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どろとてつ  作者: ニノフミ
第十五話
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【心形刀流:木崎 三千風】①




 その男がマイクを取ると報道陣のフラッシュが一斉に焚かれ始めた。


「総合には以前から興味がありました。レスリングを引退してからはサンボに転向し、空手とキックボクシングで打撃を修得しています。そろそろ良い時期かなと思っていましたので、今回のオファーをきっかけに参戦を決めました」


 総合格闘技団体『ストライク()オア(O)ストラングル(S)』。

 新団体立ち上げと同時に行われるオープントーナメントの会見場に男はいた。


 矢島幹雄。


 レスリングの金メダリストである彼が公の場に立つのは電撃引退からおよそ三年ぶりのことである。


「MMAで活躍する選手の多くは下地でレスリングをやっています。オールアメリカンならぬオールジャパニーズの私がやればどこまで行けるのか、気になっているファンの方も多いのではないでしょうか。ここに集まった選手の皆さんには申し訳ないですが、この国内試合を踏み台に総合でも世界の舞台を目指しますのでご期待ください」


 報道陣から感嘆の声が上がる。

 長机の横に並ぶ参加選手たちは強気な矢島の発言に対して失笑したり、顔を歪めて怒る素振りを見せたり、無関心を装うといった反応を見せている。

 それでも彼を軽視している者など一人もいないだろう。

 実力の裏付けとしては最高位の実績を持っている故に、ただのビッグマウスとは言い切れない圧力があった。


 続いて司会の女性アナウンサーが矢島からは離れた位置、長机の端に座っている男に質問を投げかける。


「木崎選手は一回戦で戦う矢島選手の実績をどうお考えでしょうか? 対策はありますか?」


 その男は着流しの和装姿で腰に模造刀を差すという一見侍に見える出で立ちだが、鮮やかなオレンジ色のウィッグが雰囲気を異質なものに変えていた。

 それは見る者が見れば分かるらしい、一昔前に流行った少年漫画の主人公のコスプレである。


 本名、木崎(キザキ) 三千風(ミチカゼ)

 机上のプレートにリングネームの『木崎・∀・三千風』と書かれた男がマイクを取った。


「いえ、別に。特に興味ないです。早く帰ってアニメ見たいのにクソうぜえ自慢し始めるなよって感じです」


 木崎の一言で会場に静寂が訪れる。

 そして少しずつ緊張感で満たされていく。

 司会は矢島がマイクパフォーマンスを額面通り受け取るかが分からず、早々に木崎への質問を切り上げた。


「で、では、矢島選手は木崎選手と戦うにあたって対策はありますか? 矢島選手にとっても古武術家というのは初めての相手だと思いますが」

「えー、見ての通り、古武術家ってのはサブカルを拗らせた紛い物の集まりですから。武器で不意打ちして勝つみたいなヤバい妄想膨らませてる口だけ野郎しかいません。型の反復ばかりやってるお笑い芸人に私が負けると思ってる人間なんて存在しないでしょう? これは感情論ではなく物理的な問題です」


 公式試合の実績は何もなく、今回初参戦という古武術家。しかも漫画キャラのコスプレをしている色物枠。

 彼の強さに期待している者がこの場に一人も存在しないのは明らかである。

 誰もがクジの巡り合わせの悪さで最弱と最強がマッチングしてしまったとしか思っていなかった。


 しかし木崎は再度マイクを取って言葉を吐いた。


「ふ~ん。――で、いたらどうすんの?」

「え? 何が?」


 視線を向けられていることに気付いた矢島が半笑いで会話に乗った。

 この手のパフォーマンスに付き合うのもプロの仕事だと矢島は自覚している。


「そのヤバい奴が実際いたらどう対抗すんの? 組手主体の武器術使う奴が逃げられない状況で襲ってきたとしたら」

「ならないよ、そんな状況には」

「あんたが知らないだけかもよ? もし想像を超えて頭のネジ外れた奴がいたらどうすんの?」

「いてもどうせ口だけだよ。法治国家でそんなこと出来るわけないし、殺し返す方法とか考えるのは中学校で卒業しとけ」


 矢島の笑いに誘われるように会場の報道陣も失笑する。


 ――精々盛り上げてくれよ。


 矢島は木崎の肝の太さにある種感心していた。

 色物枠が次に繋げる為にはこういうポイント稼ぎも重要なのかもしれない。最弱の相手でも散々フラグを立てて派手に散ってくれれば視聴率を稼ぐことができてWIN―WINの関係になる。

 プロモーターとも利害が一致したのか、この場の口論を止める者は誰もいなかった。


 会場の笑い声とは対象的に木崎は無表情のままやりとりを続ける。


「あっそ。じゃあ、中国が軍隊率いて攻めてきたとしたらどうしたらいいと思う? 北朝鮮のミサイルが何百発も飛んできたらどうする?」

「はぁ? 知らねえよ」

「もし宝くじの一等当選したら何買う?」

「……」

「一度だけ人生を巻き戻せるなら何歳まで戻す? 異世界に転生できるならどんなスキルが欲しい? 俺的にアイテムボックス系は必須だと思うんだけどお前はどう?」

「何のこと言ってんだお前?」

「次から自己紹介する時はこう言えよ。『僕はもしも(・・・)を考える事ができないサル並の知能なのに戦いのオーソリティ気取ってます』ってな。トップアスリートの学力が中卒レベルでワロス~、とか煽られてんのはお前みたいなチンパンがいるからだと思ってるぜ。さっさと森へ帰れよ」


 淀みなく紡がれる木崎の言葉に矢島は気付いてしまった。

 これはポーズではない。

 本気で喧嘩を売っている。

 本気で勝てると思って上から目線で煽ってきている。

 全国放送の場で笑い者にするために全神経を注いでいる。


 気付いた時には身体が勝手に立ち上がって叫んでいた。


「おぉ? 何だテメエは!? 今ここでかかってこいやアニオタ野郎!!」


 そこでようやく興行関係者数人が飛び出してきて矢島を止める。

 三人がかりで抑えられながら尚も挑発を止めない矢島を尻目に、木崎はカメラ目線で満足気にこう答えた。


「関係者並びにテレビの前の皆さん、試合当日また観に来てください。皆さんに本当の古武術家というものを教えてあげますよ」


 この会見の有様は翌日のスポーツ紙の一面を飾ることになった。




   ■■■




 木崎の意図したものかは分からないが、会見以降メダリストとしての品格を問われた矢島は世間的にヒールとして認識され始めており、火消しの為に後日専門誌のインタビューで謝罪するという屈辱を味わされる羽目になっている。

 会見での短気と特定創作物への謝罪をすると同時に、スポーツマンシップに乗っ取って正々堂々雌雄を決しようと木崎サイドに投げかけていた。


 これは抑止(・・)の為に必要な手順だったと思い込むことで矢島は何とか溜飲を下げていた。

 紆余曲折あったが試合前に『正々堂々』を強調することができたのは大きい。


 古武術家というものは価値観が違う。

 勝利を美徳とし、そこに至るまでの過程を重視しない社会不適合者である。


 要は卑怯なのだ。


 木崎が会見場で見せた余裕は、何らかの卑怯を行使するということに他ならない。

 卑怯を行使できれば勝てると思い上がっている。


 矢島はプロモーターに掛け合い日本の興行では甘めなドーピング検査や武器の持ち込みに関しての検査を厳しくし、反則行為に関しても多角的なカメラ映像でチェックさせる事を約束させている。

 これで古武術家の有利は潰えたに等しく、後は二度と舞台に上がろうなどとは思わないよう一方的に叩き潰すだけだ。


 矢島は古武術家のプライドをへし折り選手生命を断つために、ルールに触れない武器(・・)を使おうと決心していた。





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