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どろとてつ  作者: ニノフミ
第二十二話
84/224

【共闘】②

   ■■■




「さぁて、ここからは役割分担といこうかの」


 夜遅くに発表されたトーナメント表を確認しながら不玉は鉄華に告げる。



挿絵(By みてみん)



 組み合わせを何の気なしに眺めていた鉄華だが、篠咲側の意図が見えず気付けば眉間にシワを寄せて熟考に入っていた。

 泥蓮を遠ざける一方、不玉とは早々に当たる組み合わせである。

 同じように優勝候補である戸草を遠ざけ、奏井とは初戦からぶつかる。

 泥蓮が初戦から一ノ瀬と当たる奇妙な偶然はあるが、確率的に低いことではない。

 もしかしたら篠咲も能登原も何も考えていないのではないかと鉄華は自分の思い込みから考え直していた。

 強いて言えば、篠咲は奏井との対戦を急いだように見える程度である。

 裏の関係性に詳しい一巴がどこまで情報を掴んでいるかに懸かっているが、分かったところで一介の女子高生に出来ることなど何もないかもしれない。


「おーい、鉄華や。戻ってくるのじゃ」

「あっ、はい。すみません」


 不玉の声で我に返った鉄華は、考察を一旦隅に置くことにした。


「ここからは選手は自身の体調管理、セコンドは対戦相手の研究を念頭に置いて動くことになるじゃろう。ルールで禁止されている試合外の襲撃も含めて備えねばならぬ」


 篠咲関連の因縁だけではない。

 多額の賞金が動き、闇賭博の対象にもなり得る大会なので一見無関係の誰かが選手個人を狙うことも充分あるのだ。

 ホテルの警備は万全に思えるが、提供されるサービスや飲食物を過信しすぎるのは危険である。


「儂は早々に寝るから、お前には対戦相手である馬庭念流に関する調査を任せる。部屋を出る時は行き先をメモ書きでよいから残しておくのじゃ」

「お任せください……と言いたいところですが私の調査なんか当てになるのでしょうか? 精々一巴先輩の諜報活動を聞くくらいなんですが」

「それで充分じゃ。ぶっちゃけ馬庭念流は儂も知り尽くしておるからの。泥蓮の世話を頼むくらいには交流があるのじゃ」

「あー……知ってたんですね」


 泥蓮が何度か世話になっている馬庭念流の寺院は、結局のところ不玉の知り合いだったのだ。

 保護者間で連絡を取り合って黙認していただけという事実は泥蓮には伏せておこうと鉄華は思った。


「それと一応言っておくぞ。『背負いすぎるな』。意味は理解できるじゃろう?」

「……」

「死は或いは泰山より重く、或いは鴻毛(こうもう)より軽し。儂は個人の覚悟を尊重する。本人が望まぬお節介は『義』ではない。夢々忘れるでないぞ」


 そう言うと不玉は宣言通り寝室へ移動して就寝に入った。


 失敗も成功も個人の人生の糧である。

 どちらが正解なのかを語るのは再現性のない結果論でしかなく、部外者の決めつけで機会を奪うべきではない。

 鉄華は不玉の言わんとしていることは充分に理解していた。

 泥蓮が死なないよう気遣いながらも、自身は冬川と決闘を約束しているという矛盾。

 思いを向けられる泥蓮からすれば腹の立つ話だろう。それは篠咲には勝てないと言っている侮辱に等しい。


 メッセンジャーアプリで送った鉄華の質問に一巴からの返信が届く。

 その中では安納林在の著書や一回戦の動画情報と共に、泥蓮も同じく就寝したという小話が挟まれている。

 まずは目先の勝利。

 誰もが闘技者である以上、常に大局を見据えて行動できる余裕はない。

 鉄華は心底にある嫌な予感に蓋をして、真っ先に自分に出来ることから取り掛かり始めた。




   ■■■




 腰まで届く黒髪をそのまま無造作に垂らし、前髪の隙間から視線を飛ばしている男。

 その対面のソファーには同じく髪に隠れた不吉な眼光を見え隠れさせている女が座っていた。

 男の周囲には黒い作務衣を着た坊主頭の修験者が三人立っている。


「単刀直入に言おう。これは共闘の提案だ」

「……」


 女、小枩原泥蓮が口を開いた。心なしか笑っているようにも見える。


「お前らシロ教が篠咲を消そうとしていることは知っている。そして私の目的は篠咲との一騎打ちだ。賞金に興味はないからルール無視していつでも襲撃できる」

「……つまり場所さえ整えれば後は貴方がやってくれると?」

「話が早いなイケメン教祖さんよ。共闘を飲むのならトーナメントで当たってもわざと負けてやる」


 密阿弥と呼ばれる教祖、宝生依密は最年少参加者の少女を生気のない瞳で観察していた。

 細身に見えるが些細な動きで浮き出る筋張った筋肉から想像以上に鍛えられている事が分かる。

 脂肪の下にある異常な筋密度、その性質は自身に近いものだと正確に把握した宝生は少女の見た目から来る居着きを捨てた。


「お聞きしたいことが三つあります」

「何でも聞いてくれ」


 宝生は髪で半分隠した顔貌を晒すことなく、指を三本立てて小首を傾げた。


「貴方の動機はなんですか?」

「兄の仇討ちだ。篠咲に殺されている」

「それは……失礼しました。無遠慮に踏み込んだことをお許しください」

「気にすんな」


 謝罪をするが、表情に変化はない。

 人形のような教祖の感情のない問答に、泥蓮の笑みが徐々に顕わになっていく。


「二つ目は、貴方は我々のことをどこまで知っているのでしょうか?」

「知っているのは専ら噂話の方だけだ。山奥で薬キメて人殺しや乱交パーティーやってるカルト教だってな。実態や教義は知らんし、噂が事実でも私の目的の邪魔にはならん」

「なるほど、それもそうですね」

「で、事実なのか?」

「事実です。我々は大義あってやっていることですが、一般世間が知れば貴方が抱く評価とほぼ同じになると思いますよ」

「ふーん」


 宝生は初めて笑みを見せて答えた。

 教義を説くことで誤解を解消する気はない。この場にあるのは法律やルールを無視した話題だ。


「さて三つ目ですが、ここまで我々のことを知ってしまった貴方はこの部屋から生きて帰れると思いますか?」


 宝生は立てていた指を全部折り曲げると、ゆっくりと手のひらを広げながら対面に向ける。

 それが何かの合図であるかのように周囲の男たちの足が僅かに動き始めるが、泥蓮が「思うよ」と即答すると気配が収まった。


「理由をお聞かせ願えますでしょうか?」

「お前らは何故私がシロ教の動向を知り得たのか気になっているだろ。答えてやろう。発売されなかったゴシップ誌のデジタルデータを持っているからだ。当然この場にはない。あとは察してくれ」

「……」


 記事を書いたフリーライターとシロ教の実態を密告した修行者は既にこの世にいない。記事を持ち込んだ直後に家族共々不幸な死を遂げている。

 しかし回収した原稿が出力されたコピーであることを知っていたシロ教は原本の行方を追いかけるハメになっていた。

 最終的に大会に参加することで篠咲から原本を回収、破棄して決着した問題ではあるが、原本に拘り過ぎて見落としていたのだ。印刷所側に面付けされた入稿データが存在する可能性を。

 何故漏洩したのかは分からない。或いはこれが死去した記者の保険なのかもしれない。

 それでも記事の内容は証拠写真を根拠に事実を告発するものであり、確実にシロ教の存亡に関わる爆弾である。無視はできない。


「では四つ目の質問です」

「増えたぞ」

「三つ目で終わりだと思っていましたので」

「物騒だな」

「生きて帰れないというのは冗談ですよ。与太話程度の噂ならいくらでも払拭できますから」


 宝生の言葉が重みを増す。

 与太話ではないと判明した以上、この先は命を賭けた問答になると言外に伝えていた。


「貴方は篠咲を殺せるほど強いのですか? 我々の手を汚さないで済むのはありがたいですが傷一つ負わせず返り討ちに合うのでは話になりませんよ」

「ならこうしよう。明日、私の戦いを見てから決めてくれ。そこで敗退、若しくはお前らが共闘するに値しないと思うのならそれで終わりだ。原稿も無条件でお前らに差し出すよ」


 暗く深い深淵の双眸同士が互いの覚悟を確かめ合うように視線を交差させる。

 宝生の心中に描かれた泥蓮の人物像は、『希死念慮』の亡霊であった。

 彼女はもはや生きる目的を見失っている。

 復讐で何も得られないことも理解している。

 その上で自発的な『自殺願望』ではなく、無意識下で漠然と死を願い、死に場所を探して徘徊する憐れな抜け殻。


 ならば、導かねばならない。

 生ける死者に生きた証を与えねばならない。


「分かりました。ならばその条件を満たした時、我々は場を整えましょう」

「あぁそれでいい。明日、また会おう」


 これも神の思し召しだと確信した宝生は共闘の約束を以て応えることにした。

 人が運命を選ぶのではなく、運命が人を選ぶ。

 選ばれた役者は演じきる義務がある。

 運命の脚本に弄ばれていることを知りながらも命尽きるまで踊りきると宣言した少女に、相応しい舞台と結末を用意するのは神の代弁者たる密阿弥の役目だ。


 最後に今一度覚悟を試す意味で、去っていく小さな背中に念押しの言葉を向けた。


「貴方は保険で更なるコピーを手元に残すと思いますが、それが世に出ないことを祈っていますよ」

「信用出来ないなら暗殺でも何でもやってみるといい。お前らごときに負けるようでは私は生きている意味がない」


 振り返ることなく気炎を吐く少女の自信。それは燃え尽きる蝋燭の灯火のように輝いている。

 宝生は大いに満足して紙巻きの大麻に火を付けながら少女の背を見送るのであった。




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