充が出来ずにいる。

 しかし、これ以上親の人脈に頼ることも不可能である。

 必要以上に関わらせると勘の良い彼らは大会の背後にある金に気付いてしまうからだ。


 一見、左翼恒例の抗議活動に思われる。

 だが、ネットなどで呼びかけも行わず急に一万に届く規模で人を集めることなど出来るわけがない。

 間違いなくシロ教だ。

 シロ教のネットワークには事件屋紛いの労働組合もあり、抗議デモによる妨害工作と解決金を要求する脅迫をセットで生業にしている者たちがいる。

 元々篠咲と当たるタイミングで使うつもりだったのだろう。

 最も厄介な敵である密阿弥が破れたのはそのまま殺してしまう好機であるが、彼らはそれを牽制しているのだろうか。

 或いは教祖が倒れた今、金だけでも毟り取ろうと暴走しているのか。

 どんな意図があるにしろ、シロ教の限界はシロ教のいかれた教義そのものにある。

 目立った行動を起こせば公安の目がそちらに向くので好都合だ。

 情報だけ流してやれば勝手に潰し合ってくれるかもしれない。


 結論が出た能登原は熱い吐息を零す。

 大会の裏側は全て自らが指揮し、掛かる心労の一切を篠咲から遮断する。

 愛の為、全ての痛みを引き受ける使命感で恍惚の表情を浮かべていた。




   ■■■




「お疲れ様っす、デレ姉。楽勝でしたね」


 泥蓮が控え室に戻ると、一足先に戻っていた一巴がお茶を淹れてくつろいでいた。


「どうだかな。初見殺し出来ただけで次があれば分からん」


 珍しく相手を評価する泥蓮を見た一巴は怪訝に目を細めた。

 ここに来て弱気になられては共倒れになる。

 篠咲についてはまだ後戻りできるが、その場合シロ教に追われる立場になり更に生存率が下がる。

 泥蓮の生き死にに関わらず篠咲を狙う以外の選択肢は、もう一巴に存在しない。


「で、教祖様代理の方はどうだ?」

「問題なしっすよ。あのイタリア人への怨念滲ませてたっすけど、計画自体は順調っす」


 大会への抗議デモを起こしてセキュリティ人員を削るという策は、そろそろ行動に移されているはずだ。

 図らずも密阿弥が破れたことがプラスに働く。

 背後にあるシロ教に気付いてもただの報復行為にしか見えず、本来の意図に辿り着くのは能登原でも難しいだろう。


「そんでもって、もう一つ朗報っす。最後のカードが揃いました」


 一巴は今し方届いたメールの画面を泥蓮に見せて笑みを浮かべた。

 書かれている内容は、赤軍遺産及び割符の存在に関する鉄華からの情報提供である。


「まだ私を信頼しているんでしょうね。嫌いとか言っちゃいましたけど、今は大好きっすよ」


 鉄華は泥蓮を止め得る最後の防波堤として、一巴に使える情報を流しているのだろう。

 むず痒くなるほどのお節介。

 彼女は理解できていないのだ。

 踏み込まれたくない、共有したくもない個人の領域があることを。

 春旗鉄華は何ら特別ではなく、彼女が経験してきた程度の苦悩など誰にだってある。

 今を取り囲む人間関係を維持したいあまり距離感を見失う、これ程煩わしいものはない。


「これで能登原を動かせるな」


 メールの内容を一通り読み終えた泥蓮は口端を歪めて応えた。

 能登原の散財を補う資金源。

 篠咲はともかく能登原の目的が分かっただけでも大きい。

 セキュリティを剥がし、能登原を封じれば、篠咲は孤立する。


 一巴のタスクは『能登原の無力化』を残すのみである。

 泥蓮は大会で得られる賞金を全て一巴に譲ることを遺書付きで約束している。

 悲願の成就は目前。

 自然と笑みが溢れた一巴は、その意味を隠すことなく笑い声を押し出していく。


 ――だから反応が遅れた。


 歓喜の笑みは冷たい感触に掻き消される。

 いつの間にかソファの背後に移動していた泥蓮は、一巴の首筋に剥き身の短刀を当てていた。

 静かに向けられる殺気が後頭部をジリジリと焼き付ける。


「イッパ、ルールを追加しよう。鉄華とお袋を利用するのはここで終わりだ。お前の過去も目的も大体知っているが、これ以上巻き込むなら殺すぞ」


 一巴は協力関係構築の為に目的を明かしてはいるが過去を話したことはない。

 泥蓮が知り得るともなれば情報の出処は間違いなく身内縁組の者だろう。

 聞き流しているようで事実関係はしっかり裏を取っている。

 泥蓮を舐めていた自分を戒めつつも、知られたくない過去を探られた怒りで殺意すら湧き上がった。


「……言われなくても分かってます。鉄華ちゃんに恨みなんて無いっすから。無理な背伸びを嗤うちょっとした悪意があるだけですよ」

「誰だって少しずつ自分の限界を試しながら成長すんだよ。嘲笑ってる内に追い抜かれるぞ」


 首から刃が離れ、一巴の頭に置かれた手がくしゃくしゃと髪を撫で付けた。

 やはり親子と言うべきか、泥蓮は段々と不玉に似て説教臭くなってきている。

 想像以上に鉄華を気に入っている彼らの在り方に触れる度、一巴は改めて認識せざるを得ない。

 おかしいのは自分の方だ、と。

 長年狂気を吸い続けた結果、もはや普通の空気の吸い方が思い出せない。

 そんな化物はどこまでも堕ちるしかないのだ。


 別れの日は近い。

 そう思うと、寂しさなどとは無縁なはずの一巴の胸が少し軋むのであった。




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