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どろとてつ  作者: ニノフミ
第二十二話
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【共闘】①




 初日の全十六試合が終わった深夜、二回戦へと進出する選手はイベントホールに隣接するホテルへと居を移していた。

 その一室。

 【特別高等班】の指揮を執る警視監の御島(ミシマ)は眉間に皺を寄せて資料を眺めていたが、やがて紙束を放り投げ苦虫を潰したように呟いた。


「金の流れが不明瞭過ぎるな。これでは何の調査もしていないのと同じだ」


 内閣と篠咲の財団法人、及び能登原財閥の間にある収賄の調査結果に落胆している。


 刑法では『公務員がその職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処される』とあるが、政治家は国会議員と政党員という二つの顔があり、政党員の立場で金を受け取った場合は犯罪にならない。つまり政治献金という形態を取られた賄賂は両者の利害関係を明らかにしなければ立件できないのだ。

 そこで検察に倣いひたすら金の流れを追うという手法を指示していた御島は、透明な壁にぶつかり歯噛みしていた。

 議員会館の面会表に能登原英梨子の企業『ベクター・フレーム』の秘書課長が訪れた事実はあるが、関係者や政党支部の口座を洗っても現金の享受は浮かび上がってこない。

 これも過去のリクルート事件やゼネコン汚職の影響かと溜息を零した。

 昨今では現金のやり取りに対する警戒が強まり、立証を困難にする手法が増えている。

 多国籍の関連企業や未公開株、はたまた仮想通貨などというものまで追うには限度がある。


 そもそも目的からして不明瞭なのだ。

 一千億という賞金だけで大会は破綻している。興行で元を取ることなど到底不可能であり、闇賭博に噛んでいても回収できる額ではない。

 プライドの高い武術家を逃さないだけの名誉と報酬と言えば理屈が通るように思えるが、最強を決めたところで出資者は何を得られるというのだろうか。

 最強流派の道場経営やメディア展開で回収するにしても気が遠くなる話である。

 篠咲と能登原は無意味な道楽に散財する夢想家、或いは阿呆だと結論できるのかもしれないが、漠然とした怪しさだけ残して調査を終えるのは公安が納得しないだろう。


 御島は調査結果に不満を示し、側に立つ二人の男らを叱責している。

 彼らは決して無能ではない。権力側と反社会的勢力を行き来して確実な成果を上げる御島の懐刀である。

 そんな彼らを以てしても未だ汚職の証拠の片鱗すら掴めない異常事態。

 大会も始まってしまった今、見えないタイムリミットに急かさるように御島は根拠のない焦りを感じていた。


 いつにもなく急かす御島の前で無言のまま佇む二人の男の内、頬に傷のある男が口を開いた。


「関係性は不明ですが、篠咲は守山蘭道という昭和初期の剣客が打った刀を収集していたようです。全部で五本あり、買収に三十億ほどかけています」

「日本刀如きに三十億ねぇ。それが財宝の扉を開ける鍵だというのなら夢のある話だな」

「大会参加者の中に元の所有者が三人紛れています。月山流薙刀の滝ヶ谷香集(カスミ)、一叢流柔術の小枩原不玉、及びセコンドの春旗鉄華です」


 離れたテーブルでグラスを傾けていた男、一ノ瀬宗助が最後の名前に反応を示すように御島に視線を向ける。


「知り合いか?」

「春旗は元教え子の一人です。……とはいえ彼女はただの女子高生ですから、偶々相続した刀かなんかでしょう」


 一ノ瀬も一蓮托生の身である。今更教え子を庇う意味もなく、彼自身目先の戦闘にしか興味がない事を御島は知っている。諜報力も演技力もなく裏工作の中で動かせる駒ではない。

 結局は何の情報も得られないままであることに苛立ちを感じ始めた御島は語気を荒げて再度指示を飛ばす。


「安友総理は党の総裁公選で多額の借金を背負っているはずだから当時の貸元の口座も洗え。能登原は海外支社の動向を、篠咲は父親の左翼ネットワークとの関係性を調べろ。その刀の持ち主でも何でもいい、交渉で奴らを脅せる材料を用意してこい」

「了解しました」


 退出していく二人の背を睨みながら御島は任務失敗時の保険も含めた次の手を思案する。

 再優先事項は金だ。

 何よりも金を確保しなければ自身の安全すら守れない。

 それだけの金額が動いている。

 充分な守りを用意している主催者陣営に比べ、こちらは極秘任務であり数の暴力を動かすことはできない。


 御島は選択を迫られていた。

 証拠を抑えて警察組織を動かすか、情報を売り汚職側に付いて公安を裏切るか。

 最後には必ず勝者と敗者が決まる。考えたくはないが公安と検察が負けることも考慮して身の振り方を見極めなければならない。


 焦りと苛立ちで口内の乾きを感じた御島は冷めきったコーヒーカップを持ち上げる――その瞬間、部屋の出入り口からドスンという鈍い音が響いた。

 壁に何かを叩きつける音が連続して三回。

 座ったまま呆気にとられている御島を守るように一ノ瀬は木刀を握って立ち上がる。


 静寂と警戒の中、出入り口に通じる廊下からバスローブ姿の男がゆっくりと現れた。

 男は両手を上げて敵意がないことを示し、一ノ瀬を一瞥してから御島に視線を移す。


「誰だ? どうやって入ってきた?」

「どうも御島さん。自分、自衛隊員の山雀っつー者ですけど、少しご相談がありまして。あぁ、ナイスタイミングでドアを開けてくれた御二方には軽くノビてもらいました」


 御島は眼前の男が防衛省枠の大会参加者であったことを思い出し、木刀を構え始めた一ノ瀬を「待て」と制した。

 その主従関係を薄笑いで眺めていた山雀は部屋の隅を指差して話を続ける。


「実は、そこの鉢植えに盗聴器を仕掛けて会話全部聞いてしまいました、押忍」

「……貴様」

「いやぁ、ちょっとした悪戯心だったんですけど物凄く楽しそうなことやってるじゃないですか。なんだか居ても立ってもいられなくなって駆けつけた所存です」


 無表情を通している御島ではあるが内心では侵入者の掴みどころの無さに狼狽していた。

 特別高等班の作戦をある程度知られてしまった。そして自衛隊員の襲撃。

 もし彼が内閣か能登原に雇われた犬ならばここで弓引くのは正解ではない。立ち位置を明確にしてしまう。


 互いに次の言葉を待ち無言の時間が過ぎていく。

 会話が続かないことに焦れた山雀は、長い溜め息を吐いてから急に姿勢を正して敬礼した。


「元特殊作戦群所属、山雀州平! 特技は超暴力! あらゆる潜入工作を単独でこなす防衛省の切り札、孤高のスーパーエージェントとは私のことであります!」

「……何なんだ? 何が言いたい?」


 未だ出方を伺う御島の躊躇から取り入る隙を見出した山雀は、猛る吐息を鼻から吹いて満面の笑みを返した。


「俺もそっちの悪企みに混ぜてくれませんか? 今、転職活動中なんすよ。あ、これ上官には秘密にしといてくださいね」




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