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どろとてつ  作者: ニノフミ
第十三話
51/224

【一刀】②

   ■■■




 霞ヶ関。

 中央合同庁舎第二号館。

 警視庁に併設するそのビルは、国家の安全の中枢とも言える機能が集結している。


 会議室に入室した警察庁長官官房、警視監の御島(ミシマ)人志は敬礼を終えて静かに着席する。

 向かいの席には国家公安委員である野茂田一郎。

 共に同大卒のキャリア組であり、日常的に計略が飛び交う世界に於いて唯一信頼できる友人同士でもあった。


「敬礼などよせよ、御島」


 野茂田はそう言うと分厚い紙束を差し出した。


「公安様には媚び売っとかないとな」


 冗談めいた笑みを浮かべる御島は紙束を数枚捲り、これから議論に挙がる内容を大まかに把握していた。


「本題に入ろう。撃剣大会を知っているか? 今世間を賑わせている格闘技の興行のようなものだ」

「一応はな。警備は万全だと思うが」

「警備とは別の話だよ。我々の関心は金の流れの方だな」


 敢えて我々(・・)と言うことで事の重大さを匂わせている。

 格闘興行というものは裏社会と切っても切れない関係であるが、公安が直々に動く案件となると想像の域を超えている。


「主催者側は当初、誰でも参加出来るものとして広く参加者を募っていたのだが、まぁ、それだと国外からも質の悪い連中が集まるのは目に見えていたからな。新たにいくつかの参加規定が追加されたのだが、それを策定したのは何処だと思う?」

「公安じゃないのか?」

「違う。内閣だよ。連中、よりにもよって四大臣で話を進めやがった。これは国家安全保障会議(NSC)に匹敵する決議だぞ」


 御島は資料に目を通しながら、話の意図を読み取っていた。


 『何らかの武術流派、格闘技団体に所属し、代表者、若しくは国内外で一定以上の結果を残している者に限る』


 何の変哲もない追加された規定が首相、官房長官、外相、防衛相からなる四大臣会合で秘密裏に決められていた。

 恐らく興行を許可したのも彼らだ。

 その決定に国家公安委員会を含まないという嫉妬が野茂田を動かしたにせよ、一興行団体の動向にしては規模が大きすぎる。


「なるほど。興行が中止にならないよう随分と気にかけている人物がいるな」

「そういうことだ」


 許可を得ようとする主催者、或いは賭博による利益を目論む裏社会から賄賂を受け取った人物がいる。

 その全容は不明だが、閣僚や警察関係者が絡んでいるのは間違いない。


「幸い、主催者は警察と自衛隊にも招待枠を設けているのでそれを利用させてもらう。警察庁から一人大会参加者を見繕ってくれ。それに伴い内偵チーム【特別高等班】を組織する」

「……」


 旧日本時代の政治警察の名称を引き継ぐ不穏な捜査班。

 恐らく表沙汰には出来ない活動であることに溜め息の出る御島であったが、まずは聞かねばならないことがある。


「見返りは?」


 政界の伏魔殿規模になると、陰謀を暴けてもその後の安全確保が難しい。

 基本的に金と権力を持つ者は相応の組織力も有しているからだ。

 覚悟のある有志でチームを組織しても、彼らの家族にその覚悟はない。


「捜査の過程で押収できた不正資金の三割を綺麗にして君たちに渡す。それと捜査員の家族は我々で保護する。事後、望むのであれば国家公安委員会(こっち)にポストを用意しよう」

「……悪くないな」

「たとえ露見しても大義名分はこちらにあるからな。まぁ好き放題やってくれ」 


 賞金だけで数千億という話だ。

 主催者側、裏社会組織、それらの資金を押さえられたら余生を豪遊しても有り余る一財産になる。

 リスクに伴う対価としては充分以上であり、御島は友人の提案を人生で幾度とない成功のチャンスだと捉えていた。


「特高の任務は大会資金の出処と流れを調査することにある。その初期段階で大会に参加し、主催者と協力者を競技中の事故として再起不能にするのが望ましい。……適任者はいるか?」

「何でもありの戦いか……。警察から選ぶのであれば武道専科、警視流の三越か、皇宮警察の國井か。その辺り調査して内々に選抜戦を行おう」

「選考の段階で動きを悟られるなよ」

「報酬に見合う働きはするさ」


 明治維新後の警察組織に於いて諸流派を纏めて洗練させた警視流という警察独自の流派がある。

 それを修めた人間はいつの時代も最強の剣客の候補として挙げられるに相応しい。

 また皇室の警護を担う皇宮警察は独自の武道大会を行っており、任務に伴う使命感からかその練度はかなりのものである。

 暴力を制する強者という意味で警察庁は人材の宝庫であり、表の大会では顔を見せないが特筆すべき個人力を持つ者は数多くいる。


 しかし、それは警察庁だけの特権ということではない。


「……防衛省も資金の差し押さえが目的で動いているかもしれないな。自衛隊員からは恐らく銃剣術の指導官が出て来るだろう。古流の槍術も修めている強者と聞く。かち合ったらどうする?」

「我々の管轄だと分からせてやれ」

「了解した」


 野茂田の視線は含みを持って応える。

 ――何をしてでも勝利しろ、と。


 御島は縄張り争いに興味はないが、立ち塞がるのであれば手練手管を弄することに躊躇はない。

 常日頃からその手の動きに慣れた手駒も揃えている。

 自衛隊であろうとも相手にとって不足はなかった。


「最後に一つ聞きたい」

「なんだ?」

「お前は何でこの一連の動きに気付いたんだ? 上の連中の会議にしても秘密裏に行われたんだろう?」


 違和感を残したまま生命が脅かされる行動には移れないと、御島は会話の当初から感じていた些細な疑問を口にした。

 いくら洞察に長けた野茂田でも視界外にある動向まで追うことは不可能であり、気付くには何らかのきっかけがあったはずだ。


「なあに、大したことじゃないさ。全共闘世代、ゲバ棒振りに古流教えてた篠咲静斎(セイサイ)という極左がいてな。まぁそいつはもう死んだんだが、その娘が剣客集めて何やらやらかそうとしている。これは公安として放っては置けないだろ?」


 なるほど、と納得しかけた御島は、新たに湧いた違和感に考えを修正する。

 公安にマークされていながらも、今まで行動を気取られていなかった篠咲鍵理という女。

 任務に失敗した場合の身の振り方も考えておかなければならない。


 密談を終え親交を確かめる握手をする御島だが、脳裏では四大臣の誰かにコンタクトを取る段階を模索し始めていた。




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