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どろとてつ  作者: ニノフミ
第九話
34/224

【撃剣】⑤

   ■■■




 放送を聞きながら鉄華は危ういと感じていた。


 特殊な防刃繊維が日本刀特有の切断力を無効化する分、術者はルールに合わせた戦い方を強いられる。表皮を撫で斬り失血死を狙うような斬撃は意味が無いのかもしれない。

 しかし服が切れないだけで皮下の肉や骨は掛かる圧力で骨折を通り越して圧し斬られる可能性すらあり、受けるダメージは徒手格闘技の比ではない。有効打突を判定するのではなく失神か重症かまで戦わせるのも危険極まりなく、出場すること自体が自殺行為と言ってもいい。

 これは現代で用意できる限界、合法的な殺し合いの場だ。

 ルールは法的な問題への言い訳に過ぎず、安全性は有って無いようなもの。

 そこに篠咲が出場するのなら泥蓮が乗らない理由がない。


 鉄華は自宅に現れた時の篠咲を思い出し、彼女の目的を考えていた。

 非合法とも言える真剣の果し合いをし、かと思えば大金を掛けて表舞台の興行も用意もする。

 金も命も惜しくはなくただ最強という名誉のみを欲する求道者だと納得できれば楽ではあるが、実際に会って話した鉄華は篠咲のことをとてもそのような人物だとは思えないでいた。

 例えるなら、復讐者。単一の目的に向かって突き進む強固な存在である。その道程で偶々強さが必要になっただけだ。

 何故大会を開いたのかではなく、何故剣術を選んだのか? そこに彼女の本質があるように思えた。


 テレビ画面から不玉へと視線を戻した能登原は目の前で五指の先端同士を合わせ、ソファーに背を預けながら先程と変わらぬ笑顔で再度質問を投げかける。


「さて、どうされますか? 繰り返しますが強制はしません。逃げるのは自由です。私的な意見を言わせて頂けるのなら、一叢流は先細り消え行くだけのマイナーな流派です。ならばここらで一花咲かせるのも一興かと思いますが」


 それが不玉だけに向けられた言葉でないことは鉄華にも分かった。

 小枩原家、小枩原有象という人間の顛末を知っていて煽ることで不玉か泥蓮、或いは双方ともを死地に引き摺り出そうとしている。


 ――まともな神経ではない。

 武器も使う古武術流派を煽ってそのまま殺し合いに突入しても構わないと思っている。

 狂っているのでなければ、勝てる自信があるということだ。

 着席した状態から始まる四対一でも崩れない余裕を感じた鉄華は、能登原が銃器を持っている可能性を考慮して備える。

 顔前で組んでいる手が懐へ伸びたら飛び付いて手首を押さえるつもりでいた。


「自分で墓穴を掘り、棺桶まで用意しているのなら是非も無い。一叢流は逃げないよ。五体満足(・・・・)な私が出よう」


 それが当然の選択であると泥蓮が気炎を吐いた。


「おいおい、現当主の儂が出るのが筋じゃろうて。クソ面倒じゃが誘いに乗ってやろうぞ」


 不玉が溜め息混じりに決意を示し泥蓮に対抗する。

 親子の視線が再び火花を上げ、低俗な論戦の気配を察した能登原が呆れ顔で機先を制した。


「ここには不玉様の参加を確認に来ただけです。あなた方だけ二枠と言う訳にはいきません」

「そうか。なら私は降りるが、数少ない参加者が野試合でぶっ殺されるという謎の事故が起きたら私をリザーバーに使ってくれ」


 どのような形になろうとも篠咲と戦うつもりの泥蓮に常識や倫理観で説得する意味は無い。

 そう思った鉄華は一寸熟考し、野試合や闇討ちになるより大会に参加させた方が幾分マシではないかと考え直した。

 ルールがある、医療設備もある、例え殺し合いであろうとルールの枠を超えた反則を衆前で晒すことはしないはず。

 最良ではないが、最悪を回避できている。


 その鉄華の考察は皮肉にも能登原の思惑と同じ結果に辿り着いていた。


「ふふふ、それも面白そうですが話は最後までお聞きになってくださいな。本来一流派に二枠は認めませんが、お聞きするところによると不玉様は対武器の柔術家、娘さんは槍術家ということではありませんか。ならば別流派ということで参加されては如何でしょうか? 剣術以外、外物(とのもの)枠は貴重ですから、私は大歓迎ですよ」

「貴様……」


 能登原の発言はただのスポンサーではなく、ルールに食い込む決定権を持っていることを示唆する。

 篠咲と因縁深い一叢流の二人を参加させることが目的であったことに気付いた不玉は殺気を込めて能登原を睨んだ。

 兄の代わりを務めることに人生を賭けている泥蓮を止めることは不玉でも無理なのであろう。

 能登原がこの大会で篠咲に纏わる因縁を断つ気でいる以上、何が仕掛けられているか分かったものではない。

 鉄華の想定する最悪の状況を回避はできるものの、虎口を選ぶか龍穴を選ぶかの違いしかないように思えた。

 

 能登原は向けられる殺気や嫌悪感を意に介さず、セカンドバッグから参加用の申請書を取り出して机の上に並べた。


「細かいルールや規約に関して記載がございますので後ほどよくお読みになってください。武器に関しては射出武器、動力を備えた物を禁止しています。不玉様の左手は見たところ機械式の義手に見えますが、義手の動力そのものを武器としない事を制約として頂きます。よろしいでしょうか?」

「構わんよ。左手に扇子でも握っとけば文句無かろう」

「結構です。では一叢流柔術からは小枩原不玉様、一叢流槍術からは小枩原泥蓮様ということで登録しました。現時点を以て当大会の公式ページでも発表させて頂きます。後はセコンドの方と連名でサインと拇印を押して頂ければ受付完了です」


 逃がさないよう時間を与えず矢継ぎ早に手続きは進んでいく。

 鉄華はこの選択を阻むか考え倦ねていたが、所詮は強制力など何もなく後でどうにも出来る契約、能登原個人の危険度に比べれば軽いと判断して静観を決めた。


「セコンドは……そうじゃな。鉄華、お主に頼むとしよう」


 突如名前を呼ばれた鉄華は虚を突かれ狼狽した。


「え? わ、私ですか? 私なんかでいいんですか?」

「うむ。儂はリアルの知り合いが殆どおらん。タオル持って突っ立てるだけでよい。授業料だと思って協力してくれると助かる」

「……そういうことなら謹んでお受けします」


 鉄華に断る理由はない。

 多くを学ばせてもらっている以上、不玉も泥蓮も死なせたくないからだ。

 セコンドという形で大会に関わることで生死に関わる状況に介入できるかもしれない。

 恩返しに捕われてあれこれと考えるばかりではあるが、古流の実戦を間近で観られるという魅力的な提案でもある。


「んじゃ私のセコンドはイッパに任せる」

「別にいいっすよ。賞金の何割か貰えるならよろこんで」


 セコンドを快諾した一巴は鉄華に続いて申請書にサインした。

 泥蓮が一巴を選んだのは言うまでもなく対戦相手の情報収集が目的であろう。


 一巴としては不玉のセコンドに付く交換条件として【衰枯】の情報を引き出させることが最良だったのかもしれない。

 しかし不玉が直接指名した急場で策を張ることは不可能であり、この先の衰枯を巡る諜報戦は実質鉄華の手に委ねられたのであった。

 最悪提案を断れないほど差し迫った状況、大会の前日辺りに交換条件を不玉に提示する覚悟をしなければならない。


 サインと母音が揃った申請書を一通り確認していた能登原は、少し驚いた表情を見せてから鉄華を見据えた。


「あなたが春旗鉄華さんなのね?」

「はい。そうですが?」

「大会とは別件ですが、あなたには期待していますよ。この頃、私どもの回りをうろちょろしている小娘には迷惑していますので」


 冬川のことだ。

 篠咲は冬川を受け入れ古流を教えているが、能登原はそれを疎ましく思っている。

 思惑の乖離が見られる。直接手を下せないから鉄華を使う気なのだろう。

 もしかしたらこの場で起こった全ては能登原の独断によるものなのかもしれないと鉄華は思った。

 問題なのは能登原の行動の殆どは彼女自身には特に利益がないということであり、篠咲の身を案じて起こした行動だとするならそれはもう信奉や狂信の類いだ。


「戦う場が必要ならいつでもご連絡下さい。私に出来ることなら協力します」


 鉄華は名刺を受け取りながら冬川のことを考えていた。

 彼女はあれからどうしているのだろう。

 積年の恨みを払拭したことに満足して剣を置いたのであろうか。ターゲットを泥蓮に変えてまた襲撃する機会を伺っているのだろうか。或いは大会の参加選手の一人として名を連ねているのだろうか。

 聞きたいことは山程あったが能登原に聞くのは違うように思えた。

 いつか再戦する日が訪れるのならそれは第三者の意図など無い純粋な場であって欲しい。


「私はそろそろお暇させて頂きますが、他に聞きたいことはありませんね?」

「うむ、質問ではないのじゃが一つよいか?」

「はい、何でしょうか」


 能登原が言い終える前に不玉の着ている浴衣の袖がはためき、風を切る音が響く。


「当家に無粋な物を持ち込んだ礼じゃ。次は目を斬り、喉を抉る。忘れるでないぞ」


 不玉が警告しながら目の前で手刀を構えると、その指先には鮮血が付いていた。

 対面に座る能登原は息を止めてゆっくりと視線を落とす。

 シャツの襟が横一文字に口を開け、見える胸元には薄っすらと血が滲み始めている。


 皮一枚。

 どういう原理か、恐らくは最短距離の直線を進んだ手刀が胸元を真横に一閃していた。

 目視も叶わぬ刹那の一撃。

 初めて不玉の本気を垣間見た鉄華はもとより、能登原もテーブルを挟んで着座した距離ですら柔術技の間合いであったことに戦慄して震えていた。


「……ふ、ふふふ、ふふふふふ、ふぁはぁくくくくっ、素晴らしい。素晴らしいです。その身体、その(わざ)、一体どれ程の年月を注ぎ込んだのでしょうか。散りゆく様を想像しただけで……はぁ……抑えられないですわ…………はぁはぁ……もう限界…………」


 能登原は堪らず、右手親指の爪を犬歯で噛みながら発情したように息を荒げていた。

 左手親指に巻かれた包帯は血で真っ赤に染まっている。

 先程までの慄然とした態度は消え失せ、妄想の果てに湧いた激情に悶えて狂人のよう笑っていた。


「こいつ、もしかして春先に現れる全裸コートおじさんの亜種じゃねえのか?」


 泥蓮は呆れて吐き捨てつつも、腰の刀に手を掛けている。

 一巴は無言で眺めていたが腰に据えた手の内には棒手裏剣が見えている。

 全員が能登原の異常性に気付き備えている。

 近接の間合い内であれば銃よりも速く攻撃する手段はあるが、この女は勝算などなくても動く時は動くのだと誰もが直感的に理解していた。


 一頻り興奮し終えた能登原は徐々に理性を取り戻し、二度ほど深く深呼吸してから立ち上がった。


「ふぅ……失礼しました。いけない癖ですわね。分かりきった結果を待つ、それも素敵な時間ですのに。……それでは二ヶ月後の平成撃剣大会にてお待ちしております」


 そう言うと誰とも視線を合わせることなくゆっくりと歩いて扉の前で立ち止まり、振り返って四十五度の立礼をしてから去っていった。

 やがて外から車のエンジン音が響き渡り、それが木々のざわめきの中に消えていく。

 その間、部屋の中には重い沈黙とローズウォーターの残り香だけが漂っていたのであった。

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