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どろとてつ  作者: ニノフミ
第十四話
57/224

【短剣道 山雀 州平】②

   ◆




 屋上の陥没から十分後、占拠されたビルのクリアリングを終えた実行分隊は迎えの輸送ヘリ(チヌーク)に乗り込んで帰投していた。

 キャビンには十一人の黒ずくめが静かに着座している。爆死か被爆する可能性がある作戦の緊張は帰投段階に入っても解けないでいた。

 ――ただ一名の隊員を除いては。


「山雀! 何故遊んだ!? 頭部を撃ち抜けと指示したはずだぞ!」


 分隊長である藤枝の怒号がローター音を掻き消すほどに響き渡る。

 彼の視線の先では一人の隊員が襟首を掴まれて壁に押し付けられていた。


 山雀(ヤマガラ)州平(シュウヘイ)二等陸曹。先のテロリスト二名を近接戦闘で葬った男である。

 群長の命令で抜擢された分隊の中でも特例とも言える程に突出した山雀の戦闘力は、彼と関わった隊員全員が認めるところでもある。

 しかし、その在り方に関しても突出した問題を抱えていると言わざるを得なかった。


「なに怒ってんすか? あの場での最善の選択をしただけっすよ」


 ゴーグルを額に上げた山雀は左右に首のストレッチをしながら分隊長を見据えて答える。


「最善だとぉ? 手首を斬り落とす曲芸が何故最善だと思った!?」

「いやいや、頭撃っても起爆を回避できる保証にはならないでしょ。あの場にいた他の隊員の安全確保も考えないと。俺にはそれが可能だと判断しました」


 実際のところ、起爆装置の作動までは織り込み済みの作戦であり、爆弾の種類と量を解析して建物を補強することで放射性物質の飛散を防止するというのが第一目標、犯人を殺害する優先度はその次になる。

 にも関わらず山雀は指示を無視してナイフによる接近戦を行ったのだ。


 藤枝は苛ついていた。それは増長とも取れる態度や指示を無視したことに対してではなく、隊員間での山雀の評価に対するものだ。

 研修でPMCに参加した時も、平和維持活動で中東に派遣された時も、一見暴走に見える山雀の独断行動で部隊は何度も救われていた。


 ――山雀の独断は常に正しい。


 部隊内でその価値観が蔓延するのは危険だ。

 一人の強さなどたかが知れている。そのことを充分に理解している選りすぐりの兵士たちが、突出した個人の実力に依存し始めている。事実、キャビンにいる隊員たちは山雀と上官の口論を日常の光景として受け入れていた。

 このままではいずれ致命的なほどに全体のパフォーマンスが低下するだろう。


「いいか? ここにはお前の自惚れに命を預ける腰抜けなどいない。分かったらその田舎者丸出しの口の利き方から直すんだな。帰投後に独断行動の責任を取らせる。覚悟しておけよ」

「は、了解しました! 上級曹長殿!」


 演技だと言わんがばかりに声を張った山雀は敬礼しながらも、フェイスマスクの下にある口元を緩めていた。




   ■■■




 日本海に面したとある自衛隊駐屯地の一角。

 砂浜を拠点とした通称”ショーロマンス”呼ばれる施設は新兵訓練(ブートキャンプ)を始めとする基礎訓練や、潜水工作、爆破工作を想定した複合多角的なケースにも対応できる総合訓練施設である。

 現在はそこで特殊作戦群入隊試験の第一段階である体力訓練が行われていて、その様子を一望できる一際高い監視塔の最上階に二人の男がいた。


「二十歳でレンジャー課程を修了、二十二歳で特作に就き、現在二十四歳か。……若いな」


 視察に訪れていた防衛省防衛政策局次官の八重樫泰三は、資料に目を通した後、ゆっくりと紫煙を吐き出しながら一言呟く。

 堀の深い眼窩の奥にある三白眼を、対面に座る特殊作戦群群長である多治見に向けていた。


 交わされる議題は資料の表紙を飾る証明写真の男、山雀州平に関してのことである。

 多治見は開催が迫る撃剣大会に際して隊員である山雀を推挙する為、次官の視察のタイミングを狙ってこの場に来ていた。


「彼は日拳の戦績はあるが武器術はどうなのかね?」

「兵科として銃剣術、それと短剣道を学んでいたようです。戦績の方は、まぁ可もなく不可もなくと言ったところでしょうか」


 コーヒーを一口飲んで区切りをつけた多治見は、少しの落胆を見せていた八重樫の反応を確認しても特に表情を崩すことなく続けた。


「但し、実戦では幾度か非凡な戦闘力を発揮しています。その殆どが勝手な独断ですが、いずれも成功させることで隊員や護衛対象の生存に貢献してきました」


 狙撃手を前に自ら囮になった話。

 ゲリラが占拠する村を単独潜入で解放した話。

 捕虜になった新兵を奪還するために部隊を離脱した話。

 0.1秒を争う制圧の瞬間にナイフ一本で飛び出した話。

 資料の後半は軍人としては手放しに褒める事の出来ない英雄的行動で埋められていた。


「くっははは、何だコイツは。自殺志願者か快楽殺人者の類いか?」


 八重樫は思いかけず笑みが溢れるのに任せて呆れながら嗤い続けた。

 こんな自分勝手な者を部隊に所属させるのは突拍子もない集団心理の実験をしているのと同じだ。


「結果論ですが、どのケースも任務上の必然だと判断ぜざるを得ないのです。……私見を付け加えるならば、山雀の強みは突出した精神力にあるかと」

「精神力ねえ。それは独断行動と矛盾してはいないか?」

「ええ」


 多治見は立ち上って窓際に歩み寄ると、眼下の砂浜で展開される入隊試験の候補生たちに視線を移した。


「特殊作戦群はエリート中のエリート。レンジャー班や西普連、特別警備隊といった各部隊が太鼓判付きで送り出してきた者たちを、こちらの基準で更にふるいにかけていくのです」


 煙草の火が根本まで到達しているのに気付いた八重樫はそれを灰皿に押し付けてから立ち上がり、多治見と同じ光景を眺める為に歩み寄る。


「ランニングや遠泳に始まり、格闘、潜水、自由降下、洋上と水路の潜入工作、山中でのサバイバル適正といった多角的な訓練を実施し、フィジカルとメンタルの両面を徹底的に数値化して合否を測ります。尚且つ学力も高度なレベルを要求し、火器、装備品、車両、船舶、情報機器の取り扱い、化学に衛生学に語学に風俗学、任務に必要な知識全てを一個人に求めるのです。

 それでも振り落とされない選りすぐりの強者たちが音を上げリタイアしていく瞬間がある。それが今やっている訓練ですよ」


 砂浜に並ぶ四十人程の候補生たちは全身に泥を被った灰色になっていて、石像のような見た目で隊列を組んでいる。

 士官候補生も同じカリキュラムに投入し、五人一組のチームでゴム製の小型舟艇を操縦する訓練。その一番出来の悪かったチームが前に呼び出されて教官の罵声を浴びている状況であった。


「これは先程挙げた訓練過程を眠らず(・・・)に行わせる段階です。この不眠訓練は一週間続き、トイレ中も食事中も寝ることを許しません。小さなミスでも徹底して連帯責任を負わせ、日に一度候補者同士で追放審議会を行って人間関係でも追い込んでいきます。

 そんな生活を続けると三日目辺りでどんなにタフな奴でも正常な判断力を失うのです。多くの者が自主的に原隊復帰していきますが、まぁどんな状況に追い込まれても最適行動を引き出せなければ本物の戦場で生きていけませんからね」


 サングラスを掛けた教官の竹刀がゴムボートに叩きつけられると、候補生の何人かは怯えたように肩を揺らした。

 精神的な消耗が見て取れる。

 そして吐きつけられる罵声が施設中に響き渡った。


『装具点検不十分! 操船技術不十分! 士官の指示不十分! 帽子の被り不十分! 靴紐の結び不十分! 目の輝き不十分! 以上、指摘事項六点! 腕立て六十回、実施ッ!』


 号令と共に槍玉に挙げられたチームは地面に手を付き、脇に止められた監視用車両の拡声器からメタル調の音楽が鳴り響くと一斉に腕立て伏せを始める。

 一連の様子を監視塔から見ていた八重樫は新たに取り出した煙草を口に咥え、苦笑いをしながら火を点けた。


「こりゃいい。制服組にもやらせるべきだな。一切笑わなくなる弊害はあるが、仕事効率は格段に上がるだろう」


 八重樫は冗談交じりに拍手して戯けてみせ、それでようやく多治見は形式的に口角を上げて笑みを作った。


「この訓練の通過率は約三十パーセント、最終的には十人前後しか残りません。しかし山雀は……なんと言いますか、入隊試験の時には既に出来上がっていたのです。不気味なほどに平常時と変わらぬメンタルを維持して、休憩中誰もが目を閉じて体力の回復を図る中、あいつだけは自主的に腕立て伏せやってましたよ」

「……ほぉ」


 不撓不屈の精神力で鍛え上げた自己への絶対的自信を持つ故に、作戦や命令をも疑って独自に最適行動をする男。

 非難する周囲に成功という結果を積み重ねて見せつけることで少しずつ黙らせていく実力者。

 上下関係を徹底している軍隊でも命を賭ける現場は常に現実主義であり、誰が有能で誰が無能なのか、全員がその手の洞察には敏感だ。


「なるほどな。個人力を高め過ぎた結果産まれたワンマンアーミーか。特作の基準を超えたところで持て余されるとは面白い人材だ、――が選考基準に不備があるようだな」

「おっしゃる通りです。申し訳ございません」


 個人情報の秘匿が絶対である特殊作戦群から表舞台の選手を推薦するのは多治見自身、山雀を持て余していることに他ならない。

 『本来選ぶべき人材ではなかったが、手放すには惜しい』という本音がそこにはあった。

 山雀の扱いに関して孤立か衝突が起きるのは時間の問題である。

 部隊に必要とされるのは特化者(スペシャリスト)ではなく万能者(ジェネラリスト)であり、突出した個人には専用の受け皿が必要だ。


「いいだろう、試してみようじゃないか。個人力、こと暴力に特化した人材はもう一人いるからな」




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