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どろとてつ  作者: ニノフミ
第二十三話
92/224

【一畳】③

   ◆




 肉を割り入る冷たい感触。

 ロングソードの刃は肋骨の隙間に入るよう寝かせてある。

 防刃繊維は斬れないが中の身体は同じ伸縮性を持っているわけではない。

  

 密阿弥は左脇を締めることで刃先を固定し、身の捻りを加えて直進の衝撃を左方へ流す回転運動へと変えた。

 同時に右手で保持する刀の柄部をアルフォンソの側頭に放っている。


 しかし、柄の打撃は頭を擦り抜ける(・・・・・)

 反撃に気付いたアルフォンソは顔を背けるスリッピングアウェーで威力を殺していた。

 空振る手元の感触に虚を突かれた密阿弥は、次手を考えながらも相対する異国の剣士を再評価する。


 ――別人だ。


 先程までの気圧されていた臆病者とはまるで違う。

 演技を超えた豹変、或いは憑依。

 多重人格か怪生の類か。


 一旦離脱しようとする密阿弥の後頭部に軽い衝撃が走った。

 通り過ぎた突きを手首の返しで引き戻して後ろ首を斬る両刃剣の術理。

 ただの手打ちであり重さはない。

 素肌であれば防具の隙間から動脈を斬られていたかもしれないが、これはあくまでもルールのある試合。

 甲冑術として染み付いた技を選択してしまった愚を嗤うように、密阿弥は左腰の鞘を掴んだ。


 日本刀の鞘内には緊急時用に小柄(こづか)という小さな刃物が仕込まれている。

 密阿弥が抜き放ったのはかんざしのように細い刃渡り十二センチの針であった。

 当然、武器審査を通過する際に刃先を丸めるという安全対策を余儀なくされているが、それでも元々細身の形状である。

 レイピアのように刺突を目的とした刃物は防刃繊維で押し止めるには限界がある。


 足の踏み込みと腰の捻りを連動させ居合の要領で放たれる左鉤突き。

 手には臓腑へ届きうる刺突武器。

 必殺の刃先は、アルフォンソの右脇腹に刺し込まれ、内臓を抉るように手首の捻りも加えられる。


 密阿弥は狂気で顔を歪ませ、回転する(・・・・)視界の中でも勝利の余韻を感じ始めていた。

 その頬を殴りつけるように地面がぶつかって思考が砕け散る。


 地に伏せる密阿弥は見た。

 刺し込んだ小柄はアルフォンソの右脇腹に残っていたが、位置が予想よりも高い。

 肝臓を貫くことはできなかった。

 何故か?

 視界が回転したのは身体ごと投げられたからだ。


 アルフォンソは技の選択を間違えたのではなく初めから引き寄せて足を払う投げ技が目的であった。

 まるで香取神道流の型のようだと密阿弥は思う。

 防がれ避けられた先にも延々と続く対策が置いてある。

 導かれた罠に足を掬われた被食者は、天井の照明を反射する白銀に目が眩んだ。


 盾代わりに引き抜いて構えた鞘と腕の隙間を、遥かな上段から降り注ぐ剣尖が通り抜け、左胸部に深く刺さって勝負の終わりを告げた。




   ◆




「おいおい、あんだけ偉そうにしておいて何なんだよ。教祖様死んじゃったんじゃねぇの?」


 第二試合を控え室のモニターで見ていた泥蓮は驚きと共に落胆の言葉を呟いていた。

 主催者自慢の防刃服は無傷であったが、胸に突き立てられたロングソードは貫通するほどに埋まっている。

 左肺が潰れているのは確実だろう。


「まぁ一応は剣道の準王者っすからね。所詮西洋剣術だと舐め切っているとフィジカルの接近戦で押されてああなっちゃうのは当然すよ」


 結果から油断が原因だと分析をする一巴ではあるが、密阿弥も充分な剣境に到達していたというのも事実である。

 両刃を充分に活かした術理は日本剣術の対策の枠外にあり、初見で相手にした者はある種の偏見を避けようがない。

 一回戦で当たっていたら泥蓮でもどうなるか分からなかったと嘆息した。


 しかし、共闘するはずの相棒が退場するという大きな問題が発生した。

 この先の『場を整える』という問題は多くの人材を動かせるシロ教以外では成し得ない難関である。

 一巴は泥蓮の試合に居着きを持ち込まないよう、計画を補足する意図で口を開く。


「問題ないっすよ。教祖様は元々シロ教の襲撃予定に入っていないので利用価値はまだそのままっす。セコンドの最弦って人にコンタクト取ればまだ続行可能かと」

「そうか? んじゃ任せるよ。私は次の試合があるしな」


 何よりもまずは目先の勝利である。

 共闘も復讐も勝たなければただの妄想で終わるのだ。


「それから、さっき鉄華ちゃんが別ブロックのセコンドと会ってたようですね。あの子、味方だと思わせて何仕掛けてくるか分かんないので一応注意してください」

「問題ないよ。あいつに出来る範囲のことなら私で対処できる。焚き付けた責任くらいは取っておかないとな」

「それでも甘く見ないほうがいいっす。変に勘が良いというか……」

「……嫌いか? ああいう奴は」


 泥蓮の投げかけに一巴は少し視線を泳がせてから笑みを乗せて返した。


「ええ。正直なところ、あの子の思いやりも小芝居も寒くて仕方ないっす。虫酸が走る程嫌いですよ」




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