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どろとてつ  作者: ニノフミ
第十六話
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【再会】②




「はいどうぞ! 毎度ありがとうございます!」


 五百円玉と引き換えに包みを受け取った同級生たちは知らない。それがタコ焼きではなくイカ焼きであることを。

 当初は罪悪感を覚えていた鉄華だったが、次から次へと入る注文に忙殺されある種、禅の境地に入っていた。


 刃心女子高等学校学園祭の最終日、時刻は正午を回り、最後の掻き入れ時は一般客を交えた長蛇の列との戦いであった。

 熾烈を極める模擬店区画を制していたのは古武術部のタコ焼き屋台である。

 調理部の焼きそば屋も善戦はしているものの粉物の回転率と利率には遠く及ばない。


 ――ああ、こんなことで心と体って分離しちゃうんだな。


 鉄華は修業の日々の教訓を思い出して少し情けなくなってきたが、イカ焼きに居着いても仕方がない。

 ただただ無心にタコ焼き風イカ焼きを容器に詰め込んで会計を済ませていく。


「ほらぁー鉄華ちゃん! また手ぇ止まってるっすよ!」

「あっ、はい」


 屋台を仕切る木南一巴の激が飛ぶ。

 休学届を出してフラフラしていた一巴は学園祭準備期間に入ると急に復学して露店計画を推し進めていた。

 曰く「材料の仕入れの為に全国を旅していたっす」とのことで、北海道に行っていたのは大量のスルメイカの買い付けが目的だったようだ。 

 タコではなくイカを使うことでコストを抑え、生地に地元のそば粉、トッピングに桜えびの粉をかけて付加価値を付けた古武術部名物『タコ焼き型兵糧丸』の完成である。


 一巴が売上の概算目標を説明すると顧問の八重洲川富士子は一気にやる気モードになり、それに押し切られる形で鉄華も強制参加させられている。

 その気迫と執念に圧倒されてか、公務員の副業ということには一巴も鉄華も触れることが出来ないままでいた。


「む、またタコかイカかで迷ってるっすね」


 客足が途絶えた合間、一巴は鉄華の様子を窺いながら撹拌機に小麦粉を落としている。


「鉄華ちゃん、これはタコ焼きでもイカ焼きでもなくってタコ焼き型兵糧丸っす。ルールなんて存在しないんすよ」


 続いて出汁と卵を追加し、最後にほんの気持ちばかりのそば粉を落とした。


「そ、そば粉の量少なくないですか?」

「いいのいいの。炭火焼き風調味料だって竹炭の粉かけるだけなんすよ。それと同じっす。香り付け出来てればオールオッケー」


 ――それだとそば粉タコ焼き風小麦粉イカ焼きになるのではないか?

 しかし商品名は嘘を吐いていないし、よく似た弾力の物体が入っている以上購入者の期待を大きく裏切るものでもない。

 味自体も割と好評でリピーターも多く、地元テレビ局の取材を受ける程の話題性を持っている。

 でも取材陣に出した物はちゃんとタコとそば粉をふんだんに使った本物だったわけで……、


 自問自答のサイクルに入っても四日間で染み付いた動きで客を捌いていく鉄華であった。


「たっだいまー。いっぱい両替してきたぜ!」


 両替と入金を終えた富士子が小金庫を担いで合流する。

 未だかつて見たことのない顧問の笑顔を見た鉄華は、四日目にして金に目が眩んだ彼女らへの説得を完全に放棄した。

 それと同時に、体育館のドアが開かれて客足が再開し始める。


「お、また次のラッシュ来るっすよ!」


 体育館でのライブも休憩時間に入ったのか、ぞろぞろと押し寄せる人波が模擬店区画を埋めていく。


「んーじゃ、先生が会計やるから鉄華ちゃん休憩入りなー」

「はい……お願いします……」


 もはや他でやっているイベントを巡る気力も湧いてこない鉄華は、少し離れた自販機のベンチに腰を下ろして項垂れている。

 この四日間ひたすら機械のように店番をするのみで、昨晩などは夢の中でもタコ焼きを売り続けていた。


「しゃあっ! 本場大阪仕込みのこのテク見てたもれー! だーるまさんがころんだだーるまさんがころんだァ!」 

「すすすすごい! 針でなぞっているだけなのに次々と裏返っていくぅ~!」


 一巴のパフォーマンスに合わせて富士子が合いの手を入れると屋台を囲む人垣から歓声が上がる。

 それをどこか遠くの国の映像を見るように眺めていた鉄華は、長く深い溜息を零した。


 学園祭が終わればそのまま撃剣大会が始まる。

 乗り気になれるはずもなかった。




   ■■■




「いんやー、コナミ先輩マジありえねえっしょ。学祭の模擬店で二百万稼ぐとか業者っすわ。税金どうすんすか?」

「うーむ、三人で分けるにしても確定申告必要になるっすね」

「あー先生には現金手渡しでお願いね」

「フジコちゃん捕まっても知らないっすよ」


 後夜祭が終わり露店の後片付けも終わった後、僅かに余った材料を使い尽くすための細やかな打ち上げタコパ、ではなくイカパを開催していた。

鉄華も合流した曜子と鈴海を連れて古武術部の部室を訪れている。

 噂の忍者先輩に会えた曜子はさておき、鈴海も気質が合ったのか一瞬で意気投合し雑談に花を咲かせていた。


「じゃあここは一つ部費として全額寄付するっていうのはどう? ね? ね?」

「却下っす」


 一巴に額を押し返された富士子は頬を膨らませて抗議したかと思うと、懐から銀のスキットルを取り出してグイと一飲みする。そして酒気帯びの吐息を吐き出し「かぁっ!」と歓喜の声を上げた。

 もはや誰も突っ込まない。突っ込んだら負けだと思っていた。


 そんなやり取りを微笑ましく見ながらイカ焼きを取り皿に分けていく曜子も大きく溜め息を吐いて呟いた。


「あーあ、あたしも鉄華ちゃんと一緒に古武術部入っときゃよかったなー。本屋のバイトとか最低時給だもんなー」

「いや、やめといた方が……」

「お、いつでも歓迎っすよ。来年の一年がどれだけ入部するのか考えたら私は今から心配で夜も眠れないっす」


 制止する鉄華の言葉に一巴の勧誘が食い込む。

 雰囲気に飲まれやすい曜子を制止するのは自分だと思う裏腹、来年のことまでちゃんと考えている一巴に少し驚きを隠せない。

 古武術の中でも常識人であることをこの頃失念してしまっていた。


「まじですか!? そうしよっかな~? ねー鈴海も一緒にどう?」

「あーしはパス。頭のネジ外れた激ヤバの大会出るんでしょ? 勘弁してくれって感じー」


 その一言で部室内に静寂が訪れる。

 先程までの談笑は消え失せ、鈴海は鋭い視線を一巴に向けていた。


 無理もない、と鉄華は思った。

 古武術部全員での大会参加は部活動の一環だと思われても仕方ない。

 性別も階級もなく武器を交える狂気。そこまでして強く在りたいという個人の意志を、部員全員に強制しているかのような結果だけが表面に浮かぶ。

 批難する鈴海の気持ちも分からなくはない。


「ほ、ほら食べなよ鈴海。タコ焼き冷めちゃうよ」

「イカだし。ねぇ春旗、あんた来年も大会あったら次は出場すんの?」

「え? うーん……どうだろ?」


 空気を読んだ曜子が口を挟むが、それを無視して議論は鉄華に飛び火した。

 自身の出場を考えたこともなかった鉄華は少し考えたが答えが分からず、腕組みして熟考に入った。


 撃剣大会のようなルールの大会に出場するのはもう護身ではない。強さの証明が目的になる。

 それはそれで心躍る選択かもしれないが、望んで死闘に赴くほどの動機になるとは思えない鉄華であった。

 理由があるなら出るのに躊躇いはないが、その理由を必死に探すのは本末転倒だ。


 ――誰だってそうだろう。


 金や名誉で釣られる層もいるだろうが、既に金や名誉を得ている強者を集めるには他に動機付けが要る。

 もしかしたら篠咲鍵理は小枩原家のような参加する必然性をあらゆる参加者に向けて作っているのかもしれない。

 全方位にヘイトを溜め込んで、彼女は最終的に何を得られるのだろうか?


 思考の迷宮に嵌り込んだ鉄華の代わりに一巴が口を開いた。


「ツムラちゃんは良い子っすね。何回も続くような大会じゃないから大丈夫っすよ。私らの思惑も今回限りだし、鉄華ちゃんは恩師にセコンド頼まれただけっす」

「ふーん、思惑ねぇ。金に目が眩んだだけじゃないんですか?」

「さてそれは……どうっすかねぇ?」


 睨む鈴海と不敵に笑う一巴が対峙する中、机にスキットルを叩きつけて富士子が語気を荒げた。


「なんだぁ辛気臭ぇなぁ。酒がまずくなんだろ!」

「あーついに酒って言っちゃったっすよ……。皆触れないでおいたのに」

「んだぁ? 大体なぁ先生差し置いて大会申請するとか退学ものだかんね! 次回とか許すわけないっしょ! あーもー、不玉ちゃんって昔っから私の人生無茶苦茶にすんのだけは得意なんだから」

「ほぉ。それはすまなんだな富士子よ」

「まったくよ! あの山猿、やっと人里離れてヒキニートになってくれたのになんで今更戻って……あれ?」


 富士子が違和感に気づいた時、鉄華と一巴は既に一歩引いていた。

 開放していた部室の窓からぬるりと入ってきた浴衣姿の人影を見逃す程呆けてはいない。

 その人影が富士子の背に絡み付き、両手両足を固定して上に持ち上げるまで一秒もかからなかった。

 ロメロスペシャルである。


「ぎゃあああああぁ!痛い痛い! も、もしかして不玉ちゃんなの!?」

「うむ。息災か? 山猿の方から会いに来てやったぞ?」


 不玉は旧友との再会の挨拶を交わしながら弓を引き絞るようにギリギリと絞め上げていく。


「あぁぁああああ! ごめんなさいごめんなさい!!」


 生徒を前に泣きながら下着全開で固められている富士子を見て、曜子と鈴海はドン引きしていた。


「ちょっと、誰よ! こんな奴……不玉ちゃん呼んだのは!?」

「あー私っすよ。ほら、夏休みに色々お世話になったし学祭くらい呼ばないと失礼じゃないっすか」


 一巴が挙手して答えた。二人の関係性を知っていたのかその顔は作戦成功の笑みでニヤついている。

 富士子の血走った目が殺意を帯びて一巴に向けられたが、更に力が込められていく固め技の痛みで嬌声を上げ、やがて動かなくなった。

 それを確認した不玉は固めを解き、部室の隅に富士子を転がしてから何事もなかったかのように鉄華たちに向き直る。


 鉄華にとっては実体験を伴う見慣れた光景であったが、初対面の曜子と鈴海は突如現れた不審者に怯えて鉄華の背後に回り込んでいた。


「ささ、不玉さん。どうぞお収めくださいっす」

「うむうむ、良い心がけじゃ忍者娘よ」


 一巴の差し出すイカ焼きを受け取った不玉は席に座り、時折「お茶」と一巴に命令しながら三皿ほどを休みなく平らげた。

 そしてティッシュで口の周りを拭き、まるで一仕事終えたかのように嘆息する。


 数分の沈黙を破ったのは鉄華の袖を掴んでいた鈴海である。


「ちょ、ちょっと……何なのさアイツ?」


 鉄華の脇腹を小突きながら耳元で囁く。

 マイペースを崩さない彼女も場のテンションを掴めず狼狽えているのが分かる。


「えっと、私の師匠的な人かな」

「それって出場者の?」

「うん」


 部外者の様子に気付いた不玉は湯呑を持ち上げながら怪しく笑って返した。


「ふふふ、そう怯えずともよい。取って喰ろうたりせぬよ。今日ここに来たのはもののついでじゃ」

「ついでですか?」

「うむ。週明けからは大会じゃしな。約束しておいて万が一にも伝えられぬ不義理があっては小枩原家の名折れよ」


 不玉は浴衣の胸元をゴソゴソと弄って一冊のノートを取り出すと、一巴に向けて放り投げた。


「大したものではないが、一叢流の毒術【衰枯(スイコ)】の内容じゃ。興味があるなら鉄華も目を通しておくがよい」




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