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どろとてつ  作者: ニノフミ
第二十三話
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【一畳】①




 斬るのではなく、叩く。

 日本刀と比べられる西洋剣の評価は時折、切断力に乏しい鈍器に例えられる。

 西洋には切断力に優れた武器を作る技術が無かったなどと揶揄されることもあるが、その認識は間違いである。

 単に、斬る必要が無かったのだ。

 西洋は製鉄技術の発達が早く、紀元前にはプレートアーマーの原型が完成しており、それが何世紀にも渡って歩兵の生存力に貢献し続けていた。

 クロスボウすら無効化する防具を相手に斬撃を狙う意味が薄く、甲殻類を調理する時のように厚みのある刃で叩き潰すのが戦場での正解である。


 同じく西洋で発達したレイピア術も戦場では使い物にならない。

 レイピアによくある誤解として『防具の隙間を狙う為の武器』というものがあるが、元々は鎧を外した街中での護身用武器であり、ダガーやナイフと同じカテゴリである。

 或いは現代銃器の小口径弾丸のように防具の隙間、その下に着込んだ鎖帷子を抜けて攻撃は可能なのかも知れない。

 しかし、『防具の隙間』というものは常に必倒の急所というわけではなく、針の刺突一撃を加えてもその後降りかかる鈍器の如き刀剣を防ぐことは敵わない。


 故に、ロングソードを扱うドイツ流剣術とは戦場の、特に対プレートメイル戦に終止している色は強い。

 それでも切断刺突を無効化する防刃服を前にした術理では日本刀の剣術に遅れを取ることはない、とアルフォンソは分析していた。

 顔の右横で剣尖を相手に向ける【(Ochs)の構え】で相対している。

 相手の男、密阿弥はまだ抜刀すらしていないが、それでも気は抜けない。

 予選で彼が居合術で勝ち進んでいるのを知っているからだ。

 呼吸による身体の上下を脱力で抑えていて、攻撃に移る起こりが捉え難い。

 アルフォンソは自ら踏み込むのを躊躇い、開始から三分ほどの時間が過ぎている。


 恐怖していた。


 密阿弥は何故ここまで脱力出来るのだろうか。

 相手を殺し、自分が殺される崖の上の瀬戸際。

 死に繋がる対峙の中で納刀し脱力するという矛盾を見せる男に、アルフォンソは異質な恐怖を感じていた。

 勝とうという意思どころか、生き延びようという意志すら見えない。

 狼でも熊でも虎でもない。生への執着を捨てた人間の狂気がそこにはある。

 冗談ではなく『相打ちでもいい』と考えている狂気に押されるように、アルフォンソが一歩下がろうと後ろ足を持ち上げた瞬間、長刀の白刃が姿を見せた。


 一メートルを超える長刀の居合。

 居合術を軸とする林崎夢想流では【卍抜け】と呼ばれる境地。

 それを密阿弥は、あろうことか前方に跳躍しながら敢行している。


 【抜附之剣(ぬきつけのけん)】。


 飛燕の如く迫る剣撃がアルフォンソの構える手元に向かう。

 ――が、下がると同時に防御に移行していたアルフォンソは、剣道経験とドイツ流剣術の技術に感謝していた。

 顔の右側から左側頭上に構えをスイッチし、頭部から刀身を垂らす【ハンギングガード】。

 剣道では『三所避け』と呼ばれる反則の防御法であるが、咄嗟に移行できたことは染み付いた術理がもたらした幸運と言える。

 密阿弥の剣閃はロングソードをなぞるように上方向へと逸らされていく。


 それを好機と見たアルフォンソは剣を少し持ち上げて密阿弥の刀を弾くと、頭頂にあった左手を前に出してそのまま右袈裟を放った。

 日本刀ならば手首を返して左袈裟を狙うのが定石であるが、両刃の西洋剣なら防御した裏の刃筋でそのまま攻撃出来る。

 日本剣術には無い術理。これ以上ないタイミングの綺麗なカウンター。


 アルフォンソが手元で感じた衝撃は密阿弥の頭部を砕く手応え――ではなく、自分の左拳が砕ける鈍い音であった。


 見誤っていた。

 天真正伝香取神道流は多敵を想定した総合武術である。

 技と技は流れるように繋がり、それは抜附之剣とて例外ではない。

 防がれた時に構えのスイッチで突きや引き小手に移行するまでが一つの型である。


 アルフォンソは左手の上から引き抜かれた剣尖が構えの崩れた喉元に再び迫るのを、ゆっくり流れる時間の中で眺めていた。




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